「よお春希。なんか元気ねえな」
「……そう見えるか」
「うん、何か生気を吸われちゃったみたい」

 ……やっぱりそう見えるのか、今の俺。

「ダメだよ春希くん、せっかくの大学祭なんだから楽しもうよ。
 ほらほら、もっとシャキッとして」

 ……全く、今俺がこうなってるのは雪菜のせいだって自覚してるのか?
 ……してないな、きっと。
 峰城祭二日目。
 昨日ゼミの出し物で出番だった雪菜が解放され、いつもの面子で回ることになった訳だ。
 要するに、武也、依緒、雪菜、……そして俺。
 しかしあの女学生雪菜に昨日も会うなんて。しかも杉浦たちと一緒に。
 何だか今年の峰城祭で、俺って結構周りに振り回されてるよな。

「で、結局春希、昨日は行かなかったのか、大正浪漫喫茶?」
「行くか。って、知ってて言ってるだろお前」
「でもさ、せっかく雪菜が誘ってくれたんでしょ?春希が行ってあげないでどうすんのよ?」

 ……くそ。武也も依緒も、他人事だと思って言いたい放題だな。
 本当に、情け容赦のかけらもない。

「そうなんだよ〜。春希くんたらさっさと逃げちゃうんだもん。
 わざわざ三号館まで出向いたのにさ」
「ああもう、勘弁してくれよ」

 ……本当に、何でこうなっちゃうんだよ?
 雪菜も俺じゃなくて、武也たちの方を擁護してるし。

「まあまあ、雪菜ちゃんも店番お疲れ。今日はゆっくりまわろうぜ」
「ありがと武也くん。今日は皆でいっぱい楽しもうね」
「じゃあどこ行こうか?春希、三号館(あんたら)の方で面白いの何かやってない?」
「知らん。どっか適当に回ればいいんじゃねえか?」
「……何か投げやりだね春希。なになに?ひょっとしてあたしらがお邪魔?」
「やめとけって依緒。そんな分かりきったこと言うのは」
「あ、そうだ」

 と、突然の雪菜の横槍に、俺たちの会話が中断される。

「どうしたの雪菜?どこか行きたいとこあんの?」
「あのね、今日の午後からの野外ステージに朋が出るんだって」
「なになに?ミス峰城候補者たちのお披露目の舞台?」
「ううん、何かのコンテストの司会をやるんだって」
「へぇ〜、さすが局アナ狙ってるだけあるね」
「そうか、なら行ってみるか?朋の晴れ舞台」
「まあ、それならいいか。じゃあ午後になったら行くか、柳原の応援に」





『みなさ〜ん、こんにちは〜。
 司会を務めさせていただきます、商学部三年、柳原朋で〜す』

 柳原の挨拶とともに、会場は声援の渦に包まれた。
 野外ステージの観客席、といっても座席はなく、開始時から立ち見客で溢れかえっていた。

「しかし、何だかんだで度胸据わってんな朋のやつ」
「あの笑顔に果たして何人が騙されてることやら」

 相変わらず、彼女に対する武也と依緒の言葉は遠慮がない。
 でもそんな言葉の端から滲み出ている、気遣いのような思いやりを感じるのは気のせいかな?

「春希くん、頑張ってるね朋」
「ああ、本当だな」

 雪菜もかつて柳原にあれ程の仕打ちを受けながら、今は彼女の夢を心から応援している。
 まあ、雪菜も後の方まで怒りを引き摺ることはしないし。
 ……でもじゃあ、どうして俺に対しては……?

「春希くん?」
「あ、いや、何でもない」

 いかんいかん、つい考え込んでしまった。

『ではこれから、いよいよ峰城祭カラオケ大会を開催いたしま〜す』

 そうか、舞台の上にマイクや見慣れた機械が並んでいるとは思ったけど、カラオケの機材だったのか……ん?カラオケ?

「……」

 横を見ると案の定、舞台、というよりもカラオケの機材に目を輝かせる雪菜が。





『はい、ありがとうございました〜』

 柳原の司会進行とともに、大会は滞りなく進んでいく。

「いや、どうなるかと思ってたけど、なかなか進め方上手だな」
「うんうん、場の雰囲気や出場者の空気しっかり読んでるよね」
「朋、あれからもずっと勉強続けてるみたいだから」
「そうか、柳原、努力してるんだな。すごいな」

 そうか。そんなに頑張ってるんだ。以前は色々あったけど、やっぱり夢をかなえるために努力を続ける彼女には夢を叶えて欲しい。
 俺たち皆、そんな彼女を応援し続けていきたい。

『はい、以上で事前エントリーの参加者全員に歌っていただきました〜。
 ではこれからは、いよいよ飛び入りの参加者も受け付けていきたいと思いま〜す』

 あ、そうなんだ。まあ、カラオケの趣旨は歌いたい人が歌いたい時に歌うってことだからな。

『ではこれから歌いたい人は、どなたでも構いません、大きな声で挙手をお願いしま〜す』
「はいっ!」

 ……だよね。この展開で黙っていられる訳ないよな。

『おおっ、早速立候補してくれました。
 では舞台の向かって左側の段から上がって来て下さ〜い』

 柳原の指示を受け、雪菜は手を下げて道を譲ってもらおうとして。

「やっぱり行くんだね雪菜」
「頑張ってな雪菜ちゃん」
「うん、行ってきます」

 二人の声援を受けてこちらを振り返り。

「行ってきな雪菜。頑張れ」

 俺の手を握り締め……あれ?

「行こう春希くん」
「え?」

 雪菜は俺の手をグイグイと引っ張っていく。

「せ、雪菜?」
「ほらほら春希くん、早く早く」
「は、早くって、何?どういうこと?」
「春希くんも行こう。一緒に歌おうよ」
「は、はぁ〜〜〜〜〜〜?」





『では早速自己紹介をお願いします。学部、学年、お名前を教えて下さ〜い』
『はい。政経学部四年、小木曽雪菜です』

 雪菜の自己紹介に、怒濤のような歓声が会場中に響き渡る。
 相変わらず、雪菜の人気の上昇力は青天井だな。

『飛び入りありがとうせっちゃん、もうこれだけでこの企画大成功ですよ〜』
『ちょ、せっちゃんって……ありがとうございます』

 思わず素が漏れ出そうになったのを、雪菜は辛うじて堪える。このあたり、さすがに舞台慣れしている柳原のペースに呑まれかけてしまったか。

『では今度はそんな小木曽さんとともに舞台に上がった、こちらの幸運な彼に自己紹介していただきましょう〜』

 そう言って柳原は俺にマイクを向ける。その表情はあからさまにニヤついていて、完全にこの状況を楽しんでいるのがありありと分かる。
 しかし舞台に上げさせられてしまった以上、もう引っ込みはつかない。観念して俺は自己紹介をした。

『……文学部四年、北原春希、です』

 次の瞬間、会場中が一斉にブーイングを飛ばす。まあ、予想はしていた当然の反応だけど。
 ふと観衆の方を見ると、客に混じって武也と依緒までがニヤニヤしながらブーイングを飛ばしている。くそ、あいつら完全に俺で遊んでやがる。

『はい、ありがとうございました〜。
 ところでどうしてエントリーを?理由があればいいですか?差支えのない程度で構いませんから』
『はい、彼が一緒に歌おうって誘ってくれましたから、わたしが』

 ……あれ?雪菜さん、何言ってるんですか?
 ……俺、そんなこと言いましたっけ?

『まあ、彼からの申し出だったんですか〜。仲が良くてうらやましい〜』
『はい、せっかくですから、今年の思い出にと思いまして』

 そして、またもやブーイング。恐らく、というか絶対俺に向けられたものだな。
 二人は舞台の上で話してはいるものの、時折こちらに視線を送っては俺の様子を伺っている。
 その表情は明らかに俺をからかっているとしか思えないいたずらっ子のそれだった。
 そんな二人のやり取りを、俺は他人事のように呆然と見詰めるだけだった。
 極度の緊張で、事態が把握できていないのだ。

『ではお二人に歌っていただきましょう。曲名をお願いします』
『はい。では森川由綺さんの「WHITE ALBUM」をお願いします』





『はい、二人ともありがとうございました〜』
『はい、こちらこそ、とても楽しかったです』

 雪菜が舞台の上から一礼すると、客席からまたもや大歓声が。そして続いて俺が舞台から降りようとすると、やっぱりブーイング。
 くそ。覚悟はある程度できてはいたけど、こうもあからさまだとさすがに落ち込むよな。

「楽しかったね〜」
「雪菜は、な」
「あれ?春希くんは楽しくなかった?」
「……あれだけあからさまなブーイング浴びまくって楽しいって思えるか?」
「まあまあ、でも後でいい思い出になるよきっと」
「まあ、雪菜が楽しめただけでもいいよ」

 あまりにも後味に違いのある二人が戻ってきて、客席に残っていた二人は。

「お疲れさま二人とも。楽しめたよ〜」
「まあ、雪菜ちゃんの歌はよかったけど、春希はな」
「言うな。もう何も言わないでくれ」

 正直、ライブの時の比ではなかった。舞台の上で歌うということがここまで緊張するものだとは。
 本当に、雪菜はすごいな。あの時も、今も、全然物怖じしないんだから。

「北原さん、お疲れ」
「あれ?孝宏君」

 そして、二人の横には、いつの間に来ていたのか、孝宏君の姿も。

「北原さん、ホントごめん。今回も姉ちゃんのワガママに付き合ってもらっちゃって」
「いや、雪菜に俺が頼んだのは間違いないから」
「またまた、そうやって姉ちゃん甘やかしたってロクなことにならないってこといい加減学習しなよ」
「でもまあ、雪菜も歌いたがってたし、これで良かったよ。ライブの方断っちゃったから」
「はぁ〜、毎回思うけど、どうしてこんなワガママな姉ちゃんが北原さんとずっと続いてるのかってマジで不思議なんだよなぁ〜」

 孝宏君の言葉は、ちょっと痛かった。
 厳密には“ずっと”ではなかったから。俺と雪菜には三年間もの空白があったから。
 俺のせいで、雪菜が望まずしてできてしまった空白が。

「孝宏も、いい加減お姉ちゃんをからかうと後でどうなるか学習してくれるといいんだけどね〜」
「分かってるって。それで、今日はどうすんの?」
「四人で回ってその後は……どうする?」
「そうだな、その後は飲み会かな?」
「じゃあ姉ちゃんは夕飯はいらないんだな?」
「そうだね。お母さんに伝えといて」
「はいはい。じゃあ俺はこれで」
「そういえば孝宏、今日は杉浦さんたちと一緒じゃないの?」
「あっちは北ホールで劇見るんだって。有名な劇団らしくて、その劇団の知り合いからチケットもらったからって」

 杉浦たちの知り合い?誰だろう?

「じゃあ孝宏、お願いね」
「ああ。姉ちゃんもほどほどにしときなよな。北原さんに嫌われない程度に」
「孝宏っ!」

 雪菜の怒号もなんのそのといった感じで、孝宏君は去って行った。

「もう〜、ホントにあの子は」
「でもいいじゃないか、ああやって家族で仲がいいのは」
「春希くん……」
「雪菜も大切にしなくちゃな。家族の愛情はさ」
「うん。分かってます」

 でもその空白で失った歌を、今日雪菜は歌った。
 俺が大好きだった、そしてかつて俺が雪菜から奪ってしまった歌。
 その歌を、雪菜は俺の前で歌ってくれた。
 本当は、俺と一緒に、俺のギターで歌いたいと言っていたけど。
 それでも歌を歌った雪菜の笑顔をこうして拝むことができただけで今の俺には御の字かな。

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