「う、う〜ん……」

 頭が痛い。鉛が詰まったかのよう。

「う、い、痛っ……」

 ゆっくりと体を起こし、のそのそと部屋を出て階段を降り、リビングに顔を出す。

「ねえお母さん、今何時……」
「あ、お、おはよう……」

 そして声のした方に意識と視線を向けると……。

「……春希くんっ!」

 ……わたしにとって、何よりも強力な目覚まし時計がいた。





「……大丈夫か?」
「う〜ん、まだちょっと頭痛い」
「ちなみに、どのくらい覚えてる?」
「……全然」

 正直、全く記憶がなかった。確か昨日はあれから四人でお酒飲んで、それから……。

「じゃあ、どうやって帰ったかも」
「……面目ありません」

 春希くんの話によると、すっかり泥酔してしまったわたしを春希くんがタクシーで送ってくれて、そのまま帰ろうとした春希くんをお母さんが引き留めたらしい。
 春希くんは辞退したらしいけど、お母さんが家に泊まっていくよう懇願した、とか。
 何でもお母さん、『あの子がこんなに泥酔しちゃうほど呑むなんて、今日はよっぽど楽しかったみたいね』って言ってたらしいし。
 出掛けに春希くん、お母さんに何度もお礼言われてたっけ。

「ごめんなさい……」
「どうして謝るのさ?」
「だって春希くん、絶対お父さんから説教受けてたに違いないし」
「しょうがないってそれは。年頃の娘をあれだけ泥酔させちゃったんだしさ」
「本当にごめんなさい……」
「まあ、昨日は昨日で楽しかったんだろ?雪菜も」
「う、うん、まあね」

 そして今、こうして二人で駅へと足を運んでいる。

「さて、今日はこれからどうする?」
「春希くん、バイトは?」
「今日は日曜だし、心配ないよ」
「じゃあ、今日は二人で大学祭回ろう?」
「そうだな。昨日は武也たちも一緒だったしな」





 峰城祭最終日。最後にして最大の賑わいを見せてくれる。
 わたしたちが到着した頃、既に大きな賑わいが敷地内中を包んでいた。

「うわ〜、すごいね」
「何だか騒ぎに呑まれそうだな」
「じゃあ行こうか」
「はい、では姫」

 そう言って春希くんは左手を差し出す。
 わたしはその手を取って、彼の腕に自分の腕を絡める。

「あ……」
「行こう?」

 春希くんは少しはにかみながら、でもしっかりと頷いた。





「春希くんのばかぁっ!」

 ピピッ。

「おお〜〜〜、110ホーンだ」
「すげえな、この値。今日の最高値だぜ」

 へぇ、正直自信なかったけど、すごいんだ、今の声の大きさ。

「さ、次は春希くんの番だよ」
「お、俺もやるのか?」
「もちろん。ほらほら」

 促されるままに春希くんはマイクの前に立ち。

「う、うわああぁぁぁっ!」

 ピピッ。

「……85ホーン、か」
「……」

 ……うわ、周りの空気が微妙になっちゃった。

「ほらほら春希くん、元気出してよ」
「……雪菜、俺にまだ恨みでもあるのか?」
「う〜ん、例えば三年間もわたしを避けてたこととか」
「う……」
「あと、ライブに出るの断ったこととか」
「はいはい、全部俺が悪うございましたよ」
「ほらほら拗ねない拗ねない。お昼は私がおごるから」
「いや、それは」
「いいからいいから。たまにはいいじゃない。ね?」





「ヘイお待ち!ワンゲル部特製とんこつラーメン二丁!」

 ドンッ!ドンッ!

「じゃあ、いただきま〜す」
「……」
「春希くん、食べようよ?」
「……で、何でまたここ?」
「いいじゃない。こういうお祭りでこういうお昼は定番でしょ?」
「だけどさ、だからって今年もここってのはどうなんだ?せめてもう少し洒落た店だって」
「だってわたしのお財布で二人分出せるところで思い当たるのはここくらいだし」
「……まあ、それじゃあいただきますか」
「うん。いただきます」

 何だかんだで始まった昼食。付属の頃も、擦れ違ってしまった時期も、大学祭で食べていたラーメンは、あの頃と何も変わっていない場の雰囲気も重なって、とても懐かしく……。

「雪菜」
「ん?」
「やっぱり、その……」
「あ、これのこと?」

 ひょこひょこ。

「やっぱり変わってないなぁ雪菜は」
「そうだよ。わたしは、変わらないよ」

 春希くんへの想いは、絶対に……。

「さ、食べちゃお。早く他の所も廻りたいし」
「そうだな。食べるか」

 左手に掴んだ髪を変わらずひょこひょこと動かすと、春希くんが苦笑する。
 そんな彼の表情に心の中で微笑みながら、ラーメンをすすり続ける。





「あ、これきれいだね」
「ああ、本当だな」

 近くの露店で可愛らしいアクセサリーを売っていたのを見て、二人でのぞいてみた。
 その中で一つ、気になるストラップを見付けた。

「春希くん、これかわいいね」
「え、どれど……れ?」

 とても眼の大きい猫の人形が付いたもの。口を大きくニヤつかせ、整った歯並びが特徴だ。

「これ、かわいいか?」
「うん。愛嬌満点、っていうか、抱き上げたらじゃれ付いてきそうな感じだし」
「そ、そうか」
(確かに麻理さんや和泉ならかわいいって言いそうだけど)
「ん?春希くん、何か言った?」
「い、いや、別に」

 春希くんが何か口元でぼそぼそと呟いて視線を逸らす。
 う〜ん、何かおかしかったかな?

「で、それ欲しいのか雪菜」
「うん。やっぱりかわいいし」
「そ、そうか」
「春希くん、買ってよ」
「え?本気で欲しいのか?」
「欲しい」
「わ、分かった」

 そう言って春希くんは渋々といった感じで買ってくれたけど。
 ……やっぱり、これがかわいいっておかしいのかな?





「じゃあわたし、メロンクリームソーダ」
「そうだな、じゃあ俺もそうするか。
 ……すみません、メロンクリームソーダ二つで」

 一号館内にあった喫茶店に入って軽く一息入れようと、わたしたちは同じものを注文する。

「お客さん、同じものをご注文なさるのでしたら、ビッグサイズになさいませんか?」
「え?そんなのあるんだ」
「はい、そうなさいますとお二つ注文なさるよりも百円お得ですし。いかがでしょう?」
「じゃあお願いします」
「即答かよ。相変わらずだな、雪菜のその所帯じみた主婦感覚」
「いいじゃない。百円は大きいよ」
「じゃあそれで」
「はい、かしこまりました」

 そう言って店員さんは何故か口元に手を当てて笑いを堪えたような様子で注文を受けてくれた。

「やっぱりあのラーメン、スープ呑むと喉渇いちゃうね」
「塩効きすぎなんだよ。もう少しあっさり目でもいいと思うんだけどな」
「でも何だかまた食べたくなる味だよね」
「そうか?もう勘弁だよ俺」
「お待たせしました。メロンクリームソーダ、ビッグサイズです」

 さっきの店員さんが、ソーダを持ってきてくれて……。

「……」

 そしてジョッキくらいの大きさのソーダの中に浮かぶクリームに、ストローが二本刺さってて。

「ではどうぞごゆっくり〜」

 笑いを堪えるかのような様子で店員さんは去って行った。

「うわ、あからさまだな」
「でもこれで百円お得ならいいじゃない」
「ま、まあ、思い出としてはいいか」

 わたしが片方のストローを咥えると、春希くんがもう一つのストローを咥える。
 うわ、結構顔の距離が近いな。

「……ずず」
「……ずず」
「……ん?」

 わたしの視線を感じたのか、春希くんの目線がわたしに向く。

「雪菜、どうした?」
「う、ううん。何でもない」

 わたしは慌てて再びストローを咥え、真剣に飲むふりをした。
 ……でないと春希くんの唇に、キスしてしまいたくなってしまうから。





「ずいぶん回ったな」
「そうだね」

 そして今、ミス峰城の最終審査を見届けてから、正門の方へ歩いている最中だった。
 今年も無事にミス峰城は朋が獲得した。朋もこのためにずっと頑張ってたから、本当に良かったと思っている。

「結局今年も柳原が持っていったか、ミス峰城」
「よかったよね。ずっと頑張ってたから朋」

 今年の峰城祭もいよいよ終わりを迎えようとしていた。
 わたしたちの、最後の、お祭りが……。

「雪菜、ありがとな」

 不意に、春希くんがポツリと呟いた。

「春希くん……」
「本当に、楽しかったよ今年は。
 今まで、こんなに大学祭を心から楽しめたこと、なかったから」
「それは……わたしも同じだよ。ありがとう春希くん」
「雪菜……」
「本当に、ほんっとうに、すごくすごく楽しかったんだよ」
「ああ、俺もだよ。雪菜のおかげで、さ」
「わたしも、春希くんのおかげ。おかげ……あれ?」

 いけない。わたしの声、ちょっと嗚咽が混じってる。
 それに、目も少し潤んできてる。

「雪菜?」
「あ、あれ?どうしたのかな?
 あ、あは。わたし、おかしいね。楽しかったのに、どうしちゃったのかな?」

 ダメだ。止まらない。楽しかったのに。どうしても止まらないよ。

「雪菜」
「え?」

 突然、春希くんがわたしの手を掴んで引っ張っていく。
 わたしはそのまま彼に引っ張られながら、人混みの中をすり抜けていく。
 結局正門を抜けずに、物陰まで連れてこられてから、ようやく春希くんは手を離し。
 わたしを正面からしっかりと抱きしめた。

「……ごめんな」
「どうして?どうして謝るの?」
「……本当に、ごめんな」
「だからぁ、何で謝るのかな?」

 分かってる、春希くんの気持ちは。今春希くんが何を言いたかったのか。
 でも、わたしは本当に楽しかった。本当に嬉しかった。
 だから、もう謝らなくてもいい。もう、いいのに。

「ねえ、春希くん」
「何?」

 だから、わたしは、まだ終わらせたくない。
 春希くんと過ごすお祭りを、終わらせたくない。
 もっと、続けたい。

「……今日は、帰りたくない」

 春希くんの首に腕をまわし、しっかりと抱きついた。

「……いいの、か?」
「……ダメ?」
「……そんな訳、ない」
「……ありがとう」

 そんなわたしのはしたないワガママに春希くんは。
 そっと唇を重ねることで応えてくれた。

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