最終更新: sharpbeard 2014年02月11日(火) 21:30:18履歴
9/17(水) 某フランス料理店
「やあ、小春ちゃん。どうも」
「どうも…お話って何ですか?」
小春は若干緊張しながら席についた。
店が高級だからとか、個室に通されたからとか、かずさのネームバリューに気後れしてとかいう理由ではない。
かずさが自分に「お願い」があると言って、ここに招いたからだ。軽い頼み事ではないだろう。
緊張する小春に、かずさはまず昔話から始めた。
「わたしの高校時代の話からするかな。わたしは付属2年まで音楽科だったんだけど…」
そうしてかずさは自分の高校時代、母に見捨てられたと誤解して送った鬱々とした音楽科時代、普通科への転科と春希との出会い…
小春はじっと聞き手に回った。かずさは構わず話を続ける。
春希にギターを教えた夏、教室越しのレッスン、そして…
「窓を開けたら窓枠にしがみついていた春希がいた。呆れたよ。わたしを探して隣の音楽室から窓の外を伝って来たんだ」
それまでじっと聞いていた小春は、そこで初めて感想を口にした。
極めて辛辣な感想を。
「最初からかずささんが北原さんに正体明かしてあげていればすむ話でしたね」
「………」
かずさは心折れそうだった。
しかしこんな序盤でめげるわけにはいかない。かずさは気を取り直して話を続ける。
「最初はわたしも渋ったよ。同好会はもう破綻していたも同然だったし、春希の腕は、まあ、人前に出せるものではなかったし…」
「さすが。達人の方の要求水準は厳しいですね」
「………」
かずさはめげそうだった。素直で礼儀正しい子という印象だった彼女が、表情には出さないものの言葉の節々からかずさへの反感を露わにしている。しかし、続けるしかない。
かずさは小木曽宅での説得と同好会への加入、練習の日々、『届かない恋』の作曲中に熱で倒れた話、ステージの話までを正直に、懐かしそうに話した。
しかし、小春の反応は酷いモノだった。
「ええ。音楽経験者にとってみれば疎ましいお願い事だったんでしょうね」
「よかったですね。熱心に看病してもらえて」
「ステージ素晴らしかったですよね。いい『思い出』になりましたね」
なおも話そうとするかずさを小春は遮った。
「もういいです。その先は知ってます。
雪菜さんが北原さんに告白して、北原さんは雪菜さんとお付き合いする事になったんですよね?」
「あ、ああ…」
「でもかずささんは卒業試験を手伝ってくれたり、コンテストに応援に来てくれたり、卒業前旅行を一緒に行ったした雪菜さんを裏切った上、ウィーンに逃げて連絡もしなかったんですよね?」
「………」
『なぜ、そんなところまで知ってるんだ?』かずさは青い顔でうなづくしかなかった。
小春はぺろりと魚料理を平らげていた。そして、メインの肉料理を持って来いとでも言うようなぞんざいな口調、キツい表情で、かずさへの敵意まで上乗せして言った。
「それで、先輩と雪菜さんとの幸せな結婚式をプロデュースしようとしているわたしに何のお願いがあるというのですか? なにやら誰かに対する未練がおありのようですが。かずささん」
かずさはもうここまで嫌われてはどうしようもないと諦めかけていたが、千晶の助言どおり最後まで話す。
「わたしはリメイクした『届かない恋』を雪菜抜きで春希と演りたい。ほら、あいつら2人は3年前のバレンタインコンサートでわたし抜きで演ってるんだ。仕返しみたいな真似と言われて仕方ないが、雪菜に内緒でやりたい…」
小春はキョトンとした表情で聞き返した。
「…演奏くらい勝手にやればいいんじゃないですか? わたしが何か手伝う必要あるんですか?」
かずさは針のムシロの気分の中、小春へのお願い事を絞り出す。
「ちゃんとしたステージでやりたい。具体的には峰城祭にゲストという形でステージを借りたい。小春ちゃんは峰城祭実行委員会にも顔が利くと聞いているけど…」
小春は少しだけ表情を和らげた。
「それでいいんですか?」
「ああ」
「まあそれはうちの『だれとく』にもメリットある話ではありますね。話題のかずささんを呼べるわけでもありますから。でも、北原さんはそんな雪菜さんに内緒にしなきゃならない話OKしてくれたんですか?」
「いや、まだ話してない」
「…まだ話してもいないと?」
言葉はやたらとトゲトゲしかったが表情はさっきよりほっとしたようなマシな表情だった。
かずさは意を決して次のお願い事を繰り出す。
「小春ちゃんから話してみてくれないか? わたしはどうも口下手だから…」
「はあ? わたしが何で?」
小春は反発の色を一瞬見せた。
やはり図々しすぎるか。
「ごめん…ちょっと図々しかったよな…」
とりさげようとかずさが口を開くと、小春は慌ててそれを止めた。
「いえ、そ、それは…。あっ、そうそう! ええ! 峰城大にゲストに来ていただけるわけですから、おやすいご用ですよ!」
「えっ!?」
「あと、こんな美味しいご飯もいただいちゃいましたし! も、もう、しかたありませんよね?」
「えっ!?」
「ええと、ええと、そうそう! それに何といっても北原さんの結婚式でプロのピアノ聞かせていただけるんですから! もともと、後輩としてはOGのかずささんにそれくらい協力するべきですよね!」
「えっ!?」
なんだ? この態度の変わりようは?
「…ただ、一つだけ条件が」
その小春の言葉にかずさはむしろ安堵した。普通に考えれば図々しいと散々なじられた上、雪菜にバラされてもおかしくない。条件付きで引き受けてくれるようなら万々歳だ。
さあ、どんな条件だ。
「『峰城大にゲストに来て欲しい』と、最初にわたしの方からかずささんにお願いした事にしていただけませんか? かずささんのお願い事を代弁するような形よりも、わたしからのお願い事というほうが北原さん説得しやすいですし」
「え? …いいけど?」
「雪菜さんに内緒で北原さんを呼ぶという条件も、あくまで『わたしのお願い』に対してかずささんが持ちかけたということでよろしいですか?」
「いいけど?」
「後の説得はわたし任せでお願いできますか? かずささんには口裏合わせのようなことお願いすることになり、心苦しいのですが…」
「いいけど…?」
なんだそれは? 条件というよりほとんど特典じゃないか? なんでそんな一番難しいトコロを自分でひっかぶってくれるんだ? この子は?
「ところで、北原さん以外のメンバーはどうなってますか? もう、孝宏くんには声かけてたりしてます?」
「いや、部長…、飯塚くんと千晶だけ。ほら、千晶は劇の舞台でも歌うから雪菜にも負けない喉してるんだ」
小春はそれを聞いて少し残念そうな顔をした。
「そうですか…ではボーカルは心配ないですね…あっでもでも、他のメンバーはまだ決まってないんですよね?」
「ああ、孝宏くんとかまたドラムに貸してくれるといいんだけど…まだメンバーも全然あてがなくて」
「あのあのっ。孝宏くんはもちろん、わたしや『だれとく』のみんなで良かったらお手伝いしますよ!」
「ええと…すごくありがたいけど。いいのかい?」
「ええ! せっかくのかずささんのステージを打ち込み交えるのはもったいなさすぎますから!」
小春はもはや嬉々としてかずさと春希のステージ実現に向けて乗り出し始めていた。
かずさは説得成功にも関わらず、あまりにうまくいき過ぎの展開に衝撃を受けていた。
「何でこんな説得であんな図々しいお願い事を全部了承して貰えるんだ?」
かずさが千晶から言われていたのは、
『付属時代の昔話から初めて、全部正直に語れ』
『非協力的な態度をとられても最後までくじけるな』
『学祭の場を都合して欲しいと要求するついでに、春希の説得も、さらに足らないメンバー募集もお願いしてしまえ』
の3点だけだった。
かずさは小春と別れたあと、千晶に電話した。
「やっほー。かずさ。うまくいった?」
「ああ。全部OKしてくれた上に、『最初は小春ちゃんの方からわたしに峰城祭のゲスト出演をお願いした』ことにしてくれだとさ。その方が春希説得しやすいからって」
「おー。あの子も考えたね〜。春希も式の件であの子にただ働きさせてるからそりゃ断りきれんわ」
「ああ、そうか。でも、なんであの子がそこまでやってくれるか全然わからなくて…」
「そりゃ、全然わかってないからそこまでやってくれるんじゃん」
「はあ?」
「かずさが気づいちゃってたら台無しってこと。気づいてやってたら悪女だよ」
「…すまん。本当に全然理解できない」
「ま、うまくいったからいいじゃん。あとはあの子に任せちゃいなよ」
「あ、ああ…」
千晶は電話を切った後ひとりごちた。
「そりゃ、あの子猫ちゃんも春希と演りたいよね。これで最強の共犯者一人ゲットと」
9/19(金)都内某所
武也は依緒にかずさの計画のことを打ち明けていた。
「と、いうわけだ。…悪いが雪菜ちゃんには黙ってくれると助かる」
「…なんでわたしに話す必要と了解とる必要があると思ったわけ?」
依緒の答えは冷たかった。
「あたしは正直、前日の一晩だけ春希を貸せとかいう話かと思った」
「ぶっ…」
武也は吹き出しそうになった。
なおも依緒は氷の表情で続ける。
「今回の件はともかく、正直、かずさにあまり肩入れしてあげるのも…良くないと思うけど」
「なんでさ? おれは春希も雪菜ちゃんも冬馬も友達だと思っているが?」
「雪菜と春希、夫婦になるんだよ」
「………」
答に詰まる武也に依緒は聞いてきた。
「じゃあ、雪菜に黙っておく代わりに一つだけ確認するよ」
「何だ?」
「もし何かあったら武也は誰の…」
♪♪ ちゃららちゃちゃちゃらちゃちゃちゃらちゃらららら、ちゃちゃちゃちゃちゃちゃらちゃらららら、ぴっぴー… ♪♪
「待った。春希だ」
依緒の質問は着信音に遮られた。
「…よう、春希。何だ? 相談事?
おう、何だ? …ああ、その話か。さっきあの子から聞いたよ。
当然やるんだろ? …何だと? せっかくこの俺が目立つ機会をフイにするつもりか? ああ、なるほど。冬馬とは二人きりでなきゃやだと。
…おい、冗談だよ。怒るな。何にせよ、おまえあの子にも冬馬にもお世話になってるんだろ。…え、俺? なあに、友人代表スピーチや受付くらい大したことじゃないさ。
いやいや、こんな愉快な独身サヨナラパーティーやらせてもらえば大満足さ。 …なんだよ。おまえ、こんな機会にまで雪菜ちゃん怖がっているようじゃ今後尻に敷かれる未来しかねえぞ。
…おう。諦めろって。なあに、悪い友達に連れ出されたって事にしてやるさ。
楽しみだな。間違いなくすげえ盛り上がるぜ。おまえ、いい友人に恵まれてるなあ、おい。 …ははは、じゃあな。練習とかの連絡はあの子からかな? じゃ、楽しみにしてるわ。雪菜ちゃんに気づかれるなよ」
武也は電話を切ると依緒に向き直った。
「おう、悪かった。春希やるってさ。ところで、確認って何だ?」
「…もういい。たいしたことじゃない」
「?」
依緒は春希への嫉妬心を飲み込んだ。
10/12(日) 朝 冬馬邸
3回目の合わせ練習となるこの日、冬馬邸には朝早くからメンバーが続々集まりつつあった。
「おはよう。来てないのは…寝坊助の千晶だけか?」
その声に反応するように呼び鈴が鳴る。
「おまたせ〜」
「遅いぞ、千晶」
「ごめんごめん、電車が混んでてさあ」
「電車が混んでても遅れないぞ、普通」
春希が辛辣なツッコミを入れる。が、それは倍返しの憂き目にあった。
「あれれ〜? なんだか、すごい自信ありげな態度〜。さては、もうあのソロパートを完璧にこなせるようになっちゃったとか?」
「ぐ…」
言葉に詰まった春希をフォローするように美穂子が割り込む。
「さあさあ。かずささんお待ちかねですよ。スタジオに入ってください」
スタジオではかずさがウキウキしながら待っていた。
「孝宏君。雪菜の方は大丈夫かい?」
「大丈夫です。朝、ちゃんと仕事に行きましたから。昼過ぎまでかかりますよ」
「よし、今日の午前で結構仕上がりそうだな…例のパート以外は。
昼からは式の方の練習だし、集中していくぞ」
「はあ…」
春希の声には力がない。春希も個人練習を重ねているものの『届かない恋'13』のギターソロパートを通しで弾けたことはまだ一度もない。
そんなノらない春希をたしなめるように孝宏が声をかける。
「北原さん。も少し気合い入れた方が良いですよ。一応このバンドの主人公みたいなものなんですから」
「主人公って、何がだよ?」
このメンバーで峰城祭に出れば、どう考えても注目の的はスペシャルゲストのかずさで自分のギターなど添え物だろう、と思っていた春希に孝宏は言う。
「北原さんじゃなきゃこのメンツは集まりませんでしたよ。北原さんにとっては面倒かもしれませんが、北原さんの人望の成せるワザですよ」
そう言って春希を持ち上げる孝宏に小春が追従する。
「そうですよ、本当に先輩さまさまですよ。感謝してます」
「はあ…」
なおも疲れたような、いや、実際気疲れしているのであろう春希にかずさがヴァイオリンを手に近づく。
そして、穏やかな曲を奏で始めた。
それは子守歌のように優しく、チョコレートのように甘く、霊薬のように聴くものの心身へと染み渡った。
「おお…」
音楽とはかくも人の心を和ませることができるものかと皆感動した。
また、普段手にしないヴァイオリンでもこれほどの演奏をしてみせるかずさにも。
「ヴァイオリンもいいものだな…」
演奏を終えてそうつぶやいたかずさに春希は感服して聞いた。その顔からはすっかり疲れの色が消えていた。
「かずさはやっぱり音楽なら何でもできるんだなぁ。ヴァイオリンの音色とかも好みなのかい?」
「それは…いや、なんでもない。単なる気晴らしにいいだけだ」
「?」
『ピアノと違い、聴き惚れる春希の顔を正面から近くで見ながら演奏できるのがいい』
その答えをかずさはすんでのところで飲み込んだ。
代わりに演奏の間の春希の表情を記憶の中で反芻した。
<目次>/<次話>
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どうも。いろいろ迷走して時間空きましたが久々の投稿です。
小春はかずさが春希に近づくのを警戒してる面ももちろんありますが、雪菜にとっても油断のならない子かもしれませんよ(にこり)
久々の更新楽しみに待ってました。2週目で先に起きた出来事の裏でこんなことがあったということを見せるのは、作者さんの原作に対するリスペクトを感じます。今回の話を読んで思ったのは、小春がその気になればかずさにとって雪菜以上の不倶戴天の敵になる可能性が有るなあと思いました。
明日はDVDの第2巻の発売日ですね、前巻の売り上げ枚数がアニメの続編をやるかどうかには微妙な数だったので、売り上げ枚数が増える事を期待したいですね。もちろん私も買います(^_^)。