2月14日、この日は朝から曇り空で寒く、今にも雪が舞ってきそうだった。
小春は美穂子、小百合と待ち合わせして、春希たちの出番少し前に会場入りした。
亜子も誘ったのだが、こちらはすでに孝宏と約束しているとのことで、今回は別行動になった。
春希たちの出番は主催者都合として一番最後になっていた。
こんなライブに途中から入場して、いい席など空いていないのが普通なのだが、実は春希、雪菜、そしてかずさの3人は最前列で最初から聴いているのだ。
そして、小春たちと入れ替わるように、控室での準備に向かうという段取りだ。
「お待たせしました、春希さん……と、…ああ!和美さんじゃないですかぁ、お久しぶりです」
変装姿のかずさを見て、小春から笑顔がこぼれる。
「で…そちらは?……まさか!小木曽先輩?」
だぶだぶのトレーナーに三つ編み眼鏡姿の雪菜を小春はまじまじと見つめた。
「はは…まあ、そう言う事だから。かずさは素顔じゃまずいと思ったんだけど、それならって雪菜も調子に乗っちゃって」
「これ、柳原さんも気付かなかったんだよ。二人とも代理で席を取ってると思ったみたい」
雪菜は嬉しそうに言った。
「ねえ、小春ちゃん、その人たちって……」
美穂子は何となく気付いたようだった。
「これからライブでもっと驚くから、期待しててね」
雪菜はそう言って控室へと向かった。すぐ後を春希たちも追った。

「それでは、最後のグループの登場です。」
司会の朋が紹介を始める。
「グループ名の『SNOW LEAF』の由来は、実は今日だけこのグループと一緒に演奏することになった、『峰城大付属軽音楽同好会』のメンバーの名前からです」
その瞬間、会場からざわめきが起こった。なにしろ『峰城大付属軽音楽同好会』と言えば、あの曲だ。
「最後の曲だけですが、その伝説のグループと一緒に、峰城大で初めて『あの曲』を生でお送りします」
会場中から『うおおおぉ……!!』という地響きのような歓声が沸き起こる。
その歓声の中、幕が上がり、『SNOW LEAF』の演奏が始まった。

「ねぇねぇ、小春、『SNOW LEAF』ってやっぱり雪菜さんからだよね」
小百合が興味津々で聞いて来た。
「うん、最初は『SNOW GREEN』にしようかって言ってたらしいんだけど、菜っ葉の『葉』の方で『SNOW LEAF』の方が、イメージに合うからって」
小春は春希から聴いていた事をそのまま説明した。
あの伝説のライブで感銘を受けて、何組もバンドが新しく生まれたらしいが、その中でも特に『雪菜ファン』の下級生が集まって出来たのがこの『SNOW LEAF』だった。
もちろん『届かない恋』も完璧に演奏出来るのだが、雪菜以外のボーカルにどうしてもメンバーが納得出来ず、これまでライブで演奏したことは無かった。

『SNOW LEAF』の持ち歌2曲が終わると、ステージの照明がいったん落とされ、右袖にスポットライトが当てられた。
その中に、まず、真っ白なステージ衣装の雪菜があらわれた。そして、すぐ後に地味なジャケットの春希が続く。
「あれ、二人だけ?」
美穂子が不思議そうに小春に聞いた。
「うん、これはサプライズだからって、冬馬先輩はこっそり入ってるんだって」
「ふうーん、でもさぁ、キーボードじゃないんでしょ?なに演るの?」
小百合の質問に、小春は首を振った。
「それが、私にも教えてくれないんだ。楽しみが減るからって」

ステージ中央の雪菜が頭を下げた処でイントロが始まる。
その直後、会場から、わあっ!という歓声が上がった。
「やっぱり、あの曲だ」
「嬉しい!『届かない恋』生で聞けるんだぁ!」
「でもさあ、あのメンバーって確か3人だったろ?」
「そうだけど、あと一人って……確か……」
「そうそう、こんなとこ来てくれる訳無いって」
一部の当時を知るらしき観客からの声が聞こえた。
そんな声も、雪菜の歌声が響くと、一層大きくなった歓声にかき消された。
会場中の手拍子の中、雪菜は楽しそうに歌う。
春希も嬉しそうに、雪菜を見て、そして視線を後にずらして恐らくかずさと目が合ったのだろう、一瞬『にやり』としたのが小春には分かった。
あそこに冬馬先輩が居るんだ、そう思い、目を凝らすが、かずさの姿は確認出来なかった。

そして、間奏になり、雪菜のMCになった。
「どうもー、こんばんは。えっとぉ……『軽音楽同好会』です!」
会場からの歓声が大きくなる。
「今日は突然ですが、『SNOW LEAF』さんのステージに入れてもらっちゃってます。わたし、ボーカルの『小木曽雪菜』です」
さらに大きくなる歓声。
「そして、この曲の作詞者でもある、ギター『北原春希』!」

「なんでここで歓声が小さくなるんだろう…」
「仕方ないよ、だって小木曽のお姉さんと比べたら…」
小声で文句を言う小春に、小百合が本音を言うが、睨まれたので黙ってしまった。

「そして、もう一人。5年ぶりにわたしたち二人のもとへ帰って来てくれました」
ズダダダダン!と、ドラムの音が響く。そして、ドラマーが立ち上がり、黒のステージ衣装に身を包んだかずさが姿を現した。
「この曲の作曲者でもあり、今日は…ドラム『冬馬かずさ』!」
会場が一瞬、水を打ったように静まり…直後にこの日最大級の歓声に包まれた。
「おいおい、あれ、ピアニストの『冬馬かずさ』だろ?」
「なんでここに…って、さっきまでのドラムって」
「すげぇ、ありえねーぐらい、すげぇー!」
「しかも、作曲者って言ったよな。これって確か5年前の曲だろ…ってことは、附属生だった時の作曲かよ!」
歓声とざわめきの中、かずさはドラムを正規のメンバーと交代すると、ステージ左袖に置いてある楽器へ手を伸ばす。
「そして、今からは、かずさが今日の為にアレンジしてくれた『届かない恋 '13』でーす!」

♪はじめーてー、声をーかけたらー♪

「すげー、今度はヴァイオリンかよ!」
会場中が驚きに包まれる。もちろん、小春も美穂子も小百合もこれには驚いた。
「すごいね、ホントに何でも出来るんだぁ」
小百合の呟きに、小春は以前春希が言っていた事を思い出した。
かずさは地下スタジオにある楽器は何でも一通りこなせる。そう言えば、ドラムセットもあったけど、ヴァイオリンってあったっけ……
思い出そうとしたが、そもそも置いてある楽器の種類が多すぎて、何があったかまで全ては思い出せない。
「あれ、全部出来るんだ……」
耳に届くなめらかなヴァイオリンの音色を聴きながら、小春は改めてかずさのすごさに感心した。

「春希くん!」
歌い終わると、雪菜が春希を呼んだ。
そして、春希を中央に、3人が寄り添うように集まった。
「おい、二人とも、近いって…」
「いいじゃないか、気にするな」
「そうそう、気にしないで」
体を寄せてくる二人に、照れながらも嬉しそうな春希に、会場からはやっかみとも取れる声援が送られた。

「みなさーん、今日は本当にありがとう。かずさが戻って来てくれて、ようやくわたしも、また歩き出す事が出来ました。今日はその第一歩です。かずさ、準備はいい?」
雪菜の声に、かずさが答える。
「とっくにOKだよ」
「おい、二人とも何を……」
戸惑う春希の両頬に二人の唇が同時に触れた。
「!!」
「ちょっと、小木曽さん、冬馬さん、何やってるんですか!」
たまりかねて、朋が叫んだ。
「だって、今日はバレンタインデーでしょ。チョコレートじゃありきたりだから、かずさと相談してキスをプレゼントにしたんだよ」
「したんだよって……」
朋も呆れて言葉を無くした。

「小春ちゃん、大丈夫?」
心配した美穂子が小春の顔を覗き込んだ。
「はあー…、本当にあの二人は、もぉー……」
しかし、予想に反して小春はどちらかと言うと、呆れた表情で脱力していた。
「大丈夫だよ、美穂子。あれは私に対する応援なんだよ、きっと。……気を抜いたらいつでも取っちゃうよ、ってね」
春希もそう感じているようだった。ステージの上から、ちょっと困ったように、でも優しく小春を見ている。

「一生、気の抜けない、人生の始まりなんだよ」

外はいつの間にか、雪が降り出していた。

  ― THE END ―

5年後の再出発
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このページへのコメント

素敵なハッピーエンドです。

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Posted by のむら。 2017年04月14日(金) 05:28:31 返信

初めてこの作品にコメントつけます。
8月ごろには拝読させていただいてたのですが、あまりに素晴らしい作品でコメントのつけようがありませんでした(笑)

オレは雪菜とかずさを含めても小春派なのですが、正直このSSを超える作品は書けないと感じています。
ただ一点、春希と母親との仲は雪菜の力なしで小春に頑張って貰いたかったかなぁとは思いますが、これも雪菜という素晴らしい女性だからこその成せる業という事で…。
拝読後から感想が遅くなって大変申し訳ありませんでした。
そして、こんな素晴らしい作品に出会わせてくれて本当にありがとうございました。

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Posted by いーぐる 2014年10月14日(火) 22:36:47 返信

これは…、大変ですね。いくら小春の可愛さが悪魔的でも、運命の二人がずっと側にいるというのは…。大変やなあ。
でも、あの子は結構図太いので、行けるかもしれない。運命の二人のバランスがどちらかに偏らなければ、そのまま、真ん中を貫き通すかもしれませんね。ありがとうございました。ごちそうさまでした。

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Posted by ushigara_neko 2014年06月24日(火) 22:41:43 返信

なるほどこういう終わりになりましたか、基本ハッピーエンドが好きなので良いのではないでしょうか。でも小春は大変そうですね、正直、春希と結婚出来たとしてもかずさと雪菜が常に控えている状況は可哀想ですねえ。

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Posted by tune 2014年06月22日(日) 15:27:46 返信

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