「インタビュー…だって?」
「25日の10時から。先方からこちらのホテルに来てくれるって」
「そういうのはしないって言っただろ?授賞式とか、最低限に留めてくれって何度も」

冬馬かずさは母親の冬馬曜子に不満をぶちまけていた。
母の気まぐれで急にストラスブールのクリスマスミサに行く事になったばかりだっていうのに、しかもそこに向かう列車内でさらに、だからである。
「ったく…」
相変わらず、自分の都合だけで物事を決めるんだから…
「それから、かずさ。これ使いなさい」
曜子が手渡したのは、帽子とマフラーと……眼鏡?
「何これ?あたし、視力は悪くないけど…」
かずさは渡されたものを不審そうに眺めて言った。
「最近、日本のマスコミが結構ヒートアップしてるんだって、あんたに関して。
特にこれから行くストラスブールは、この時期いろんな雑誌が特集組んだりして結構うるさいのがウロウロしてるらしいから…。
あと、その髪も目立つからまとめてアップにしておきなさい」
「でも、あたし、髪なんて結えないよ。だから、それは母さんに任せる」
「まったく、女なんだからそれぐらい出来るようになりなさいよ」
「……めんどくさい」
そう言うと、かずさは曜子に背を向け、頭を差し出した。

「…ところで」
「今度はなに?」
「そろそろ、来年のツアー計画発表したいんだけど」
これには、かずさは無言で意思表示した。
その後はいつもの不毛なやりとり…
「…もういい」

あたしは日本になんて絶対に行かない…。
……いや、絶対に行っちゃいけないんだから…



ストラスブールの駅を降りるとそこはすでに一面の銀世界。
「いったい、どれだけ探したと思っているんだ、………」
途中で旧友と偶然会った母は、娘をほったらかしていなくなってしまった。
携帯でなんとか連絡をつけると、なおもぶつくさ言いながら、かずさはタクシー乗り場へ向かった。
クリスマスのこの季節、ここは観光客で溢れ返っている。

「ああ、それじゃこっちは、先にホテルにチェックインしとく」
周りの喧騒の中から、普段聞く事のない、けれど馴染み深い言語が聞こえてきた。
「日本語…か」
やっぱり、日本人も多いな…
「さて、と」
もう、あたしには関係ない国なんだから、と自分にいい聞かせる。しかし
「…行き方、わかるか?」
…え?
「………頑張れ」
………え?
妙に気になる、この偉そうな、でもそれでいて優しい口調と声…そう、かずさの心にこの5年間ずっとしまっておいた大切な声。

振り返ると、そこにはタクシーに乗り込む一人の男性がいた。後ろ姿しか見えなかったが、かずさは確信してしまった。
「あ、あ………あああっ!」

すぐ後のタクシーに飛び乗ると追いかけていた。

そして、確かにそのタクシーから人が降りるのを確認したのだが、自分が降りてあたりを見渡すとすでに見失っていた。
……間違いないんだ…
けれどいくら探し回っても見つからない。
「あっ!」
そして、ヒールが折れて転んでしまった。
すぐに立ち上がって歩こうとしたが、うまく歩けない。
見かねた近くの人が心配し、声をかける。
「ほら、ヒールが折れてしまっている。これじゃまともに歩けない」
「こうすれば…歩ける」
ブーツを脱ぐと投げ捨てた。
「っ………春希」


そして、そのままふらふらと噴水の方へ歩いて行くと、真正面からこちらを見ている小柄な女性が
「何やってるんですか!?あなた、いったい…」
「いや、あたしは大丈夫…」
その女性は、かずさの異常な状態を見て、思わず普段使っている日本語で叫んでしまったのだろう。第一声のあと、少し沈黙があった。
かずさも、その言葉が日本語だと理解する前に、日本語で答えていた。
数秒後、お互いに相手が日本人だと改めて認識した。
「どこからどう見ても、大丈夫に見えません。こんな雪の中で靴も履かずに、いったい何を考えているんですか!」
見た感じは、かずさより少し年下だろう。しかし、その口調は高圧的で、かずさは自分が叱られている子供のように思えてきた。
「あんたには、関係ないだろ?どうやって歩こうが、あたしの勝手だ、ほっといてくれ!」
「ほっとける訳ないでしょ、明らかに異常なことしてるんですから!あ…ほら、もう血が滲んできちゃってますよ、すぐに手当てしないと…」
「そんな事は、後回しだ。あたしは人を探してるんだ!この近くのホテルに来てるはずなんだ…」
かずさは口論しながらもあたりを見回していた。けれど見つけられない…どこに……
「まずは、手当てが先です。その後探しましょう、私もお手伝いしますから。このあたりのホテルにお泊まりですか?とりあえずタクシーで行きましょう」
「すぐ近くだからいいよ!こんな距離じゃ、運転手に迷惑だ!」
「何を言ってるんですか?緊急事態です!それとも、私に背負って行けとでもおっしゃるんですか?」

まったく、とんでもないおせっかい焼きだ…、まるで、あいつみたいだ………

ホテルに着くと、かずさの状態を見たベルボーイがフロントマンを呼んできた。
ドイツ語で、流暢に話すかずさを見て
「あの…、もしかして、日本から観光でみえたんじゃなくて、こちらに在住なんですか?」
女性の質問に、
「ああ、もっとも住んでいるのはウィーンだけどな。だから、観光客には違いないけど。それにしても、これはちょっと大げさじゃないか?」
車椅子に座らされたかずさは、呆れたように言った。
「足の裏の擦り傷と凍傷です。実際、もう感覚無いんでしょう?おとなしく運ばれて下さい。でないとかえって迷惑です」
かずさが部屋に運ばれていく間に、その女性は少し離れて携帯で話し始めた。

「……あ、先輩ですか?すみません、ちょっと………詳しい事は、また後で連絡します。それに、もしかしたら先輩にも協力してもらうかも…」

部屋に入ると、その女性はかずさの足の具合を確認し始めた。
「なあ、あんた連れと一緒に来てるんじゃないのか?あたしなんかに構ってていいのか?」
けれど、かずさの言葉をまったく気にした様子もなく、
「こんな状態の人を放っておいたら、それこそその人に怒られちゃいますよ!
それと、やっぱりお医者様に診てもらった方がいいと思います。ホテルから連絡入れといて貰いますから」
そう言うと、内線で説明し始めた。
「へえ、英語使えるんだ。すごいな…」
感心するかずさに
「ドイツ語使える人から言われても、ちっとも嬉しくありませんけど…」
「いや、あたしは英語は全くダメだから…」

「そう言えば、まだ自己紹介していませんでしたね。私、『杉浦小春』って言います。大学1年ですけど一浪しちゃったから、今二十歳です」
小春は、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「あたしは、冬……『東野和美』、歳は…二十三。職業は……芸術家?」
曜子に『冬馬かずさ』の日本での異常な人気を聞いていたため、咄嗟に、あえて偽名を使った。
「ふふっ、何で疑問形なんですか?和美さんって…分かった!自称芸術家ってことですね?」
小春は楽しそうに笑顔で言った。そのあまりにも可憐な姿にかずさはどきりとした。
「失礼な言い方だな。ああ、そうだ。気ままな仕事さ…」
言葉とは裏腹にかずさも笑顔になった。
どうしてだろう?なんか心地良い。初対面なのにどこか懐かしい感じがする。

「そう言えば、さっき人を探してるって言ってましたよね?お手伝いしますから。どんな人なんですか?お名前とか、特徴とか?」
かずさの雰囲気が和らいだのを感じたのか、小春は穏やかに聞いた。
「いや、もういいんだ…。本当は、会っちゃいけないヤツだから……」
そう言って視線を下に向けたかずさに、小春は重い雰囲気を感じ取った。
「何か複雑な理由がありそうですね。分かりました、もう聞きません」
「いやに素直だな…、さっきまであんなにおせっかいだったのに」
小春の態度の急変にかずさは驚いた。こういうタイプの人間は、それでもずけずけと聞いてきてこっちをイライラさせるはず。昔のあいつの様に……
小春は暫く考え込むように目を伏せ、やがて、ぽつぽつと話しだした。
「…私も昔はそうでした。相手の気持ちなんか構わずおせっかいして、嫌がられてもめげずに、無理やり介入して……
でも、それで傷つけちゃった人がいるんです。大好きな親友と、その親友が想いを寄せていた…先輩と、その彼女と…」
消え入りそうな声だったが、かずさは一言一句聞き洩らすことは無かった。その言葉に含められた感情さえも。
「『先輩』か…。男の人だったのか。そして今はあんたの彼氏か……」
「え…?」
小春は驚いて顔を上げた。確かにその通りだったが、そうは取られないように話したつもりだった。
目の前には、かずさの悪戯っぽい微笑みがあった。
「ふふっ、やっぱりそうか」
「あ……。あー!ひょっとしてカマかけられちゃった?」
小春は真っ赤になって叫んだ。
そんな小春にかずさは
「いいなぁ、大学1年生で彼氏とヨーロッパ旅行か。いろいろあったみたいだけど、今は幸せなんだね…」
「いえ、そんな大そうなものじゃありません。実は先輩の海外出張先に無理やり追いかけて来ちゃったんです。
だって、去年は受験でクリスマスどころじゃ無かったから…、今年が初めての二人のクリスマスなのに、会えないなんて酷くありません?」
「それなのに、彼氏をほったらかしてこんな事してるの?」
「いえ、先輩は仕事で来てるんですから、実際にさっきあそこで待ち合わせだったんですよ。仕事は今日までだったから…」
そう言った後、小春はかずさの目をじっと見つめた。
「でも、昨日連絡があって、急に明日も仕事が入っちゃったって!そんなの無いですよ。せっかく明日は二人で過ごせると思ってたのに!
そりゃ、仕事は大事ですよ。先輩がそういう事を断れない性格だってのも分かってますよ。でも…」
小春の勢いに圧倒されそうになったが、かずさは
「二人とも似たような性格なんだな、あんただって、何か頼まれたら断れない性格だろ?」
そして、ぽつりと言った。
「あいつも、そんな性格だったな…本当にそっくりだ。世の中には似た人間が3人いるっていった話があるが…」
「それって、性格じゃなくて外見の事を言ってるんですけどね」
「くだらないツッコミまでそっくりだ…」


結局、かずさは病院で診てもらう事になった。準備出来次第、ホテル側で送迎してくれるらしい。
「本当に世話になったな、ありがとう。せっかくの彼との時間だったのに」
こんなに素直に感謝の言葉を口にしたのはいつ以来だろうとかずさは思った。
「いいんですよ。さっきメールが来て、ちょうど仕事が終わったからこちらに迎えに来てくれるって言ってましたから。うまい具合に時間が潰せました、ってことで」
小春は事もなげに言った。そんな態度に今更ながら、かずさは自分が嘘をついている事が心苦しくなってきた。
「…杉浦さん、ごめん。実は『東野和美』って言うのは……偽名なんだ…本当はあたし……」
と、そこへドアをノックする音が響いた。
「すみません、こちらに『杉浦小春』と言う者がお邪魔してると思うんですが…」
小春の表情が、ぱっと明るくなった。
「あ、先輩が迎えに来てくれたみたいです」
「そうか、じゃあ悪いけどドアを開けてくれないかな。彼にも部屋に入ってもらってくれ。二人に改めて自己紹介するよ」
そう言って、かずさは髪をほどくと眼鏡を外した。
「分かりました。じゃあ」
小春はそんなかずさの姿を見ずにドアに向かい、開けて、
「先輩にも自己紹介したいんですって。入って下さいって言われました」
「そうか?なら俺も自己紹介しないとな」
そう言ってポケットから名刺を出しながら部屋に入った。
「どうも、はじめまして、開桜社の……」


「春希……」

「……うそ……そんな…」



「…かず…さ……」


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このページへのコメント

tuneさん、ロンさん、コメントありがとうございます。
こうしてコメントを頂けることが励みになります。

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Posted by finepcnet 2014年03月04日(火) 18:38:02 返信

少なくとも、私の中じゃ小春じゃ勝負にならない気がします・・・・雪菜ですらCODAで僅差でしたからね

0
Posted by ロン 2014年03月04日(火) 03:03:49 返信

おそらく今まで誰も書いてないタイプのSSですね。続きを楽しみにしています。注文を付ける訳ではないですが、一つだけ書くとかずさの偽名の名字の部分が北原だったら小春はどんな反応をしたのかと想像してしまいますね。

0
Posted by tune 2014年03月04日(火) 00:16:50 返信

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