「小春ちゃん、こっちこっち!」
美穂子の弾んだ声がカフェテリアに響き渡った。でもそれを気にする者は一人もいなかった。
皆、それぞれの話題に夢中になっていた。どこの大学も同じなんだな、と小春は思った。
自分の通う大学も、そして、ここ峰城大も、人の集まる場所の喧騒は同じ、周りなどお構いなしだ。
「お待たせ、美穂子。久しぶりだね」

週末に会おうという話になって、講義が早く終わる小春がこっちへ来る事になっていた。本来なら自分が通うはずだった峰城大。
こうしてここに来るのももう5回目。最初の頃よりは薄れたとはいえ、やはり寂しさを感じる。

美穂子とはよく会っていた。でも年末年始を含めた冬休み期間は会っていなかったので今日は本当に久しぶりだった。
二人の会話は以前とは変わって、美穂子から話題を振ることが多くなった。それはもちろん小春が春希との話題を口にしにくいという事もあったのだが。
色々話すうちに、美穂子はこれぞ今日の本題とでも言いたげな顔で
「それで?ストラスブールはどうだったの?もう、いいなぁ、先生と二人でヨーロッパの街並みを歩けるなんて…」
美穂子も、もう春希の事は吹っ切れたみたいだった。いや、吹っ切れたと言うよりは、明らかに変わった。
引っ込み思案だった付属の頃とは違い、小百合や亜子といる時も自分から二人と関わろうとするようになったし、何よりも笑顔が多くなった。
小百合の話によると、彼氏も出来たらしい。一人だけ取り残されたとぼやいていた。
「ああ…、そ、そうね……うん、ストラスブール、良かったよ。綺麗な街並みで、雪が降り積もって……」
そこまで話して、小春は言葉を切らしてしまった。そう、思い出してしまったから。あの日見たものを……
そんな小春を見た美穂子は
「え…どうしたの?向こうで何かあったの?」

美穂子たち3人には、春希が美穂子にとった態度の理由はかなり詳細に理解されていた。主に亜子の彼氏となった孝宏からの情報によって。
そして、その情報から3人が推測した三角関係の一人が、今話題の美人ピアニストだった事も。
「実はね、向こうで偶然冬馬先輩に会ったの」
「えぇ?…………」

小春は美穂子に向こうであった事を話した。冬馬かずさの春希への想いがどれほどのものか、自分が感じたままに。
「そっかぁ、やっぱり、北原先生ってモテるんだね」
「え?……」
あまりにあっさりした美穂子の言葉に小春は言葉を失った。そんな悠長な事言ってられないのに…
「大丈夫だよ、先生はきっと小春ちゃんの事大切にしてくれるから。だって、小春ちゃんを選んだんだから」
「うん……、ありがと、美穂子」

その時、二人の耳に学内FMが流す音楽が聞こえてきた。
「あ…、これ、私すごく好きなんだ。峰城大の学内FMでしか聞けない、冬の定番曲なんだって」
美穂子が目を閉じて聞きながら言った。
「届かない恋って、まるで以前の私の北原先生への想いみたいで…すごく…すごく心に、響いてくる、いい曲だよ……」
これまで何度も来た峰城大だったが、ここでこの曲を聞くのは小春にとって初めてだった。
「そっか、美穂子この曲好きなんだ。でも……知らなかったんだ…」
大学内で耳にするこの曲の事だけは、孝宏も姉の事を気にして何も言わなかったのだろう。
美穂子には、話してもいいかな。そう思って小春は自分のタブレットを取り出して言った。
「これが、その曲が演奏されている映像だよ……。」
小春が見せたのは学園祭ステージの映像。
「え?これって……あれ?これ、冬馬かずさ先輩じゃ…それに……北原先生!……」
「この曲はね、春希先輩が詩を書いて、それに冬馬先輩が曲を付けたものなの。歌っているのは小木曽のお姉さん。
……私、今はっきりと分かった。この3人でいる時の姿を見て、春希先輩の事好きになったんだ……。私の好きな先輩は、3人で楽しそうにしている、この先輩なんだ……」
小春は確信した。あれだけ反感を持っていた春希をなぜ好きになったのか。この姿を見たからだ。この3人で居る時の……


夕方、美穂子と別れた小春は、開桜社へと向かった。毎週金曜日はバイトを入れる事にしていた。
春希先輩が仕事を終えるまで居て、一緒に彼のマンションへ向かう。そのまま週末は二人で過ごすのだ。
小春の両親も春希といる事には、何も言わなかった。あの付属の最後の年、小春を苦しみから救い出したのが春希だったから。

着替えの入った少し大きめのバッグをロッカーに押し込みながら、週末の春希との時間を思い浮かべていた。
ところが……

「どーいう事なんですか?」
小春の声が編集部に響き渡った。
「来週から2週間も、春希先輩が『出張扱い』って私困ります」
凱旋コンサートまでの2週間ずっとあの二人といるなんて……
「いや……困るって言われても…、これは仕事なんだから…」
浜田も小春の権幕に押されて、普段の勢いが無い。
「1日10時間も自由に出来る時間を与えるなんて、常識じゃ考えられません。冬馬曜子オフィスは何を考えてるんですか?」
それには浜田も同意見だった。しかし、冬馬曜子に意見など出来る訳が無かった。
春希に文句を言おうにも、出先からまだ戻っていなくて、この日は小春は鈴木に付いて仕事をした。
これがまた、小春にとっては苦痛だった。なにしろ、ありとあらゆる状況を妄想して、小春の不安を煽ってくるのだから…。

それでも春希と小春の関係を知る鈴木は、出先から戻り、残務処理をする春希の終業時間に合わせて小春も終われるよう気遣ってくれた。
それは、もしかしたらこれから苦難を迎える小春に対する、ささやかな気遣いであったのかも知れない。
それでも、そのおかげで小春は、
「お疲れ様です、じゃぁ、春希先輩に送ってもらいますね」
と、偶然を装って一緒に帰る事が出来た。
駅に向かう途中で、春希は小春に一言だけ言った。
「いろいろ気になるかもしれないけど、マンションに帰ってから説明するよ。雪菜たちが何をしようと考えてるかは、だいたい予想できてるから」
そう言った春希の表情には、気負った感じも、後ろめたさも無く、穏やかだったので小春は春希の話をおとなしく聞く事にした。

そして、マンションに着くと春希は来週からの事を話してくれた。
取材先の冬馬家は、春希たちが付属時代に冬馬かずさが実際に暮らしていた家だということ。
そこで5年前、学園祭ライブの為の泊りこみの練習をしていたこと。
出版する本の付録としてCDを付けるが、その中に3人の曲を入れる事。
そのギターの練習の為の10時間確保だという事。
「だけど、今更ギター弾けなんて困ったよ…」
けれどこの時の春希の瞳は、以前『冬馬かずさの取材』の為に付属に来た時、第二音楽室で見た瞳と同じだと小春は感じた。
そしてまた、期待もした。自分が好きになった春希が、あの輝いている春希が見られるかもしれないと。

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このページへのコメント

コメントを頂けるのは本当に嬉しいです。
気が付いたら前作『春希が詞を書いて、かずさが曲をつけた…』のテキスト量を超えていました。
まだまだ終わりそうにありませんが、春希がより良い選択をしてくれる事を信じて書いていこうと思います。

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Posted by finepcnet 2014年04月15日(火) 23:33:25 返信

小春は可愛いなぁ^ - ^

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Posted by トンプソン 2014年04月15日(火) 21:51:20 返信

私は基本的にかずさ贔屓ではありますが、CCのヒロインの中では小春が一番好きなので、このSSは面白いと思いながらも少々複雑な気持ちですね。coda雪菜Tedに置いては皆を幸せにする為の三人の演奏が今回の話ではひょっとしたら小春の今の幸せを壊してしまう可能性がありそうです。小春の性格からして、もしそのような事になりかけたら全力で阻止するでしょうけれど。今回の話の最後にある小春の好きな春希になるという事は彼女とっては諸刃の剣になりそうです。次回も楽しみにしています。

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Posted by tune 2014年04月15日(火) 21:17:10 返信

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