翌日、春希が目覚めるとすぐ横で春希の顔を見つめる小春と目が合った。
「おはよう、小春。どうした?なんか嬉しそうだな」
「おはようございます、春希先輩。うふっ、なんか、久しぶりだなぁって思ってたんです。こうして朝先輩の顔見るのが」
小春はそう言って顔を近づけてきて、そっと唇を重ねてきた。
「ん……、久しぶりって、先週も泊って行ったし、これまでと変わらないだろ?」
「そうかもしれませんけど、今週はすっごく長く感じたんです。毎日、毎日、早く週末にならないかなぁって……」
「……」
「今日も朝からここで練習ですか?私、見てていいですか?」
「え?…そりゃ、いいけど。でも小春、俺の練習を見てるだけでいいのか?せっかくの休日だし、二人でどこか出掛けてもいいんだけど」
春希は小春の顔を覗き込みながら言った。
「ダメですよ、ちゃんと練習しないと。冬馬先輩のコンサート前にレコーディングするんですよね。なるべく迷惑かけないようにして下さいよ」
小春は窘めるように言った。
「そうだな…、でも、迷惑というなら、練習よりも作詞をなんとかしなくっちゃな……」
そう、問題は新曲の作詞だった。未だに一行も書けていない。
「作詞…ですか。……そういうのって、どういう時に浮かんでくるものなんでしょうか?『届かない恋』の時って……」
そこまで言って、小春は春希の視線がそれたのに気付いた。
―ああ、そうか。あの曲は先輩が『冬馬かずさ』を想って作った曲だったっけ……
さすがに春希も小春の態度が変わったことに気が付いた。
「あの時は………若かったなぁ…」
思いがけない言葉が春希の口から出てきたので、小春は目を丸くして驚いた。
そしてその驚きは、すぐに笑いへと変わった。
「……ぷっ、…ふふっ、な…なんですかその悟ったような言い方、あははは」
「いや、真剣にそう思ったんだよ、若かったって」
小春もすぐに、その言葉が春希の優しさだということに気付いた。
「そうですよね、5年も前のことですもんね」
「だから、今回は少し大人になった北原春希を表現したいなぁって考えてたら、……書けなくなった」
「そんな、大人になったって…あ、それなら今度は私の事を想って書いて下さい」
それは、以前から小春が考えていた事だった。自分への形に残る言葉が欲しい。しかも、その事が自分だけに分かっているならなお嬉しい。
歌の歌詞ならそれはもってこいだ。
「小春の事を…か……。そうだな、ならひとつ思いつくキーワードがあるんだけどな」
「キーワードですか?」
なんだろう、小春は首をかしげて春希を見た。
「ああ、『人生のロスタイム』ストラスブールから帰って来た後、言ってただろ」
「あれ…ですか……」
春希の予想に反して、小春の表情は少し沈んでいった。

その後、二人で朝食を作り、食べ終えた後、小春が後片付けをし始めると、春希はギターの練習を始めた。
小春は片付け終えると、ベッドにもたれてギターを弾く春希の傍へ来て言った。
「先輩、ちょっと前に動いてそれからあっちに体を向けてもらえます?」
「え?…ああ」
春希は言われるまま体を動かした。すると、小春は春希の背中にもたれて座って言った。
「はい、いいですよ。これで弾いてください」
春希が弾きはじめると小春は大きく息を吐いて言った。
「あぁ…、やっぱりこれいいなぁ…先輩の背中から、先輩の暖かさとギターの音が一緒に伝わって来る……」
そのまま、春希は暫く弾き続けた。やがて、小春が意を決したように口を開いた。
「先輩、ごめんなさい。私、先輩に嘘ついていました」
春希の指が止まった。
「……」
「以前、話した叔母の事……『人生のロスタイム』…あれ、実は私の両親の事なんです」
「え?両親…って、お父さんとかお母さんじゃなく両親って……」
小春は春希にもたれたまま頷いた。
「はい、両親です。私の母は父と再婚したんです。昔恋人だった父と……」
それなら、と春希は聞いてみた。
「もしかして、最初にお母さんが結婚した相手は…」
「はい、交通事故で亡くなりました。結婚して10年以上後のことですけど…
父と母は別れた後も、職場が近かったのでたまに顔を合わせて、そんな時に少しですけど近況報告みたいな事をしてたそうなんです。
お互い結婚して、子供も元気に育ってるって話してたって」
春希はそこで小春に聞いた。
「じゃあ、小春の両親は……」
「いえ、私は再婚後に生まれたんです。だから本当の両親ですよ。……二人とも嘘付いていたんです。
母は、子供がいないのに、いるって。父なんか結婚さえしていないのに……子供の話なんか…。
もともと、二人が別れた原因は父の性格の問題というか……まあ、一言で言えば飯塚先輩みたいな人だったんです。母の結婚式に別の女性と一緒に花束持ってお祝いに行ったそうですから。
でも、母の花嫁姿を見て心に穴が開いたみたいになったって、初めて本当に好きだったんだなぁって気が付いたって」
「…武也みたいな……か」
それは相手も大変だったろうと春希は思った。
「母も本当はまだ、父の事好きだったんですけど、お互いに別れた相手にそんな事言えなくて、むしろ自分は幸せだから相手も気にせず幸せになって欲しいって…
母は子供がいないのに二人の男の子がいるって、父なんか、結婚さえしていないのに、長男と下に女の子二人って……
別れて何年かはたまに駅とかで偶然会った時に、二言三言話すだけだったから。でも、10年経って、お互い一度ゆっくり話をしようって事になって、食事にいったそうです。
話してるうちに、まだお互いの事がすごく好きだって分かって、その時に父が、『お互いの伴侶に先立たれてそれぞれが一人になった時、まだお互い好きだったら結婚しよう』だったんです。
父としては、本当にそれまで待っているつもりだったみたいですけどね」
ここまで話す間、小春は春希の背中で微動だにしなかった。
「でもね、父がそう伝えてすぐに母の結婚相手が交通事故で亡くなっちゃったんです。出張先から帰るところだったって。
二人ともそれからずっと悩んで、会わないまま一周忌が過ぎて、ようやく二人で会おうということになって、お互いの事、こんどは包み隠さず話したんです。
そしたら、母には実は子供もいなくて、父なんか結婚さえしてないって事が分かって、ようやく二人、結婚することになったんです」
小春は話し終えると、ぐうっと伸びをした。
いつの間にか春希のギターの音が始まっていた。
「なんか、今の話聞いたらちょっと書けそうな気がしてきたよ。もちろんその内容を使う訳じゃないけど。
やっぱり、すれ違いや衝突があっても、その時すぐには無理でも、時間が経てばなんとかなる……願いは…叶う…か」
「どんな歌詞になるんでしょうか?」
小春の質問に春希は笑いながら答えた。
「はは、それはまだこれからだよ。でも、たぶんエレキじゃなくてアコギが合う気がするな」
手に持ったギターの弦を弾きながら春希は言った。そう、この音、この懐かしい雰囲気の音色。


翌日夕方まで、春希は『ホワイトアルバム』を弾いたり、『POWDER SNOW』を弾いたり、ノートに詩を書いては消してを繰り返しながら過ごした。
小春は食事の準備や片付け、掃除、洗濯、買い物など春希の身の回りの世話をした。それは小春にとって幸せな時間だった。
ちょうど夕食の準備が出来た頃に、春希が小春を見て言った。
「うん…出来た……と思う」
その言葉に小春は飛びつくようにノートの前に屈みこんだ。
「………キセキはおきる………きっと叶うよ、願いは………ゼロから once again…
なんか、いいですね。しっとりとしたメロディーが合いそう…。それで、タイトルは?」



「……『時の魔法』…だよ」
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おっ「時の魔法」がここで出てきましたか、原作では雪菜TedのEND曲でしたね。今回の小春の両親の話に触発されて書いたというのは良いのではないでしょうか。WA2の曲は涙腺を刺激する曲が多いですね。

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Posted by tune 2014年05月18日(日) 19:32:01 返信

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