雪菜Trueアフター「月への恋」番外編「トレンディドラマ観賞」


旬なところで「失●ショコラティエ」ネタで


 かずさと依緒は今夜、今話題のドラマを一緒に鑑賞するためにかずさの家のテレビの前に陣取っていた。主人公のショコラティエが人妻となってしまったヒロインへの恋に苦しむラブコメディだ。
 放映前、2人は前話の話で盛り上がっていた。
「いや、それにしても前回のラストはひどかった! なんで主人公の男は別のモデル女抱いたりするんだよ!」
 依緒はひきつり笑いを浮かべながらヒートアップしすぎなかずさをなだめる。
「いや、主人公の男が好きな女、もう人妻だし仕方ないんじゃ…」
「それでもさあ! 気を紛らせるためとかならともかく『悪いオトコにならなきゃ』なんて、もう最低…というか、あの女が悪いんだよ。自分も本命いるくせに他の男に手を出すなんて…」
 かずさはテーブルに突っ伏して怒りを堪える。

 ウィーンにいた時のかずさはドラマを楽しむ余裕も語学力もなかった。日本に帰国後もしばらくは落ち着かず、ツアーが終わると母の引退、春希達の結婚式と忙しかった。
 こうしてドラマを楽しむ余裕ができたのは年明けからだ。
「最初の回では、結婚する彼女の結婚式のためにウェディングケーキ焼いて倒れる主人公には共感しちゃったんだけどな…」
「あはは。でも、結婚式でヘンな口滑らさなかった分良かったんじゃない? かずさみたく…いやいや、あの回想シーンみたく」
「『かずさみたく』って言いかけたの聞こえた。ピアニストの耳なめんな」
「…ゴメン」
「ま、あの1.5次会の件は自分でもマズかったって自覚してるよ」
「いやいや、みんな色々フォロー入れたのが効いて、きっと誰も気にしてなかったよ」
「だといいんだけどなぁ…ああ、思い出すと自分でもイヤになってきた。っと、そろそろ始まるか」

 最初のシーンは主人公の恋する人妻のヒロインが店を訪ねてくるシーンだ。最初はつれない素振りでクールに応対していた主人公だったが、ヒロインから「元カレ」と言われただけでたちまち舞い上がる主人公にかずさは大笑いした。
「あはははははっ! 何あわててるのかと思ったら、『元カレ』って言われただけでそんな舞い上がっていたなんて! 2階級特進とか。あはははっ…」
「くくく…。いや、笑い過ぎだよ、かずさ」
 自らも笑いを堪えつつそう言う依緒だったが、だんだんかずさの笑い話が消え入りそうになっていくのに気付いた。
 依緒がかずさを見ると、かずさは泣きそうな顔でうなだれていた。
「…そうだよな。付き合っていた期間がないと『元カレ』『元カノ』の関係ですらないよな…」
 なんだかヘンなスイッチが入ってしまったかずさに依緒はあわてて声をかける。
「ほ、ほら。あの男出てきたよ、あの主人公の友人の御曹司」
 かずさもハッと我に返り、テレビに向き直る。

 テレビの中では主人公の妹が友達の彼氏との恋に苦しんでいた。かずさは義憤にかられたようにこの妹への敵意を露わにする。
「なんだ! この女! 友人の彼氏取って浮かれているんじゃないか!? この御曹司の言うように痛い目見ればいいんだ!」
「………」
 依緒はもう、かずさのヘンなスイッチが入らないよう黙っていることしかできなかった。

「あ、やっぱケンカして帰ってきたのか…お、おい!」
 かずさが釘付けになった画面の中では、彼氏とケンカして戻ってきてその妹がソファーで眠りだしたところだった。その妹に例の御曹司が寝キスしたシーン…でCMに入った。
「な!? なあ、依緒。今の妄想シーンだよなあ? そうだよなあ!?」
「え? いや、CMに入っちゃったし、よくわからないなぁ…」
 そう言って依緒はごまかしたが、実は依緒は原作コミックを読んでいたので今のが妄想シーンでないことを知っていた…が、かずさのあまりの剣幕に正直に答えることができなかった。
「ああもう! 寝キスなんかしちゃって上手くいく恋なんてあるわけないんだよ! しかも、あれ妹の方も気付いたよな? ああ〜妄想シーンであってくれ〜」
 依緒はかずさが寝キスにどういうトラウマがあるのか疑問に思ったが、もちろん問いただすことなどできるはずもなかった。

 場面は進んで、主人公とそのセフレになったモデル女が「互いの本命とうまくいった都合の良い妄想」にふけるシーンとなった。
 「妄想だから都合よく」などと言っていたモデル女自信の妄想が「本命の男に一晩の盛り上がりの中で抱かれて妊娠し、彼に知られず独りでその子を産んで育てる」というどうにも都合の良い妄想に思えない妄想であったことに依緒は吹き出しそうになった。
「あっはっは。このモデル女、どういう神経してるんだろうね? 子供さえいればいいって? もっと都合のいい妄想なんてあるだろうにね〜」
 このモデル女はかずさもキライなキャラのはずだと思っていた依緒は、ここぞとばかりにかずさに同調すべくこのモデル女をディスりにかかった。

 しかし、全く逆効果だった。
「いや…この子の気持ちわかるな…それ以上いい未来が想像できないって所もさ…まあ、産まれてくる子供の事まで考えてるかと言われればそうじゃないけど…」
 一気に部屋の空気が鉛のように重くなった。依緒はもう地雷の位置すらわからない歩兵のように立ち尽くすしかなかった。
 続くシーンで、ヒロインが店のスタッフとの会話で「あの人を落とすことができれば人生変わっていたかもしれない」と言ったセリフにかずさがうんうんうなづいていたのに至ってはもう触れることすらできなかった。

 そうこうしていると、例の御曹司が主人公の妹に告ろうとする場面になった。そこで、かずさの方が出し抜けに依緒に聞いてきた。
「なあ、依緒。この御曹司の恋うまくいくかな? この妹の恋がうまくいっていないところにかこつけたような恋、うまくいったほうがいいものかな?」
 依緒はそんな究極の質問への回答など当然準備しておらず、答えに窮して質問で返した。
「さあ? かずさはどう思うの?」
「わたしは…この妹には二股かけられたくらいでめげないで最初の恋貫いて欲しいと思うけど…」
 依緒は当たり障りのない相槌のみ返した。
「そっか。まあ、相手次第だよね」
 しかし、かずさは依緒のそんな気のない相槌すら許さなかった。
「違うよ。相手がどんな最低男でも諦められないから皆苦しむもんなんだよ」
「………」
 依緒は「さっきかずさ、『親友の彼氏取って。痛い目見ればいい』とか言ってなかった?」とツッコむ事すらできなかった。

 ラストは主人公がヒロインの人妻女とデートの約束をするところで終わったが、かずさは不満足な表情だった。
「ええ〜。もう終わり?」
「そうみたいだね」
「また来週かあ…あ〜あ」
「…まあ、来週が楽しみだね」
 そう言う依緒の口調が若干ひきつっていた事にかずさは気付いた。
「? あれ? 依緒、その紙袋は?」
「うっ…。これは…」

 気付かれた以上仕方ないと依緒は紙袋の中身を見せた。
 そこには依緒の読了済みの原作コミックと連載誌の先月号と先々月号があった。




 数日後、変装したかずさの姿が書店にあった。
「すいません。月刊○ラワーズの今月号ください」
「はい。570円になります」
「あと、定期購読の自宅までの配達お願いします」
「はい。では、こちらにサインを」
「? これ色紙だけど」
「冬馬かずささんですよね? 私、ファンなんです。よろしければサインを…」
「………」



<目次>
タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます