19 ２nd single 録音 ／ 2015年６月中旬
最終更新：
ushigara_neko 2015年02月13日(金) 23:13:28履歴
最終選考会において、小木曽雪菜ソロツアー及びバンド��SETSUNA�瓩離瓮鵐弌爾蓮∩袷�考通り、キーボード・石川真矢、ベース・下川直美に決まった。
決め手は演奏技術に加えて、作・編曲ができるか、だった。最終選考の日、オリジナル曲の持参を求めたのだ。
石川真矢は、派手な外見からは想像できないメロディアスな曲を書いた。下川直美は、大人しそうな雰囲気からは想像できないヘビーなロックを書いた。
石川はファースト・アルバムで聴けるかずさのピアノが好きだと言い、下川は雪菜のギターが好きだと言った。
その場で、仮契約が成立、雪菜のセカンド・シングル録音のため、かずさと松岡から収録曲の譜面と、デモ音源が渡された。
かずさから渡された『幸せな記憶』のデモ音源をきいて、メンバーは口々に「このままで良いのでは？」と言った。
「えっと、……どうかな。ボーカルとギター以外、一人多重録音だから、ちょっと、固いだろ。開放感がほしいね」
「北原、これ、アウト・トラック扱いで、シングルの五曲目に入れちゃえよ」と松岡は言った。
「カップリング曲のカラオケの後にですか？」
「そうしようよ、春希くん。やっぱりもったいないよ。かずさ、良いでしょ」
「うーん、とすると、全トラック一発録音だから、ちょっと直したい所もある……」
「マジかよ……。このままにしておいて。少し位ハンデくれてもいいでしょう？」と松岡は言った。
「まあ、良いけど」
「では、天才ピアニスト兼天才作曲家兼豪腕チーフ・プロデューサーのお目に適うよう、そしてデモを超えられるよう、我々は気合い入れて演奏しような」
……というわけで、春希と早百合は、急遽、ジャケットと帯の印刷内容の変更を、各方面に連絡することを強いられた。
メンバーは一度音合わせを実施。そのままライブできそうな勢いだった。
三人と松岡は、レコーディング・エンジニアの山口氏との打合せを実施。
数日後、ナイツ・レコードの関口大スタジオの第二スタジオで、雪菜のセカンド・シングルの録音が行われた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
今回は、冬馬曜子、工藤美代子の立ち会いはない。
かずさは、山口の横に立ち、音作りについて、テキパキと指示して行く。きっと頭の中にプロットが出来上がっているのだろう。J-POPの録音現場なんて初めての経験のはずなのに。
春希は、活き活きと動く、明るいかずさを見ながら、惚れ直していた。
一方、雪菜は……、かずさの後ろにちんまりと座り、時折かずさから求められる確認事項について、頷いたり、意見を言ったりしていた。
今回の録音は、『幸せな記憶』に関しては、かずさが仕切って、松岡がサポート。カップリングのカバー曲に関しては、松岡が仕切って、かずさがサポートする。
「『幸せな記憶』については、こんな感じのセッティングで録音しようと思うけど、松岡さん、良いかな」
粗方出来上がった後で、かずさは松岡に尋ねる。
「かずささんは、このスタジオ、初めてでしょう？」
「うん」
「こういう現場の先輩として、一言アドバイスできればカッコ良いのかも知れないけど……、完璧です。な、杉田」
「ああ」松岡と杉田は、脱帽のようだ。
「ありがとう。じゃあ、シーケンサーとガイドを録音してから、ドラムとベースを録ります。山口さん、始めましょうか」
録音は順調に進む。杉田のドラムと下川のベースは、良く合った。荒削りでも、大人しくもない。しっかりとした技術と、躍動感が共存する。
「さてと……、次は雪菜の番、だな」
かずさは、満足そうだ。
「行ってきます」早百合が重い防音扉を開けて先導する。
「あ、待って雪菜」
「何、春希くん」
「俺は、コントロール・ルームにいて良いのか」
「良いよ」
「かずさは、俺が見てるのを嫌がるから……」
「良いよ。見てて、聴いてて」
「分かった」
かずさは黙って、やりとりを見ていた。
ガラスの向こうの雪菜が、アンプの電源を入れ、調弦の確認をする。打ち合わせ通り、音作りをする。
何回かのリハの後、本番へ。
『幸せな記憶』のバックトラックが流れる。
ギターが本領を発揮するのは、サビの部分。
「うっわー」と声を上げたのは下川直美だった。
轟音を発する、SCHECTER EX-22-STD-FRT。
「めちゃくちゃカッコいい……」
早百合の目も輝いている。
コントロール・ルームにいた全員が、雪菜の弾き姿に見とれていた。
そして、大きなカッティングのギターに包まれて、かずさと、春希は感動していた。
「なんで、バッキング・ギターを弾いてるだけなのに、こんなにカッコいいんだ、雪菜は……」
かずさは、目を見開いて立ち、モニターから轟音を浴びている。
「ああ、本当だ……」
春希は、握りしめた拳に汗をかく程、興奮した。
……「どう、かな」
ガラスの向こうから、雪菜が問いかける。
「良いよ。問題ない。雪菜は、気になるとこ、あった？」
「特にないけど、トラックに余裕があるなら、もう一度弾かせてほしいな」
「じゃあ、もうワンテイク行こうか」
「ありがと」
少しだけセッティングを直した二テイク目も、もちろん最高だった。
「お疲れ」かずさは、帰って来た雪菜とハイタッチする。
「次は、かずさだね」
「ワンテイクで終わらせるよ。えっと、春希ぃ」
「はいはい。退散しとくよ」
「あたしの録音が終わったら、休憩入れるから、用意しといて」
「私がします」早百合が行こうとする。
「いや、良いよ。かずさは、俺に途中経過、聴かれるの嫌がるから。清水さんは、コントロール・ルームの中のこと、頼むよ」
「準備は良いですか」松岡が声をかける。
「えと、春希は行った？」
「寂しそう〜に、出て行ったわよ」
�爐�ずさは、ホントにツンデレだなあ�瓩叛禳擇六廚Α�
「やっぱり、ピアノはスタインウェイに限るな。
……始めて下さい」
「回します」山口がキーを押す。
無機質なガイドの後に、イントロのピアノが優しく舞い降りた。この後、アップテンポに転じるとは思えない、柔らかい音。
先に録音した杉田のライド・シンバルが寄り添う。
シーケンサーの効果音が鳴り、アップテンポに転じる。
あっという間に少し幻想的な世界感を形作るピアノ。
サビの前で雪菜は、ピアノに合わせて「♪ タラララン」と歌った。
サビになり、ピアノが細かく刻む。その一音一音の生音が、ギターの分厚いカーテンの前で、美しく舞う。
「ピアノが入っただけで、曲の印象がこんなに変ってしまうなんて」
杉田は、口に出して言わざるを得なかった。
そして、二番に入る前のピアノ・ソロ。
「この人、何……。凄い……」
悔しそうに、石川真矢が呟く。だが、瞳が輝いている。
一瞬のうちに魂を掴んでしまうようなソロに、雪菜は聴き惚れた。
「ああ、もうホントに嫌になっちゃう……。
また完敗だよ……」
嬉しそうに、少し悔しそうに、雪菜は言った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「春希、良いよ」かずさは、春希を呼び入れる。
「ベース・トラックは録り終えたから、一度、通して聴いてから、休憩しようか」
……休憩の時、かずさは、ちょっと弾き過ぎた、と言い、石川真矢が担当するシンセについて、アレンジを変えても良いか、と尋ねた。
「ここと、ここと、ここ。特にここはちょっと引いた感じにさせてもらいたい。ダメかな？」
「同じ意見です。私は、かずささんの指示通り弾きます」
「すまない」
「いいえ、光栄です。意見を求められるなんて……、嬉しいです」
「松岡さんのアコギと、リードギターの録音の後で、書き直すから」
「分かりました」
「それと、杉田さん、お願いがあるんですが、グロッケンシュピール、弾けますか？」
「任せて下さい。……でも、今日は持って来てないです」
「えと、あたしが持って来てるので、入れてもらえますか。録音の順番は、ボーカルの後になります。それも、すぐ書きますから」
「了解です」
「宜しくお願いします。じゃあ、あたし、お花摘んでくるから、帰って来たらアコギ、ギターソロ、ボーカル、コーラスの順番に入れます」
……「ははははは」
かずさの姿が見えなくなると、松岡は笑った。
「凄い集中力だな。脱帽だよ」
「ああ、彼女の気迫で一瞬も気を抜けない。でも、キリキリと胃が痛む、っていう訳じゃない。心地良い緊張感に包まれてる」杉田もぼそっと言う。
「緊張感を作ってる自覚があるから、休憩入れたみたいだね」松岡は天井を向く。
「あ〜あ、一瞬、黒髪の先っぽが見えそうな所まで、追いつきそうかなって、思ってたんだけど……、やっぱりかずさは、凄いな」ふう、と、雪菜がため息を付く。
「雪菜、焦るなって。あの人は、お前を置いてけぼりにするために、やってるんじゃない」
「そうだね」
「それに、今からお前が歌を入れたら、かずささんはきっと、今のお前と同じような気持ちになると思うぞ」
「そうなら良いけど……」雪菜は、春希をちらりと見た。
雪菜を見ていた春希は、慌てて目を逸らす。
クラシックの録音現場とはまるで雰囲気が違うのに、完全に仕切ってるかずさを見て、春希は驚きを隠せなかった。
�爐呂辰�り言って、この世界だけでも十二分に稼げるだけの知識と、作・編曲能力と、プロデュース力があるんじゃないか。
しかし、この現場は、クラシックと違って、面白い。きっと俺、嬉しそうな顔をしてるに違いない。雪菜の歌入れも、楽しみだ��
極力、ポーカーフェイスを貫こうとしていた春希だが、嬉しそうな雰囲気が漏れていた。
「お待たせ。それじゃ、続き、行こうか。
春希、お前、何ニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「それじゃ、いよいよボーカル、入れようか」
松岡の収録が終わった時点で、集合時間から四時間が経過していた。それでも、平均的な収録時間からすれば、相当速いペースだ。
「じゃ、行ってくるね」「ああ」
雪菜は、かずさと手を合わせ、そして、春希をちらりと見た。
春希は、笑顔で大きく頷いた。
雪菜は、笑って、重い防音扉の向こうに行った。
「春希ー」かずさが不満そうな声を出す。
「えと、何だ」
「何でも……、ない」かずさは少し、ぶーたれる。
雪菜が、ヘッドフォンを付けて、マイクの前に立つ。
「じゃ、一度流しますので、キューボックスの調整、お願いします。」
「お願いします」
�犖�てて、聴いてて�瓩箸聾世辰燭發里痢△海硫了譴鯑鷽佑料阿撚里Δ里蓮△笋辰僂蝓△�なりややこしいな、と、雪菜は思った。
「もう一度、通してください」
今度は、歌ってみる。だが、やっぱり乗らない。
声が、コントロールできない。
雪菜だけでなく、コントロール・ルーム内の人間も、少し心配になる。
「ちょっと、目が泳いでるな……」と漏らすと、かずさは、「ひと呼吸入れるか」と問いかけた。
しかし、雪菜は「ううん。本番行こうか」と返した。
「……分かった。行ってみようか」
ガイドからではなく、ピアノのイントロが流れる。そして、効果音。
「♪ どれくらいの月日が……」出だしの声がかすれた。
「雪菜、気にせず、一度通して」かずさは声をかける。
「分かった」
分かった、とは言ったものの……、その後も雪菜の歌は散々だった。
「えっと、もう一度、行ってみる？」
「……うん。お願い」
だが、結果は一回目と同じだった。
「ちょっと、行ってくる。山口さん、中の音声、切ってもらえますか」
かずさが、スタジオに入って行く。
「雪菜、ちょっと」かずさは、コントロール・ルームからの死角に雪菜を呼び込む。
「ごめん。今度は大丈夫よ」
「声出てないよ」
「そんなことない。その……、色々試してみただけだよ」
「あたしと、春希がいるからだろ」
「えっ、ううん。そんなことない」
「嘘付くな。その位の嘘は、あたしでも分かる」
「…………」
「あたしと、春希は、外に出ていよう。松岡さんに任せるよ」
「待って」
「無理すんな。……ていうか、あたしだってお前の立場なら、歌えないかもな」
「無理、させて」
「雪菜……」
「ここで無理できなかったら、かずさ、わたしと一緒に仕事してくれなくなる」
「そんなことは絶対ない」
「かずさだって、無理しなきゃならなくなる」
「…………」
「わたしは、そんなのは嫌」
「雪菜……」
「だから、もう一回、チャンスを頂戴」
「……何回だって、あたしは雪菜に付き合うよ」
「一回か二回で良い」
「ボーカルの収録は、一回や二回ではできないよ」
「わたしは自分の声を切ったり貼ったりされるのは嫌い。だから、回数は要らない。どうせ、保たないし」
「保たないって、どういう……」
「今から、反則技を使うから。……怒らないでね」
「なんだよ、反則技って……」
「先に謝っておくわ。ごめん、ね」
「……よく分かんないけど。じゃあ、行ってみようか」
かずさが帰ってくる。
雪菜が、ヘッドフォンを被り直す。
「音声、つなげます」
「雪菜、どう、行けそう？」
「三分程、時間頂戴」
「……了解」
雪菜は両手を胸の前で組んで、マイクの前で目を閉じた。
春希は、心配になって、かずさの横に立つ。
「かずさ……。雪菜、大丈夫か？」
「大丈夫だよ。……あいつは強いから」
「えっと、行きます」
雪菜は、目を開けて、……きつい目付きをする。
「了解です。じゃ、回します」
「お願いします」
ピアノが流れる……。効果音が鳴る……。
「♪ どれくらいの月日が」
「入れたっ」
かずさが小さく言った。
「この記憶……」
軽やかに、でもしっとりと歌い始める。
「息ができないような……」
「雪菜さん、凄く良い……」
早百合がうっとりと言う。
「ああ、良いな」
かずさも肯定する。
「髪かきあげた……」
「♪ タラララン」
石川真矢と下川直美が歌う。
「まだ色褪せない……」
だが、かずさは、ふと、違和感に気づいた。
雪菜が、春希の目を見つめて歌ってる……。
春希は、射竦められたように、呆然と立っていた。
「巻き戻す……」
雪菜が両手を伸ばす。
「同じ空の……」
伸ばした手を再び胸元に戻し、ピアノ・ソロを聴きながら、きつく目を閉じる。
「どこまでも……」
そして、再び、春希を見つめる。
「君だけしか……」
そこからは、ずっと、雪菜は春希の目を見つめて歌った。
そのことは、歌が終わる頃には、コントロール・ルーム内の全員が知ることとなった……。
「どう、かな」
「…………」
かずさは、しゃべらない。
「かずさ、怒った？」
「……いや、完璧だよ。何も言うことは無い。ね、松岡さん」
「そうだな。声量、音程、抑揚、表現、全て完璧だった」
ドサっ。
「春希！」
「春希くん！」
春希は、尻餅をついた。
「いや、ごめん。あはは。ちょっと、緊張、した。
でも、良かったよ。ボーカルが通しで一回で録れるなんて、あり得ないよな……」
「……早く立てよ。カッコ悪い」
かずさは、春希の手を引いて、立ち上がらせる。
重い扉を開けて、雪菜が帰ってくる。
「その、……ごめんなさい」
「なんで謝るの。凄く良かったよ、雪菜」
かずさは、微笑みながら言う。
「ごめん、ね」
「しつこいぞ」
「…………」
「じゃ、みんな、予定よりちょっと早いけど、昼食休憩に入ろうか」
かずさは、一番先にコントロール・ルームを出て行った。
「前言撤回、雪菜」松岡が言う。
「向こうの方が焦ったみたいだ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
休憩室で、春希の調達した高級イタリアン弁当を食した後、かずさはすぐにシンセとグロッケンシュピールのスコアを書き上げた。
「春希ぃ、コーヒーある〜」
かずさは、少し眠そうな声で訴える。
「はいはい」
持参のポットから紙コップに例の冷たい液体を注ぐ春希。
「すみません。私も頂いて良いですか」と、石川真矢が言う。
「えと、石川さん、このコーヒーは、かずさ専用で……」
「ご、ごめんなさい！」
「春希、けちけちすんなよ。石川さん、飲んで飲んで。今日は蜂蜜入りで美味しいよ」
「私も下さい」と、下川直美も言う。
「じゃあ、どうぞ……」春希は紙コップを二人に渡して、ポットから冷たいそれを注ぐ。
「これ……」「なん、ですか……」
「コーヒーはミルク入れない方が良いよな」とかずさは自慢げに言った。
「ま、飲んでみたら……」
�狢�ができないような�甦鼎気涼秧Гけ嫗里砲茲襦⊆�難者が二人出た。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「お疲れさま。順調に終わって良かった。後は、生のストリングスだけで、収録は後日になります。
ここからは松岡さんの仕切りになります」
一段落ついて、かずさは、ぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、ちょっとセッティングを変更しますので、小休止です」
一段落ついた、とはいえ、かずさは、コントロール・ルーム奥の椅子に座り、カップリング曲の楽譜を見つめていた。
春希は春希で、この時間を使って、と言わんばかりにパソコンに向かってる。
雪菜は、休憩室で、早百合と明日以降の簡単な打合せをしている。
「ねえ、松岡さん。このカップリング曲は、誰が持って来たの？」
かずさが訊く。
「雪菜だよ」
「ふーん。あいつが、Soul Music、か……。
良すぎるよ、この曲は。
そして、歌詞はあまりにもばかで、痛すぎる」
「そうだな……」春希は、横から呟いた。「痛いな」
「俺の仕切りだなんていっても、スコアは殆どオリジナルのままだけどね」
「弄れないよ、これは。アレンジした奴は、相当なロマンチストで、……ばかだ」
「……そうだな。じゃあそろそろ、行きましょうか」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「では、カップリング曲に移ります。
曲は、THE MOMENTSが1970年にヒットさせた、『Love on the two way street』です。
今日は、リズム、ピアノ、ギター、パーカッション、そして、リード・ボーカルまでです。最終的には生のストリングスと、女性コーラスが入りますが、その録りは後日になります。曲が激情的なので、逆に押さえて弾いて下さい。
……では、ドラムとベースから」
杉田はグルーブを重視し、フィルを簡素に。下川直美は堅実に弾く。
松岡は落ち着いた、キレの良いカッティングを披露する。
そして、この曲のもう一人の主人公、ピアノ。
かずさの、哀愁を帯びた美しいピアノが、曲の全体を支配して行く。
失われた、優しく、愛おしい過去を、彩って行く……。
「じゃあ、最後、雪菜だね」
全てをやり終えたかずさが、静かに言う。
驚く程、淡々と、順調に進んで行く。だが、そこに妥協は一切無い。
雪菜に、その歌を歌わせるために。ただそれだけのために。
「……うん、じゃ、歌ってくる」
派手なイントロ。鐘の音のようにピアノが鳴る。
そして、後悔に彩られ、憂いをまとった美しい女が歌い始める。
「♪ I found love on a two way street……」
�燿� 対面通行道路で愛を見つけて
孤独な高速道路で失った
「本当の愛は決して死なない」と言われたのに
でも、私は今泣いてる
結局、別れの時が来たから
音楽が優しく流れる中 あの人の唇が優しく囁く
「愛している」と
あの人は切羽詰まったように私を抱いた
私はそれを真実だと思った でもあの人は去っていった
何故、そんなに見えなくなっていたのだろう
初めて、愛を与えられたと
騙されて、傷つけられた
愛されて、騙されて、悔しかった
笑われて、責め苦に喘いだ
対面通行道路で愛を見つけて
孤独な高速道路で失った
さようなら��
……もちろん、雪菜は春希を見つめて歌う。悲しそうな、泣きそうな、嬉しそうな顔をしながら。
そして、かずさは春希の手を強く握り、強く雪菜を見つめ返す。
おあいこ（two-way street）だ、と、言わんばかりに。
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
決め手は演奏技術に加えて、作・編曲ができるか、だった。最終選考の日、オリジナル曲の持参を求めたのだ。
石川真矢は、派手な外見からは想像できないメロディアスな曲を書いた。下川直美は、大人しそうな雰囲気からは想像できないヘビーなロックを書いた。
石川はファースト・アルバムで聴けるかずさのピアノが好きだと言い、下川は雪菜のギターが好きだと言った。
その場で、仮契約が成立、雪菜のセカンド・シングル録音のため、かずさと松岡から収録曲の譜面と、デモ音源が渡された。
かずさから渡された『幸せな記憶』のデモ音源をきいて、メンバーは口々に「このままで良いのでは？」と言った。
「えっと、……どうかな。ボーカルとギター以外、一人多重録音だから、ちょっと、固いだろ。開放感がほしいね」
「北原、これ、アウト・トラック扱いで、シングルの五曲目に入れちゃえよ」と松岡は言った。
「カップリング曲のカラオケの後にですか？」
「そうしようよ、春希くん。やっぱりもったいないよ。かずさ、良いでしょ」
「うーん、とすると、全トラック一発録音だから、ちょっと直したい所もある……」
「マジかよ……。このままにしておいて。少し位ハンデくれてもいいでしょう？」と松岡は言った。
「まあ、良いけど」
「では、天才ピアニスト兼天才作曲家兼豪腕チーフ・プロデューサーのお目に適うよう、そしてデモを超えられるよう、我々は気合い入れて演奏しような」
……というわけで、春希と早百合は、急遽、ジャケットと帯の印刷内容の変更を、各方面に連絡することを強いられた。
メンバーは一度音合わせを実施。そのままライブできそうな勢いだった。
三人と松岡は、レコーディング・エンジニアの山口氏との打合せを実施。
数日後、ナイツ・レコードの関口大スタジオの第二スタジオで、雪菜のセカンド・シングルの録音が行われた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
今回は、冬馬曜子、工藤美代子の立ち会いはない。
かずさは、山口の横に立ち、音作りについて、テキパキと指示して行く。きっと頭の中にプロットが出来上がっているのだろう。J-POPの録音現場なんて初めての経験のはずなのに。
春希は、活き活きと動く、明るいかずさを見ながら、惚れ直していた。
一方、雪菜は……、かずさの後ろにちんまりと座り、時折かずさから求められる確認事項について、頷いたり、意見を言ったりしていた。
今回の録音は、『幸せな記憶』に関しては、かずさが仕切って、松岡がサポート。カップリングのカバー曲に関しては、松岡が仕切って、かずさがサポートする。
「『幸せな記憶』については、こんな感じのセッティングで録音しようと思うけど、松岡さん、良いかな」
粗方出来上がった後で、かずさは松岡に尋ねる。
「かずささんは、このスタジオ、初めてでしょう？」
「うん」
「こういう現場の先輩として、一言アドバイスできればカッコ良いのかも知れないけど……、完璧です。な、杉田」
「ああ」松岡と杉田は、脱帽のようだ。
「ありがとう。じゃあ、シーケンサーとガイドを録音してから、ドラムとベースを録ります。山口さん、始めましょうか」
録音は順調に進む。杉田のドラムと下川のベースは、良く合った。荒削りでも、大人しくもない。しっかりとした技術と、躍動感が共存する。
「さてと……、次は雪菜の番、だな」
かずさは、満足そうだ。
「行ってきます」早百合が重い防音扉を開けて先導する。
「あ、待って雪菜」
「何、春希くん」
「俺は、コントロール・ルームにいて良いのか」
「良いよ」
「かずさは、俺が見てるのを嫌がるから……」
「良いよ。見てて、聴いてて」
「分かった」
かずさは黙って、やりとりを見ていた。
ガラスの向こうの雪菜が、アンプの電源を入れ、調弦の確認をする。打ち合わせ通り、音作りをする。
何回かのリハの後、本番へ。
『幸せな記憶』のバックトラックが流れる。
ギターが本領を発揮するのは、サビの部分。
「うっわー」と声を上げたのは下川直美だった。
轟音を発する、SCHECTER EX-22-STD-FRT。
「めちゃくちゃカッコいい……」
早百合の目も輝いている。
コントロール・ルームにいた全員が、雪菜の弾き姿に見とれていた。
そして、大きなカッティングのギターに包まれて、かずさと、春希は感動していた。
「なんで、バッキング・ギターを弾いてるだけなのに、こんなにカッコいいんだ、雪菜は……」
かずさは、目を見開いて立ち、モニターから轟音を浴びている。
「ああ、本当だ……」
春希は、握りしめた拳に汗をかく程、興奮した。
……「どう、かな」
ガラスの向こうから、雪菜が問いかける。
「良いよ。問題ない。雪菜は、気になるとこ、あった？」
「特にないけど、トラックに余裕があるなら、もう一度弾かせてほしいな」
「じゃあ、もうワンテイク行こうか」
「ありがと」
少しだけセッティングを直した二テイク目も、もちろん最高だった。
「お疲れ」かずさは、帰って来た雪菜とハイタッチする。
「次は、かずさだね」
「ワンテイクで終わらせるよ。えっと、春希ぃ」
「はいはい。退散しとくよ」
「あたしの録音が終わったら、休憩入れるから、用意しといて」
「私がします」早百合が行こうとする。
「いや、良いよ。かずさは、俺に途中経過、聴かれるの嫌がるから。清水さんは、コントロール・ルームの中のこと、頼むよ」
「準備は良いですか」松岡が声をかける。
「えと、春希は行った？」
「寂しそう〜に、出て行ったわよ」
�爐�ずさは、ホントにツンデレだなあ�瓩叛禳擇六廚Α�
「やっぱり、ピアノはスタインウェイに限るな。
……始めて下さい」
「回します」山口がキーを押す。
無機質なガイドの後に、イントロのピアノが優しく舞い降りた。この後、アップテンポに転じるとは思えない、柔らかい音。
先に録音した杉田のライド・シンバルが寄り添う。
シーケンサーの効果音が鳴り、アップテンポに転じる。
あっという間に少し幻想的な世界感を形作るピアノ。
サビの前で雪菜は、ピアノに合わせて「♪ タラララン」と歌った。
サビになり、ピアノが細かく刻む。その一音一音の生音が、ギターの分厚いカーテンの前で、美しく舞う。
「ピアノが入っただけで、曲の印象がこんなに変ってしまうなんて」
杉田は、口に出して言わざるを得なかった。
そして、二番に入る前のピアノ・ソロ。
「この人、何……。凄い……」
悔しそうに、石川真矢が呟く。だが、瞳が輝いている。
一瞬のうちに魂を掴んでしまうようなソロに、雪菜は聴き惚れた。
「ああ、もうホントに嫌になっちゃう……。
また完敗だよ……」
嬉しそうに、少し悔しそうに、雪菜は言った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「春希、良いよ」かずさは、春希を呼び入れる。
「ベース・トラックは録り終えたから、一度、通して聴いてから、休憩しようか」
……休憩の時、かずさは、ちょっと弾き過ぎた、と言い、石川真矢が担当するシンセについて、アレンジを変えても良いか、と尋ねた。
「ここと、ここと、ここ。特にここはちょっと引いた感じにさせてもらいたい。ダメかな？」
「同じ意見です。私は、かずささんの指示通り弾きます」
「すまない」
「いいえ、光栄です。意見を求められるなんて……、嬉しいです」
「松岡さんのアコギと、リードギターの録音の後で、書き直すから」
「分かりました」
「それと、杉田さん、お願いがあるんですが、グロッケンシュピール、弾けますか？」
「任せて下さい。……でも、今日は持って来てないです」
「えと、あたしが持って来てるので、入れてもらえますか。録音の順番は、ボーカルの後になります。それも、すぐ書きますから」
「了解です」
「宜しくお願いします。じゃあ、あたし、お花摘んでくるから、帰って来たらアコギ、ギターソロ、ボーカル、コーラスの順番に入れます」
……「ははははは」
かずさの姿が見えなくなると、松岡は笑った。
「凄い集中力だな。脱帽だよ」
「ああ、彼女の気迫で一瞬も気を抜けない。でも、キリキリと胃が痛む、っていう訳じゃない。心地良い緊張感に包まれてる」杉田もぼそっと言う。
「緊張感を作ってる自覚があるから、休憩入れたみたいだね」松岡は天井を向く。
「あ〜あ、一瞬、黒髪の先っぽが見えそうな所まで、追いつきそうかなって、思ってたんだけど……、やっぱりかずさは、凄いな」ふう、と、雪菜がため息を付く。
「雪菜、焦るなって。あの人は、お前を置いてけぼりにするために、やってるんじゃない」
「そうだね」
「それに、今からお前が歌を入れたら、かずささんはきっと、今のお前と同じような気持ちになると思うぞ」
「そうなら良いけど……」雪菜は、春希をちらりと見た。
雪菜を見ていた春希は、慌てて目を逸らす。
クラシックの録音現場とはまるで雰囲気が違うのに、完全に仕切ってるかずさを見て、春希は驚きを隠せなかった。
�爐呂辰�り言って、この世界だけでも十二分に稼げるだけの知識と、作・編曲能力と、プロデュース力があるんじゃないか。
しかし、この現場は、クラシックと違って、面白い。きっと俺、嬉しそうな顔をしてるに違いない。雪菜の歌入れも、楽しみだ��
極力、ポーカーフェイスを貫こうとしていた春希だが、嬉しそうな雰囲気が漏れていた。
「お待たせ。それじゃ、続き、行こうか。
春希、お前、何ニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「それじゃ、いよいよボーカル、入れようか」
松岡の収録が終わった時点で、集合時間から四時間が経過していた。それでも、平均的な収録時間からすれば、相当速いペースだ。
「じゃ、行ってくるね」「ああ」
雪菜は、かずさと手を合わせ、そして、春希をちらりと見た。
春希は、笑顔で大きく頷いた。
雪菜は、笑って、重い防音扉の向こうに行った。
「春希ー」かずさが不満そうな声を出す。
「えと、何だ」
「何でも……、ない」かずさは少し、ぶーたれる。
雪菜が、ヘッドフォンを付けて、マイクの前に立つ。
「じゃ、一度流しますので、キューボックスの調整、お願いします。」
「お願いします」
�犖�てて、聴いてて�瓩箸聾世辰燭發里痢△海硫了譴鯑鷽佑料阿撚里Δ里蓮△笋辰僂蝓△�なりややこしいな、と、雪菜は思った。
「もう一度、通してください」
今度は、歌ってみる。だが、やっぱり乗らない。
声が、コントロールできない。
雪菜だけでなく、コントロール・ルーム内の人間も、少し心配になる。
「ちょっと、目が泳いでるな……」と漏らすと、かずさは、「ひと呼吸入れるか」と問いかけた。
しかし、雪菜は「ううん。本番行こうか」と返した。
「……分かった。行ってみようか」
ガイドからではなく、ピアノのイントロが流れる。そして、効果音。
「♪ どれくらいの月日が……」出だしの声がかすれた。
「雪菜、気にせず、一度通して」かずさは声をかける。
「分かった」
分かった、とは言ったものの……、その後も雪菜の歌は散々だった。
「えっと、もう一度、行ってみる？」
「……うん。お願い」
だが、結果は一回目と同じだった。
「ちょっと、行ってくる。山口さん、中の音声、切ってもらえますか」
かずさが、スタジオに入って行く。
「雪菜、ちょっと」かずさは、コントロール・ルームからの死角に雪菜を呼び込む。
「ごめん。今度は大丈夫よ」
「声出てないよ」
「そんなことない。その……、色々試してみただけだよ」
「あたしと、春希がいるからだろ」
「えっ、ううん。そんなことない」
「嘘付くな。その位の嘘は、あたしでも分かる」
「…………」
「あたしと、春希は、外に出ていよう。松岡さんに任せるよ」
「待って」
「無理すんな。……ていうか、あたしだってお前の立場なら、歌えないかもな」
「無理、させて」
「雪菜……」
「ここで無理できなかったら、かずさ、わたしと一緒に仕事してくれなくなる」
「そんなことは絶対ない」
「かずさだって、無理しなきゃならなくなる」
「…………」
「わたしは、そんなのは嫌」
「雪菜……」
「だから、もう一回、チャンスを頂戴」
「……何回だって、あたしは雪菜に付き合うよ」
「一回か二回で良い」
「ボーカルの収録は、一回や二回ではできないよ」
「わたしは自分の声を切ったり貼ったりされるのは嫌い。だから、回数は要らない。どうせ、保たないし」
「保たないって、どういう……」
「今から、反則技を使うから。……怒らないでね」
「なんだよ、反則技って……」
「先に謝っておくわ。ごめん、ね」
「……よく分かんないけど。じゃあ、行ってみようか」
かずさが帰ってくる。
雪菜が、ヘッドフォンを被り直す。
「音声、つなげます」
「雪菜、どう、行けそう？」
「三分程、時間頂戴」
「……了解」
雪菜は両手を胸の前で組んで、マイクの前で目を閉じた。
春希は、心配になって、かずさの横に立つ。
「かずさ……。雪菜、大丈夫か？」
「大丈夫だよ。……あいつは強いから」
「えっと、行きます」
雪菜は、目を開けて、……きつい目付きをする。
「了解です。じゃ、回します」
「お願いします」
ピアノが流れる……。効果音が鳴る……。
「♪ どれくらいの月日が」
「入れたっ」
かずさが小さく言った。
「この記憶……」
軽やかに、でもしっとりと歌い始める。
「息ができないような……」
「雪菜さん、凄く良い……」
早百合がうっとりと言う。
「ああ、良いな」
かずさも肯定する。
「髪かきあげた……」
「♪ タラララン」
石川真矢と下川直美が歌う。
「まだ色褪せない……」
だが、かずさは、ふと、違和感に気づいた。
雪菜が、春希の目を見つめて歌ってる……。
春希は、射竦められたように、呆然と立っていた。
「巻き戻す……」
雪菜が両手を伸ばす。
「同じ空の……」
伸ばした手を再び胸元に戻し、ピアノ・ソロを聴きながら、きつく目を閉じる。
「どこまでも……」
そして、再び、春希を見つめる。
「君だけしか……」
そこからは、ずっと、雪菜は春希の目を見つめて歌った。
そのことは、歌が終わる頃には、コントロール・ルーム内の全員が知ることとなった……。
「どう、かな」
「…………」
かずさは、しゃべらない。
「かずさ、怒った？」
「……いや、完璧だよ。何も言うことは無い。ね、松岡さん」
「そうだな。声量、音程、抑揚、表現、全て完璧だった」
ドサっ。
「春希！」
「春希くん！」
春希は、尻餅をついた。
「いや、ごめん。あはは。ちょっと、緊張、した。
でも、良かったよ。ボーカルが通しで一回で録れるなんて、あり得ないよな……」
「……早く立てよ。カッコ悪い」
かずさは、春希の手を引いて、立ち上がらせる。
重い扉を開けて、雪菜が帰ってくる。
「その、……ごめんなさい」
「なんで謝るの。凄く良かったよ、雪菜」
かずさは、微笑みながら言う。
「ごめん、ね」
「しつこいぞ」
「…………」
「じゃ、みんな、予定よりちょっと早いけど、昼食休憩に入ろうか」
かずさは、一番先にコントロール・ルームを出て行った。
「前言撤回、雪菜」松岡が言う。
「向こうの方が焦ったみたいだ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
休憩室で、春希の調達した高級イタリアン弁当を食した後、かずさはすぐにシンセとグロッケンシュピールのスコアを書き上げた。
「春希ぃ、コーヒーある〜」
かずさは、少し眠そうな声で訴える。
「はいはい」
持参のポットから紙コップに例の冷たい液体を注ぐ春希。
「すみません。私も頂いて良いですか」と、石川真矢が言う。
「えと、石川さん、このコーヒーは、かずさ専用で……」
「ご、ごめんなさい！」
「春希、けちけちすんなよ。石川さん、飲んで飲んで。今日は蜂蜜入りで美味しいよ」
「私も下さい」と、下川直美も言う。
「じゃあ、どうぞ……」春希は紙コップを二人に渡して、ポットから冷たいそれを注ぐ。
「これ……」「なん、ですか……」
「コーヒーはミルク入れない方が良いよな」とかずさは自慢げに言った。
「ま、飲んでみたら……」
�狢�ができないような�甦鼎気涼秧Гけ嫗里砲茲襦⊆�難者が二人出た。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「お疲れさま。順調に終わって良かった。後は、生のストリングスだけで、収録は後日になります。
ここからは松岡さんの仕切りになります」
一段落ついて、かずさは、ぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、ちょっとセッティングを変更しますので、小休止です」
一段落ついた、とはいえ、かずさは、コントロール・ルーム奥の椅子に座り、カップリング曲の楽譜を見つめていた。
春希は春希で、この時間を使って、と言わんばかりにパソコンに向かってる。
雪菜は、休憩室で、早百合と明日以降の簡単な打合せをしている。
「ねえ、松岡さん。このカップリング曲は、誰が持って来たの？」
かずさが訊く。
「雪菜だよ」
「ふーん。あいつが、Soul Music、か……。
良すぎるよ、この曲は。
そして、歌詞はあまりにもばかで、痛すぎる」
「そうだな……」春希は、横から呟いた。「痛いな」
「俺の仕切りだなんていっても、スコアは殆どオリジナルのままだけどね」
「弄れないよ、これは。アレンジした奴は、相当なロマンチストで、……ばかだ」
「……そうだな。じゃあそろそろ、行きましょうか」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「では、カップリング曲に移ります。
曲は、THE MOMENTSが1970年にヒットさせた、『Love on the two way street』です。
今日は、リズム、ピアノ、ギター、パーカッション、そして、リード・ボーカルまでです。最終的には生のストリングスと、女性コーラスが入りますが、その録りは後日になります。曲が激情的なので、逆に押さえて弾いて下さい。
……では、ドラムとベースから」
杉田はグルーブを重視し、フィルを簡素に。下川直美は堅実に弾く。
松岡は落ち着いた、キレの良いカッティングを披露する。
そして、この曲のもう一人の主人公、ピアノ。
かずさの、哀愁を帯びた美しいピアノが、曲の全体を支配して行く。
失われた、優しく、愛おしい過去を、彩って行く……。
「じゃあ、最後、雪菜だね」
全てをやり終えたかずさが、静かに言う。
驚く程、淡々と、順調に進んで行く。だが、そこに妥協は一切無い。
雪菜に、その歌を歌わせるために。ただそれだけのために。
「……うん、じゃ、歌ってくる」
派手なイントロ。鐘の音のようにピアノが鳴る。
そして、後悔に彩られ、憂いをまとった美しい女が歌い始める。
「♪ I found love on a two way street……」
�燿� 対面通行道路で愛を見つけて
孤独な高速道路で失った
「本当の愛は決して死なない」と言われたのに
でも、私は今泣いてる
結局、別れの時が来たから
音楽が優しく流れる中 あの人の唇が優しく囁く
「愛している」と
あの人は切羽詰まったように私を抱いた
私はそれを真実だと思った でもあの人は去っていった
何故、そんなに見えなくなっていたのだろう
初めて、愛を与えられたと
騙されて、傷つけられた
愛されて、騙されて、悔しかった
笑われて、責め苦に喘いだ
対面通行道路で愛を見つけて
孤独な高速道路で失った
さようなら��
……もちろん、雪菜は春希を見つめて歌う。悲しそうな、泣きそうな、嬉しそうな顔をしながら。
そして、かずさは春希の手を強く握り、強く雪菜を見つめ返す。
おあいこ（two-way street）だ、と、言わんばかりに。
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
タグ
このページへのコメント
tototo様、ありがとうございます。
もう本当に文章能力がなくて…。ごつごつしてロマンがないと言うか…。妄想勝負、という感じで、文章は…自信ないです。
ありがとうございます。
私も千晶のようにキレイな物語しか興味がないので、昼ドラのようなドロドロにはなって欲しくないですが…、多分ならないと思うのですが…、ならないように動いてくれれば良いなあ、と思います。
では、次のお話をアップします。これで、本当に準備原稿が尽きてしまうので、後は時間かかると思います。
読んでいただけて、幸いです。また、宜しくお願いします。
レコーディングの描写が丁寧かつ詳細に記述してあるのが、素晴らしいです。以前の話でも診察の場面を詳しく記述してあり、大変に丁寧な文章表現力だと思います。これだけの事を調べるだけども大変で、かつ物語を書き上げるのですから相当の力量が必要でしょう。
これからの続きが大変楽しみですが、どうやってまとめていくのでしょうか？ この話だけを読むと、昼ドラのようなドロドロの展開になりそうですが、きっと上手くまとめてくれるのでしょう。続きを楽しみにしております。頑張って下さい。
tune様、ありがとうございます。
書き溜めた話が着きました。この話と、次の話が前半の山場かな…、という感じで、後は後半に入って行きますが、全然書けてません（笑）。
ただ、何となく終わりが見えているので、行けそうな感じがしています。
さて、この次の話で、登場人物は全て出揃います。
とは言うものの、基本的には三人の気持ちの揺れ動きがメインになっちゃうと思います。
でも、本当に皆さん上手ですよね。ホントに文章が良い。
僕は、ごにゃごにゃして上手く行きません。読むたびに直したくなります…。
連日続きを読ませてもらえるのは嬉しいですが無理しないでください。今回ですが、原作の雪菜TedのCD作業を思い出させる話ですね。でも楽しんで作業をしている中にもかずさと雪菜がお互いにしか分からないやり取りしている辺りが中々良い話ですね。