どうしてこうなったんだろう…

愛する人と結婚した。

その人との子供もできた。

嬉しいことが二つ合わさって。

その二つの嬉しさが、もっと大きな嬉しさに育っていって。

夢のように幸せな時間を手に入れた…

なのに、どうして…

………

……




「ただいま〜」

夕食の買い物から帰宅しても、かずさもはるかも返事がない。

「…寝てるのかな?」

静かにキッチンに向かう。
起こすのは夕食ができてからでいいだろう。

と、リビングから二人の声が聞こえる。

「ただいま、かずさ、はるか」
「あ、おかえり春希」
「おかえりなさい、おとーさん」

寝ていたわけではないようだが。

「なにやってるんだ?」
「あのね、わたしが今日もおとーさんのおひざの上でご飯食べたいって言ったら、おかーさんがダメだって」
「そっか」
「だからね、どっちがおとーさんのおひざの上でご飯食べるかじゃんけんしてたの」
「なるほ……え?」

どっちが…?

今、この空間には三人しかいない。
俺と、かずさと、はるか。
『俺のひざの上』を取り合ってるんだから、俺は除外される。
ということは、はるかと『俺のひざの上』を取り合っているのは……

「あ、あたしだってたまには、春希の膝の上で…ご飯食べたぃ……」

かずさが、最後は消え入りそうな声で言った。

何を言ってるんだ。
6歳の娘と張り合ってどうするんだ。
大体お前が俺の膝の上に座ったら、俺が食べづらいじゃないか。

「おかーさん、早く〜」
「あ、ああ」
「じゃーんけーん…ぽん!」

そう言う前に勝負は再開された。

かずさはグー。
はるかは…パー。

「勝った〜!」

俺の意思とは関係なく、俺の膝の上は占領されてしまったようだった。

………

……




勝負というものは非情である。
勝者はあらゆるものを手に入れ、敗者は全てを失う…

…はるかは俺の膝の上で楽しそうに食事をしている。
かずさは…普段よりも仏頂面で食事をしている。

…気まずい。
自分で決めた勝負の結果なのにな…。

「おとーさん、あれ食べたい」

はるかが指したおかずを取る。

「はい、あーん」
「あーん」
「うまいか?」
「うん!おとーさんお料理上手だね!」
「ははは、ありがとな」

はるかの頭を撫でてやる。
目を細めて本当に嬉しそうだ。

「は、春希、あたしそれ食べたい」
「ん、わかった」

かずさの前におかずの皿を移動させる。

「〜〜っ」

何故涙目になってるんだお前は。
何で上目遣いをするんだお前は。
…まさか。

「ほら、かずさ」
「な、なんだよ」
「あーん」
「別にあたしは…」
「あーーん」
「そういうのはもう…」
「いいから。あーーーん」
「し、しょうがないな。あーん」
「おかーさん、おいしいね!」
「い、いつも通りだ…ぉぃしぃ……」
「ありがとな、かずさ」

手を伸ばしてかずさの頭を撫でてやる。

「んぅ…」

ほんの少し上気した顔。
少しは機嫌直った、かな?

…おかずがなくなるまで、二人におかずを食べさせ続けた。
俺はほとんど食べてないんだけどな…。

………

……




「よーしはるか。シャワーするから目をつぶれ〜」
「はーい」

母親譲りの黒髪を、優しく洗い流す。


夕食が終わると同時に

『おとーさん、お風呂入ろ』

というはるかに、かずさが

『…あたしも…入る』

というわけで、久しぶりに三人で入ることになった。
さすがにちょっと狭いけど。

「よし、お母さんと一緒に湯船につかりなさい」
「うん!」

俺も体洗わないとな。

「待てかずさ、何故お前が洗い場に来る?」
「あ、あたしも…洗って欲しい…」

もしかして…羨ましいのか?

「しょうがないな…」

シャンプーを手に取り、艶やかな黒髪をゆっくりと洗っていく。
地肌を揉み解すように優しく、優しく…。

「気持ちいいか?」
「…うん」

あの時もこうやって洗ってやったな…

「よし、流すぞ。目、つぶれよ」
「ま、待って」
「ん、目に泡でも入ったか?」
「違う。か、体も…洗って…」

今日のかずさはどこかおかしい。
いつもはこんなこと言わないのに。
そういう『約束』だったのに。

「ダメ、かな」

そろそろ体が冷えてきたんだが。

「いや、ダメじゃないさ」

スポンジにボディソープをつけ、泡立てる。

「はるか、もうちょっと待っててな」
「うん!」

うなじからゆっくりと洗い始める。

「強すぎたりしないか?」
「ん、大丈夫」

かずさの、あの頃からほとんど変わっていない、柔らかな肢体。
ふと邪な欲望が頭をよぎる。

…いや。
はるかが見てるんだ。
かずさを刺激しないように…。
俺が興奮しないように…。

「んひゃぅ!」
「おかーさんどうしたの?」
「な、なんでもない、ちょっとくすぐったかっただけだ」

お前もう少し我慢しろよ…。

…かずさが時々声を上げるので、洗い終わったときには俺は完全に湯冷めしていた。


………

……




「はるかは?」

メールチェックをしているところに、かずさが入ってきた。

「寝たよ、あのぬいぐるみと一緒に」
「そっか」
「春希、…ごめん、な」

かずさは静かに俺の隣に座った。

「謝られるようなことはないと思うけど?」
「その…『約束』守れなくて…」

『約束』…それははるかが産まれた時にかずさが自分で決めた、たった一つのルール。

『はるかがいる時は、俺に甘えない』

幼いはるかが、思う存分俺たちに甘えられるように。

「はるかも喜んでたし、たまには良いんじゃないか?」
「…わかってるんだ、あたしが我侭言っちゃいけないって」
でも…でも、最近ずっと仕事続きで…。
たまに二人とも家にいても、春希の仕事は溜まってて、全然二人きりになれなくて…。
春希が頑張ってるのはあたしたちの為だって…。
こんなんじゃ母親失格だって、わかってるけど…」

かずさの目から一粒、雫が溢れた。

「でも本当はいつでも春希の傍にいたいんだ!
春希と一緒にいたいんだ!
春希と…繋がっていたいんだよ…」

俺が、かずさに無理をさせた。

「気付いてやれなくて、ごめんな。」

…かずさはかずさのままでいいのに。

「かずさ、ほら」

俺は夕食のときにはるかが座っていた場所を指し示す。

「春希ぃ…ぐすっ…」

かずさははるかとは反対向きに座る。

「かずさはそのままでいいんだ」

そうかずさの耳元で呟いて、そのまま耳たぶを口に含む。

それは家族としての時間をとめるための確認。
そして男女としての時間を始めるための合図。

「はる、き…んっ……」

「っ……かずさ…はぁ…」

かずさが俺の唇をねぶる。
俺の舌がかずさの舌と絡み合う。
二人の唾液が混ざり合う。

「もっと……んんっ…ちゅっ…」
「…あ、んむ…ちゅぷ……」

両手でかずさの背中を撫でる、摩る、愛撫する。
二人だけの甘美な時間。

「…く、ふぅ…はぁ、春希ぃ…」
「かずさはかずさのままでいいんだ…んんっ。
全部…受け止めてやるから…あむ」

二人が俺を求めるなら。
俺は二人とも受け止める。
かずさとはるかの為なら、俺はそれが出来る。

「…おとーさん…おかーさ、ん…ぐすっ」
「はるか!どうした?」

かずさは俺から飛び降りてリピングに入ってきたはるかに駆け寄る。
ほら、お前はそのままでもしっかりと母親できてるじゃないか

「こわい夢、見たの…ぐす…おとーさんとおかーさんが、どっか行っちゃうの…」

その言葉が古傷にしみる。

治さないと決めた傷。
贖わないと決めた罪。

「俺たちははるかから離れたりなんかしないよ」
「ああ…、あたしたちはいつでも三人一緒だ」

俺たちはあの時の言葉で、あの時とは違う約束をする。

「…ホントに…?」
「ああ、本当だ。さ、お母さんと一緒に寝よう、な?」
「うん…でも、おとーさんも一緒に寝よ?」
「あ、おとーさんは仕事が…」
「大丈夫だよ、かずさ。じゃあたまには三人一緒に寝るか!」
「うん!おてて、つないで寝よ!」

俺たちは川の字になって眠った。
はるかの右手を俺の左手が握り。
はるかの左手はかずさの右手と繋いで。

これが俺の望み、選び、築いた幸せだと実感しながら…。


………

……



どうしてこうなったんだろう…

愛する人と結婚した。

その人との子供もできた。

嬉しいことが二つ合わさって。

その二つの嬉しさが、もっと大きな嬉しさに育っていって。

夢のように幸せな時間を手に入れた…

なのに、どうして…

「どうしてこんなに寝苦しいんだよ!」

あまりの寝苦しさに目を覚ました。
ベッドに入ったときには川の字だったはずなのに。
はるかは俺の左手にしがみつき。
かずさは俺の右腕を枕にして。
俺は寝返り一つ満足に打てない状態で。

大体かずさはどうやって俺の右側まで来たんだよ…。
寝相が悪いとかそういう問題じゃないぞ、これは。

「二人とも幸せそうな寝顔しやがって…」

二人の幸せそうな顔を見ながら、俺は再び眠りに落ちる。
この寝苦しさも、もっと大きな幸せになると信じられるから。

あとがき

娘の名前については…ごめん失念してたw
オチから構築したから「雪菜が出てくるのか」と思った人もごめん
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