（回想）８．５ 大聖堂にて（続き） ／ 2015年３月８日
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ushigara_neko 2014年09月28日(日) 00:47:57履歴
……春希に、曜子に連絡するようお願いして、雪菜は、かずさをシュテファン大聖堂へ連れ出した。
「春希くんのことなんだけど。あ、そんなに構えて聴かなくて良いから」
「う、うん」
「春希くんは、この祭壇画の、聖シュテファンのように、殉教したいのかな」
「えっ……」
雪菜は、再び、祭壇画を見上げた。
「春希くんが聖人みたい、っていう意味じゃないんだ。
石を投げられたいと思っているんじゃないかなって」
「どういう意味？」
「春希くん、さっき、『自分の中に、無くならない罪の意識』、って、言ってたよね」
「うん……」それは、かずさの中にもある。
「春希くん……、大学時代の一回生から三回生まで、ずっとそんな感じだった。
わたしを裏切ったという罪の意識から、わたしとかずさを遠ざけようとした。でも、春希くんには、それは、絶対に不可能なことなんだよ。
自分を責めて責めて、常に責めてしまうから、わたしとかずさのことを考えないために、勉強とアルバイトに根を詰めて、体が限界に来たらやっと寝られる、みたいな生活を三年間続けてた、みたいなの」
�爐修Δ世辰燭里�……。あいつ、自分のことはあまり話さないから……��
「でも、それって、北原春希という人間が、こういう間違いを犯したからには、責めを負わなければならない、みたいな自分を演じていたんじゃないかな、とも思うの。
これは多分、お父さんの浮気が原因で、お母さんが精神的にまいってしまった上に、彼から離れて行ったことが影響しているんじゃないかな、と思う」
「そう、なのか？」
「わたしが、春希くんのお母さんから話を聞いて考えただけ、なんだけどね」
「お前、春希のお母さんに会ったことあるのか？」
「あるよ。……何度かね」
「……話を続けてくれ」
「今も、また、あの頃とちょっと似た感じじゃないかな」
「…………」
「彼は、二人でウィーンに来たことを、やっぱり罪を犯したと考えているんじゃないかな。そして、罪の意識に苛まれ続けている」
「…………」
「もちろん、かずさと一緒の時は、きっと愛に満たされている、と思う。かずさのことを思って仕事している時も含めて、彼は幸せを感じているはず」
�猝い世棒┐�熱くて痛い。本当は、こんなこと言いたくないけれど��
「でも、一人の時は、やっぱり前と同じで、四六時中、罪の意識が彼を傷つけているんじゃないかな。
そして、それは、彼が納得する�猗貝瓩鮗�けるまでは、石を投げられるまでは、彼を苛み続けるんじゃないかな」
「…………」
「わたしは聖女じゃない。かずさや、春希くんが、苦しむだけ苦しめば良いと思っていた時もあった。
一生、そんな想いに囚われる人だってたくさんいる。
でもね」雪菜は、後ろ手を組む。
「あなた達を一生恨んで生きていくほど、わたしは意思が強くないの」
雪菜は、かずさの方を見て、ウインクした。
「やっぱり、あなた達を想い続けてしまう。どんなに憎しみや嫉妬に犯されようとも、あなた達を愛してしまう」
「雪菜……」
「わたしは今、わたし達の物語にちゃんと向き合うことで、何時の日か、解放されたいと思ってる。だから、何も考えずに、隠さずに、自分の気持ちを赤裸々に歌うことにしたの」
�猴忙劼気鵑�、それを手助けしてくれたから……��
「だから、かずさにも、春希くんにも、向き合ってほしい。
わたしと、わたし達の物語に」
「お前と、あたし達の物語に？」
「わたしは、わたし達の物語を歌う。だから、わたしが歌う、わたし達の物語に、かずさが新しい曲を付けてよ。そして、春希くんには二人の活動をサポートしてもらうの。
本当は、春希くんにも音楽的に関わってほしいけど、もう、ギター弾けそうにないもんね」
「全く、練習してない、と思う」
「だから、春希くんのギターは、わたしが盗っちゃった」
「それで、ギターを弾き始めたのか」
「うん」
「雪菜は、……春希をどうする気なんだ」
「あのね、どんなに恨みや嫉妬を受けようとも、法を犯さない限りは、恋愛である以上、絶対に罪は生まれないんだよね」
「罪は……、ある」
「それは、罪を感じる人の心にのみ、あるんだよ」
「少なくとも、あたしと春希は、罪を犯した」
「罪があるとして、二人は一生、抱えて行くつもりかな」
「そう、だな」
「わたしは、大分、かずさから罪滅ぼしをしてもらったよ。曲を使わせてもらって、歌わせてもらって、稼がせてもらった。
ふふふ。大分、仕返しさせてもらっちゃった」
雪菜は、いたずらっぽく、笑った。
「雪菜……」
「だから、かずさは、もうわたしに罪の意識なんて、感じなくても良いんだよ。
……でも、春希くんは、そうは行かないんだろうね」
「…………」
「もしも、春希くんが、罰を受けることでしか、自分を許す方法を知らないならば、わたしが約束する。
彼の望む罰を与えてあげる。それで、彼が解放されるならば。
そうすれば、春希くんは変れるかもしれない。
わたし達の関係は、新しいものに変われるかもしれない、と思う。
かずさは、どう思う？」
二年の月日が経っていた、はずだった。
だが、目の前の雪菜は、お構いなしに、かずさの心に触れて来た。
もう、まどろっこしいことは、しない、と、決めたかのように。
強くて、人のこと何でも見透かして、逃げ場所を塞いで、先手を打って、だから、凄く苦手で、ちょっと嫌で、羨ましくて、憧れてた、どうしようもなく優しい雪菜……。
その雪菜は、かずさが春希に感じている、些細な違和感を言葉で埋めていく。
�狆亟蕕鮓鬚錣稿�常、優しいキス、バカ話をして笑う夕食、情熱的な夜。
そんな幸せな夜中に不似合いな、春希の、歯ぎしり、うなり声、慟哭。
それは、何時まで待っても、時間が解決してくれそうにない、悪夢。
あたしの夢を犯す、悲しい記憶。親友の虚勢、悲しい声。
あたし達は、これを抱えたままで生きて行けるのかという、不安な疑念。
けれど、本当に雪菜に任せて良いの？
春希が、今よりもっと傷ついたら……？
あたしは、生きて行けない��
「怒りなら、あたし達は受けても良い。でも、軽蔑や冷笑や無視を受けるなら、あたしは春希を連れて帰るわけにはいかない。
あたしは良い。軽蔑、冷笑、無視には慣れている。あたしは、春希さえ一緒にいてくれるなら、何も怖くない。
でも、春希の心をこれ以上、傷つけたくない。あたしが、耐えられないんだ」
かずさの肩が震える。想像しただけで、耐えられそうにない。
雪菜は、かずさの方を向く。
「春希くんを、わたしとかずさ以外の誰かが、傷つけるようなことは、絶対にさせない。
それは、かずさだけでなく、わたしも不幸にするから。
それに、かずさを傷つけさせたりはしない。かずさを傷つければ、春希くんがあなたを守って、余計に傷つくことも分かっているから、誰かにかずさを傷つけさせたりは、絶対にしない。
あなた達を悪く言う人は、わたしが許さない。
あなた達を傷つける権利を持っているのは、わたしだけなんだから。
あなた達の、不倶戴天の敵は、わたしだけなんだから。絶対に、その権利を、他人に渡したりしないよ」
「雪菜……」
「かずさ。わたしを、もっとしっかりと見つめてよ。もっと認めてよ。
わたしは、あなたに認めてもらうために、一生懸命、頑張ったんだよ……。
やっと、あなたの背中が、あなたの長い黒髪が、遠くに幽かに見えるところまで、追って来たつもりなんだよ」
「…………」
「どうかな？」
「分かった、よ」かずさは、雪菜の目を見る。
雪菜は、何時だって本気だった。
挑発したり、仕掛けたりすることはあっても、かずさを騙すことはなかった。
……信じてみよう、と思った。
「じゃあ、雪菜。最後に一つだけ、訊いておきたい」
「何かな」
「背中の傷のこと。あれは、何時、付いたんだ？
……何故、春希に見せたんだ？
春希に見せるためだけに、あのピンナップをCDに入れたんだろ」
「ピンポン、正解」
「ちゃかすなよ」
「彼に、わたしのことを重荷に思ってもらうため」
「それは、どういう意味だ」
かずさの声のトーンが低くなる。
「本当は、あまり言いたくないんだけどな。……でも、かずさには、話さないといけないよね。
かずさ、質問に質問で返して、悪いと思う。謝るから、先に答えてほしいの。
さっき、わたし、『あなた達を日本につれて帰って、わたしの全国ツアーの企画と、二枚目の録音に、全面的に協力してもらいたい』って、言ったけど、かずさはそのことについて、どう思う？」
「あたしは、雪菜の提案に、心を揺す振られてる。
三月のプラハ公演の中止な……」
「……ごめんね」雪菜は、本心から謝った。
「謝るな。あれは、お前のCDを聴いて、動揺して、演奏に支障が出たから、というのは間違いないんだけど……。
本当はあたし、最近、ちょっとした壁を感じていたんだ」
「え？ そう、なんだ」
「うん……。曲に入り込んだ時は、凄く充実感があって、あたし以上にこの曲を演奏できる人間はいないと思える程なんだけど、曲を選んでしまうというか、入り込めない曲の場合、広がりが出なくて……。
それで、選曲に幅がなくなってしまって。
それに悩み始めると、次は『自分が得意だと思っているこの曲の素晴らしさを、あたしは本当に全部引き出せているのか？』という疑いに捕われるようになった。そのことを、春希にも言えずに、ちょっと悩んでいたんだ。
あいつは、音楽的なセンスに、少し欠けるだろう？」
「そう、なんだろう、ね」
「あいつには、頼れない。頼ったとしても、あたしをより一層、甘やかそうとするだろう。あたしが、周りが分かる程に変調したら、逃避行に連れ出すかもしれない程、甘いんだ」
「…………」
「でも、それじゃ、何も解決しない。
で、ビデオ・レターを見て思ったんだ。あたしの中にある、決して触れたくない、見たくない問題に対する、あたしの態度が、あたしを制限していないだろうか、とね。
感情の動きとか、人生の楽しみ方だとか、自分で制限を加えているんじゃないか、と。
もちろん、その問題……、つまり、お前のことは、あたしのピアノとは何の関係もない、と思ったさ。音楽とは無関係だ、と。
でもね、春希と一緒にいて、幸せを感じていても、幸せを感じれば感じる程、あたしはお前の夢を見る。
春希も、お前の夢を見る。
あたしは守ってやれる、と思っていた。でもやっぱり、お前のことを無視して、あたし達二人が生きて行くのは、無理があるんだ、と思う」
「…………」
「そんなあたし達の前に、お前は自分から飛び込んで来た」
「うん」
「もちろん、……恋敵としてのお前を、あたしは未だに恐ろしく感じている。
でも、女として春希に迫ったりしないと言ってくれた。
だから、あたしは今、あたしと春希の、唯一の弱点である、お前に向き合うことで、あたし達の間にある問題を解決して、自分の中の殻を破ることができないかって、考えている」
そこまでかずさは、一気に語った。だが、はたと横を向いて、自嘲的な笑みを浮かべた。
「あは。上手く言えないな。つまり、あたしは今、お前を利用しようとしているのかもしれない。汚い人間なんだよ。ごめんな」
「かずさ……」
�爐泙拭⊆�分で言って、自分を傷つけてる��
「あのね、かずさ、それで良いんだよ。わたしに利用価値があるなら、利用してくれたら良いんだよ。
ううん。どんな理由だって構わない。わたしはどうしても、かずさに帰って来てもらいたいの。わたしはかずさと一緒に演奏したいのよ。
どんな形でも良いから、とにかく三人で、三人のためのお祭りをしたいのよ。ずっとずっと、していたいのよ。
わたしの心は、何時だって峰城大付三年生の学園祭のステージの上にあるのよ。
わたしの心は、あの時の楽しさと熱狂を、一時も忘れることができないのよ」
「雪菜……」
「ファースト・アルバムを聴いてさえくれれば、かずさは、わたしと一緒に活動しても良いと考えてくれると思っていた。
問題は春希くんなの。かずさがわたしのお願いを飲んでくれた時、春希くんが、かずさを連れて逃げたりしないように、春希くんの心に重荷を背負わせたの。
かずさ、大体分かってるんでしょ？」
�爐気董帖帖⊂�しだけわたしの「優しい嘘」に付き合ってもらうわよ、かずさ��
「あの傷は、有海で、春希くんと別れた時のショックで、車道にふらっと飛び出してしまった時に、付いた傷なんだよ。
あの傷は、レーザー治療でキレイすることができる。でも、わざわざ残して、春希くんの重荷にした。
わたしに協力することで、重荷を少しずつ下ろしていけるように考えてくれれば、春希くんはわたしから逃げられなくなる。そうすれば、二人とも確実に帰って来てくれるんじゃないか、って、そう考えたのよ。
どう？ わたしの方が汚いでしょ」
「……って、あはははは」
かずさは、泣きながら笑い出す。
「何よ」
「雪菜、お前、何にも変ってない。峰城大付時代から、何も変わってないじゃないか」
「そうよ……。わたしは、自分でも嫌になるほど、何も変わっていない。可笑しい？」
「可笑しいよ」かずさは、両手で顔を覆う。
「ホント、可笑しいよ……」
「わたしを、そういうややこしくて、しつこい女にしたのは、あなた達なのよ」
「そして、あたしに男を好きになる辛さを教え、感情的な女にしたのも、お前達だ」
ノーメイクの目を、手の甲で拭って、かずさは言う。
「そうね……」
「そうさ……」
雪菜の右手が、かずさの腰に回され、雪菜はかずさの肩に頭を乗せる。
「お互い、遠くまで来ちゃったわね」
「そうだな。……あの秋が懐かしい」
「ねえ、春希くんの心も、解放されなきゃならないよ」
「そうだな」
「彼を連れて帰って来て。そして、彼が望むように、償いをさせてあげて」
「ああ」かずさは目を閉じた。「分かったよ」
「それから、お母さんに会ってもらって」
「えっ」
「彼は、ちゃんと反抗期を過ごすことのできなかった、極度のマザコンよ」
「そうなのか？」
「彼を、お母さんにしっかり向かわせないといけない、と思う。
これは、かずさにしか、できないことなのよ」
「分かった」
「お願いね。……あ、ごめん。わたしがお願いすることじゃないんだけど、ね」
「いや、春希のお母さんのことは、あたしも気になっていたんだ」
「会ったら、お母さんの若い頃の写真、見せてもらうと良い」
「何故……」
「かずさによく似てるから」
「えっ」
「うふふ」�猖榲�に、腹が立つことに��
「さて、帰って来てくれると、思って良いよね？
春希くんを連れて、わたしの元に戻って来てくれると、思って良いよね？」
「ああ。日本に帰るよ。お前の言う、お祭りに付き合おう……」
「嬉しい……、嬉しいよ。かずさ……」
二人の女は、祭壇の前で抱き合う。観光客達の、好奇の視線を浴びながら。
だが、二人には全く関係のないことだ。涙が流れる分だけ、凍り付いた心の�牋貮��瓩�溶けて行く、心地よさに浸っている二人には……。（回想終わり）
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「春希くんのことなんだけど。あ、そんなに構えて聴かなくて良いから」
「う、うん」
「春希くんは、この祭壇画の、聖シュテファンのように、殉教したいのかな」
「えっ……」
雪菜は、再び、祭壇画を見上げた。
「春希くんが聖人みたい、っていう意味じゃないんだ。
石を投げられたいと思っているんじゃないかなって」
「どういう意味？」
「春希くん、さっき、『自分の中に、無くならない罪の意識』、って、言ってたよね」
「うん……」それは、かずさの中にもある。
「春希くん……、大学時代の一回生から三回生まで、ずっとそんな感じだった。
わたしを裏切ったという罪の意識から、わたしとかずさを遠ざけようとした。でも、春希くんには、それは、絶対に不可能なことなんだよ。
自分を責めて責めて、常に責めてしまうから、わたしとかずさのことを考えないために、勉強とアルバイトに根を詰めて、体が限界に来たらやっと寝られる、みたいな生活を三年間続けてた、みたいなの」
�爐修Δ世辰燭里�……。あいつ、自分のことはあまり話さないから……��
「でも、それって、北原春希という人間が、こういう間違いを犯したからには、責めを負わなければならない、みたいな自分を演じていたんじゃないかな、とも思うの。
これは多分、お父さんの浮気が原因で、お母さんが精神的にまいってしまった上に、彼から離れて行ったことが影響しているんじゃないかな、と思う」
「そう、なのか？」
「わたしが、春希くんのお母さんから話を聞いて考えただけ、なんだけどね」
「お前、春希のお母さんに会ったことあるのか？」
「あるよ。……何度かね」
「……話を続けてくれ」
「今も、また、あの頃とちょっと似た感じじゃないかな」
「…………」
「彼は、二人でウィーンに来たことを、やっぱり罪を犯したと考えているんじゃないかな。そして、罪の意識に苛まれ続けている」
「…………」
「もちろん、かずさと一緒の時は、きっと愛に満たされている、と思う。かずさのことを思って仕事している時も含めて、彼は幸せを感じているはず」
�猝い世棒┐�熱くて痛い。本当は、こんなこと言いたくないけれど��
「でも、一人の時は、やっぱり前と同じで、四六時中、罪の意識が彼を傷つけているんじゃないかな。
そして、それは、彼が納得する�猗貝瓩鮗�けるまでは、石を投げられるまでは、彼を苛み続けるんじゃないかな」
「…………」
「わたしは聖女じゃない。かずさや、春希くんが、苦しむだけ苦しめば良いと思っていた時もあった。
一生、そんな想いに囚われる人だってたくさんいる。
でもね」雪菜は、後ろ手を組む。
「あなた達を一生恨んで生きていくほど、わたしは意思が強くないの」
雪菜は、かずさの方を見て、ウインクした。
「やっぱり、あなた達を想い続けてしまう。どんなに憎しみや嫉妬に犯されようとも、あなた達を愛してしまう」
「雪菜……」
「わたしは今、わたし達の物語にちゃんと向き合うことで、何時の日か、解放されたいと思ってる。だから、何も考えずに、隠さずに、自分の気持ちを赤裸々に歌うことにしたの」
�猴忙劼気鵑�、それを手助けしてくれたから……��
「だから、かずさにも、春希くんにも、向き合ってほしい。
わたしと、わたし達の物語に」
「お前と、あたし達の物語に？」
「わたしは、わたし達の物語を歌う。だから、わたしが歌う、わたし達の物語に、かずさが新しい曲を付けてよ。そして、春希くんには二人の活動をサポートしてもらうの。
本当は、春希くんにも音楽的に関わってほしいけど、もう、ギター弾けそうにないもんね」
「全く、練習してない、と思う」
「だから、春希くんのギターは、わたしが盗っちゃった」
「それで、ギターを弾き始めたのか」
「うん」
「雪菜は、……春希をどうする気なんだ」
「あのね、どんなに恨みや嫉妬を受けようとも、法を犯さない限りは、恋愛である以上、絶対に罪は生まれないんだよね」
「罪は……、ある」
「それは、罪を感じる人の心にのみ、あるんだよ」
「少なくとも、あたしと春希は、罪を犯した」
「罪があるとして、二人は一生、抱えて行くつもりかな」
「そう、だな」
「わたしは、大分、かずさから罪滅ぼしをしてもらったよ。曲を使わせてもらって、歌わせてもらって、稼がせてもらった。
ふふふ。大分、仕返しさせてもらっちゃった」
雪菜は、いたずらっぽく、笑った。
「雪菜……」
「だから、かずさは、もうわたしに罪の意識なんて、感じなくても良いんだよ。
……でも、春希くんは、そうは行かないんだろうね」
「…………」
「もしも、春希くんが、罰を受けることでしか、自分を許す方法を知らないならば、わたしが約束する。
彼の望む罰を与えてあげる。それで、彼が解放されるならば。
そうすれば、春希くんは変れるかもしれない。
わたし達の関係は、新しいものに変われるかもしれない、と思う。
かずさは、どう思う？」
二年の月日が経っていた、はずだった。
だが、目の前の雪菜は、お構いなしに、かずさの心に触れて来た。
もう、まどろっこしいことは、しない、と、決めたかのように。
強くて、人のこと何でも見透かして、逃げ場所を塞いで、先手を打って、だから、凄く苦手で、ちょっと嫌で、羨ましくて、憧れてた、どうしようもなく優しい雪菜……。
その雪菜は、かずさが春希に感じている、些細な違和感を言葉で埋めていく。
�狆亟蕕鮓鬚錣稿�常、優しいキス、バカ話をして笑う夕食、情熱的な夜。
そんな幸せな夜中に不似合いな、春希の、歯ぎしり、うなり声、慟哭。
それは、何時まで待っても、時間が解決してくれそうにない、悪夢。
あたしの夢を犯す、悲しい記憶。親友の虚勢、悲しい声。
あたし達は、これを抱えたままで生きて行けるのかという、不安な疑念。
けれど、本当に雪菜に任せて良いの？
春希が、今よりもっと傷ついたら……？
あたしは、生きて行けない��
「怒りなら、あたし達は受けても良い。でも、軽蔑や冷笑や無視を受けるなら、あたしは春希を連れて帰るわけにはいかない。
あたしは良い。軽蔑、冷笑、無視には慣れている。あたしは、春希さえ一緒にいてくれるなら、何も怖くない。
でも、春希の心をこれ以上、傷つけたくない。あたしが、耐えられないんだ」
かずさの肩が震える。想像しただけで、耐えられそうにない。
雪菜は、かずさの方を向く。
「春希くんを、わたしとかずさ以外の誰かが、傷つけるようなことは、絶対にさせない。
それは、かずさだけでなく、わたしも不幸にするから。
それに、かずさを傷つけさせたりはしない。かずさを傷つければ、春希くんがあなたを守って、余計に傷つくことも分かっているから、誰かにかずさを傷つけさせたりは、絶対にしない。
あなた達を悪く言う人は、わたしが許さない。
あなた達を傷つける権利を持っているのは、わたしだけなんだから。
あなた達の、不倶戴天の敵は、わたしだけなんだから。絶対に、その権利を、他人に渡したりしないよ」
「雪菜……」
「かずさ。わたしを、もっとしっかりと見つめてよ。もっと認めてよ。
わたしは、あなたに認めてもらうために、一生懸命、頑張ったんだよ……。
やっと、あなたの背中が、あなたの長い黒髪が、遠くに幽かに見えるところまで、追って来たつもりなんだよ」
「…………」
「どうかな？」
「分かった、よ」かずさは、雪菜の目を見る。
雪菜は、何時だって本気だった。
挑発したり、仕掛けたりすることはあっても、かずさを騙すことはなかった。
……信じてみよう、と思った。
「じゃあ、雪菜。最後に一つだけ、訊いておきたい」
「何かな」
「背中の傷のこと。あれは、何時、付いたんだ？
……何故、春希に見せたんだ？
春希に見せるためだけに、あのピンナップをCDに入れたんだろ」
「ピンポン、正解」
「ちゃかすなよ」
「彼に、わたしのことを重荷に思ってもらうため」
「それは、どういう意味だ」
かずさの声のトーンが低くなる。
「本当は、あまり言いたくないんだけどな。……でも、かずさには、話さないといけないよね。
かずさ、質問に質問で返して、悪いと思う。謝るから、先に答えてほしいの。
さっき、わたし、『あなた達を日本につれて帰って、わたしの全国ツアーの企画と、二枚目の録音に、全面的に協力してもらいたい』って、言ったけど、かずさはそのことについて、どう思う？」
「あたしは、雪菜の提案に、心を揺す振られてる。
三月のプラハ公演の中止な……」
「……ごめんね」雪菜は、本心から謝った。
「謝るな。あれは、お前のCDを聴いて、動揺して、演奏に支障が出たから、というのは間違いないんだけど……。
本当はあたし、最近、ちょっとした壁を感じていたんだ」
「え？ そう、なんだ」
「うん……。曲に入り込んだ時は、凄く充実感があって、あたし以上にこの曲を演奏できる人間はいないと思える程なんだけど、曲を選んでしまうというか、入り込めない曲の場合、広がりが出なくて……。
それで、選曲に幅がなくなってしまって。
それに悩み始めると、次は『自分が得意だと思っているこの曲の素晴らしさを、あたしは本当に全部引き出せているのか？』という疑いに捕われるようになった。そのことを、春希にも言えずに、ちょっと悩んでいたんだ。
あいつは、音楽的なセンスに、少し欠けるだろう？」
「そう、なんだろう、ね」
「あいつには、頼れない。頼ったとしても、あたしをより一層、甘やかそうとするだろう。あたしが、周りが分かる程に変調したら、逃避行に連れ出すかもしれない程、甘いんだ」
「…………」
「でも、それじゃ、何も解決しない。
で、ビデオ・レターを見て思ったんだ。あたしの中にある、決して触れたくない、見たくない問題に対する、あたしの態度が、あたしを制限していないだろうか、とね。
感情の動きとか、人生の楽しみ方だとか、自分で制限を加えているんじゃないか、と。
もちろん、その問題……、つまり、お前のことは、あたしのピアノとは何の関係もない、と思ったさ。音楽とは無関係だ、と。
でもね、春希と一緒にいて、幸せを感じていても、幸せを感じれば感じる程、あたしはお前の夢を見る。
春希も、お前の夢を見る。
あたしは守ってやれる、と思っていた。でもやっぱり、お前のことを無視して、あたし達二人が生きて行くのは、無理があるんだ、と思う」
「…………」
「そんなあたし達の前に、お前は自分から飛び込んで来た」
「うん」
「もちろん、……恋敵としてのお前を、あたしは未だに恐ろしく感じている。
でも、女として春希に迫ったりしないと言ってくれた。
だから、あたしは今、あたしと春希の、唯一の弱点である、お前に向き合うことで、あたし達の間にある問題を解決して、自分の中の殻を破ることができないかって、考えている」
そこまでかずさは、一気に語った。だが、はたと横を向いて、自嘲的な笑みを浮かべた。
「あは。上手く言えないな。つまり、あたしは今、お前を利用しようとしているのかもしれない。汚い人間なんだよ。ごめんな」
「かずさ……」
�爐泙拭⊆�分で言って、自分を傷つけてる��
「あのね、かずさ、それで良いんだよ。わたしに利用価値があるなら、利用してくれたら良いんだよ。
ううん。どんな理由だって構わない。わたしはどうしても、かずさに帰って来てもらいたいの。わたしはかずさと一緒に演奏したいのよ。
どんな形でも良いから、とにかく三人で、三人のためのお祭りをしたいのよ。ずっとずっと、していたいのよ。
わたしの心は、何時だって峰城大付三年生の学園祭のステージの上にあるのよ。
わたしの心は、あの時の楽しさと熱狂を、一時も忘れることができないのよ」
「雪菜……」
「ファースト・アルバムを聴いてさえくれれば、かずさは、わたしと一緒に活動しても良いと考えてくれると思っていた。
問題は春希くんなの。かずさがわたしのお願いを飲んでくれた時、春希くんが、かずさを連れて逃げたりしないように、春希くんの心に重荷を背負わせたの。
かずさ、大体分かってるんでしょ？」
�爐気董帖帖⊂�しだけわたしの「優しい嘘」に付き合ってもらうわよ、かずさ��
「あの傷は、有海で、春希くんと別れた時のショックで、車道にふらっと飛び出してしまった時に、付いた傷なんだよ。
あの傷は、レーザー治療でキレイすることができる。でも、わざわざ残して、春希くんの重荷にした。
わたしに協力することで、重荷を少しずつ下ろしていけるように考えてくれれば、春希くんはわたしから逃げられなくなる。そうすれば、二人とも確実に帰って来てくれるんじゃないか、って、そう考えたのよ。
どう？ わたしの方が汚いでしょ」
「……って、あはははは」
かずさは、泣きながら笑い出す。
「何よ」
「雪菜、お前、何にも変ってない。峰城大付時代から、何も変わってないじゃないか」
「そうよ……。わたしは、自分でも嫌になるほど、何も変わっていない。可笑しい？」
「可笑しいよ」かずさは、両手で顔を覆う。
「ホント、可笑しいよ……」
「わたしを、そういうややこしくて、しつこい女にしたのは、あなた達なのよ」
「そして、あたしに男を好きになる辛さを教え、感情的な女にしたのも、お前達だ」
ノーメイクの目を、手の甲で拭って、かずさは言う。
「そうね……」
「そうさ……」
雪菜の右手が、かずさの腰に回され、雪菜はかずさの肩に頭を乗せる。
「お互い、遠くまで来ちゃったわね」
「そうだな。……あの秋が懐かしい」
「ねえ、春希くんの心も、解放されなきゃならないよ」
「そうだな」
「彼を連れて帰って来て。そして、彼が望むように、償いをさせてあげて」
「ああ」かずさは目を閉じた。「分かったよ」
「それから、お母さんに会ってもらって」
「えっ」
「彼は、ちゃんと反抗期を過ごすことのできなかった、極度のマザコンよ」
「そうなのか？」
「彼を、お母さんにしっかり向かわせないといけない、と思う。
これは、かずさにしか、できないことなのよ」
「分かった」
「お願いね。……あ、ごめん。わたしがお願いすることじゃないんだけど、ね」
「いや、春希のお母さんのことは、あたしも気になっていたんだ」
「会ったら、お母さんの若い頃の写真、見せてもらうと良い」
「何故……」
「かずさによく似てるから」
「えっ」
「うふふ」�猖榲�に、腹が立つことに��
「さて、帰って来てくれると、思って良いよね？
春希くんを連れて、わたしの元に戻って来てくれると、思って良いよね？」
「ああ。日本に帰るよ。お前の言う、お祭りに付き合おう……」
「嬉しい……、嬉しいよ。かずさ……」
二人の女は、祭壇の前で抱き合う。観光客達の、好奇の視線を浴びながら。
だが、二人には全く関係のないことだ。涙が流れる分だけ、凍り付いた心の�牋貮��瓩�溶けて行く、心地よさに浸っている二人には……。（回想終わり）
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このページへのコメント
tune様、いつもありがとうございます。
なんで、かずさは帰ってきたのだろう？の部分の説明会です。
あんまり前半でくどくど書くと重くなるのと、ちょっとしたミステリー感覚を醸し出せないかと思い、山の直前に置くことにしていました。
でも、今から読み返すと、ごちゃごちゃして読みにくいですね…。
最後まで突っ走れたら、じっくり読み返して、整理したいと思います。
エンディングはほぼできていますが、そこに至る話が数話、まだ全然できていないので、目標の10月中に終了、が難しくなってきました。
お目汚しとは思いますが、最後までおつきあいいただけますとありがたいです。
春希の知らないかずさと雪菜の話良いですね。男である春希にはどうしても理解出来ないもしくは分かって貰いにくい所はあると思うので、2人だけの会話はある意味ストレスの発散でもあるのでしょう。なんだかんだ言ってもこの2人は良き戦友ですね。