27 対決 ／ 2015年８月上旬
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ushigara_neko 2014年10月16日(木) 00:46:51履歴
「どうやら、御宿インペリアルホテルにチェックインしたみたいです。
知り合いのライターが、荷物も持たずに、フロントに立っている冬馬かずさを見た、と連絡してきました。
一緒に居たカメラマンも、間違いないと言っているようです」
小春から雪菜に、その情報がもたらされた時、午後９時を過ぎていた。
「ふうん……」
「驚かないですね」
「二年前、泊まってたホテルだからね。というか、かずさの日本での行動範囲が一向に広がってないことが分かって、ちょっとびっくりした」
「さすがお嬢様ですね。わたしも一度くらい泊まってみたいかも」
「一度、かずさの奢りでスイートでも押さえて、女子会でもしようか」
「良いですね。高いワインも奢ってもらいましょう」
「貴腐ワインオンリーになるかもよ」
「それは勘弁。甘いお酒は苦手です」
「じゃあ、ボルドー三大シャトーの飲み頃でも、かずさの家のセラーから持ち込もうか」
「良いですね。つまみは北原先輩で」
「えっと……。それじゃ、わたし、行ってくるね。ごめんね、付き合わせちゃって」
「良いですよ、雪菜さんの頼み事なら。その代わり、二人のことは心配しなくて良いって、北原先輩に連絡しても良いですか？」
「そう来たか……」
「誰かが言わなきゃいけない、ですよね」
「分かった。言っといて」
「番号って、変ってません？」
「仕方ないなあ。教えてあげる。メールしておくね」
「ちょっぴり説教しといてあげます。本番は後日になりますが」
「はいはい。宜しくね」
「善戦を期待します。それじゃ」
�狒雲錣魎�待、か。
どう戦ったって、勝つのはわたしじゃない戦いなんだけどな��
雪菜は、苦笑いを浮かべながら、御宿インペリアルホテルへ向かった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今晩は。かずさ」
開けられた扉の向こう、下着にブラウス一枚着ただけの姿で、三白眼のかずさが立っていた。
「このホテルは、宿泊客の個人情報を他人に簡単に教えるのか」
「簡単じゃなかったわよ。ナイツ・レコード勤務時代に培った営業トークを駆使したのよ」
「それと、春希仕込みの違法すれすれの交渉術だろ」
「ピンポン。正解。
というか、名告ったら案内してくれたよ」
「ふん。用件はなんだ。あいにく、あたしは一人飲みで忙しい」
「付き合ってあげに来たのよ」
「お断りだ。あたしは今、……お前の顔を見たくない」
「かずさがどう言おうが、押し掛けて飲むのよ」
「帰れっ」
「帰れと言われても、わたしもかずさと同じ、部屋のみモードになっちゃったから」
雪菜は、スカートを脱ぎ、ハンガーにかけた。
「……勝手にしろ」
「広くていい部屋だね。もしかして、スウィート？」
「知らない。冬馬かずさだと名のったら、ここを通された」
「ばかね。偽名使えばわたしに踏み込まれたりしなかったのに。二年前、春希くんと遊ぶ時に、東野和美とかいう偽名使ってたでしょ？」
「っつ……。なんでそんなこと知ってるんだ」
「曜子さんから教えてもらったの」
「あの人は……」
「ところで、2010年のHAUT-BRIONのセカンドじゃない。良いワイン飲んでるわね」
「ああ、良いだろ。祝杯を上げてやってたんだ」
「何、の？」
「お前と春希の、真実の愛、にだ」
「はぁ？」
「良かったな。やっぱり、お前の方が、春希にお似合いだよ」
「……怒るよ？」
「それに、あたしはお前の背中に傷を付けた張本人だ。罪を償わなきゃ、ならないからな」
皮肉な笑みを浮かべて、すらすらと語るかずさの目が、潤んでいた。
「何言ってんのよ。あれは春希くんに別れを告げられたショックで……」
「もう良い。もう嘘つくな。あの怪我は、あたしと話し合った直後、事故にあった時の傷だろ？」
「……かずさ、あの、一日の違いに、気付いたの？」
「依緒に教えてもらった」
「んもう、依緒ったら、余計なことを」
「あたしは、お前を肉体的に傷つけた。それは、あたしが償わなきゃならない……」
「ふーん……。かずさ、その癖、直した方が良いよ」
「何、だと？」
「�爐�似合い�瓩世覆鵑董∩漢核椰瓦犬磴覆い�せに。
言ってることと、瞳の表情がバラバラなんだもん。
虚勢を張ってるって、バレバレだよ。
そんなんじゃ、あなたの本心を汲み取らないような、狡い人間に、利用されちゃうよ？
わたしみたいな、汚い女に、また騙されちゃうよ？」
「ああ、そうだな。強くて、人のこと何でも見透かして、逃げ場所を塞いで、先手を打って……。
何時もそうだ、お前は。
お前、大聖堂で、傷のこと、春希に重荷に思ってもらうためって言ったけど、あれは、あたしに知られないようにするために、春希に重荷を肩代わりさせたって意味だったんだな」
「……そうだよ」
「くっ……。
あっ、あたしは、お前のそういうところ、凄く苦手だっ。
それに、女として春希に迫ったりしない、とか言ってたくせに、嘘ばっかり。どんどん、春希の中に入り込んで行ってる。日本に帰ってきてから、春希はお前との仕事の方が楽しそうだし。
……もう嫌だ。限界だっ。もう、日本にいるのは嫌だっ」
「わたしが怖いの？」
「怖いに決まってんだろっ」
「かずさ……」
「お前なんか、最悪だっ。
そしてあたしは、最低だ……」
「…………」
「お前から春希を奪って……、お前から逃げて……、それだけじゃなく、お前の身体に傷を付けて……。
それなのに、今まで知らずに、春希におっ被せて……」
「単純に、あなたに知られたくない、重荷に思って欲しくないっていう、気持ちも強かったんだよ」
「でもな……、でも。
知ってもなお、春希をお前に返すと言えない。
でも、それ以外に償う方法も思い浮かばない。
……最低だよ」
「……ねえ、かずさ、さっきのは、別にイチャイチャしてた訳じゃないよ」
「あれがイチャイチャじゃなくて、何がイチャイチャなんだよっ」
「かずさ、メールで送った動画、見てくれた？」
「……見たよ。良い曲だよ。それは認める。
それに、春希の書いた歌詞には、心抉られたよ」
かずさは、ワインをぐっと煽った。
「まあ、あいつが今でもお前を愛しているって、分かってたけどな」
そして、かずさは、また皮肉な笑みを浮かべる。
「……わたしが、あの曲を作って、二人に送ったのは、あなたと、わたしと、春希くんの間にある問題を、もう一度、三人の目の前に置きたかったからなの。
乗り越えていくために」
「…………」
「なのに、春希くんが、かずさが傷つくから、『Answer』の歌詞は自分が書いたんじゃないって、かずさに嘘を付け、なんて言い出すから、言い合いになっちゃって。
それで、わたしが躓いて倒れそうになったところを、支えてもらっただけだよ」
「あのバカが……。つまらない工作しやがって……」
「それだけ。だから、別に春希くんがわたしを……。
わたしを……？」
�爐覆鵑如△錣燭靴�かずさに春希くんとのことを言い繕わなきゃならないのよ？��
雪菜の心に、火の粉が舞った。
「ふん。それじゃあ、なんであんなに長い時間、抱き合って、見つめ合ってる必要があったんだよ」
「それは……、えっと……」
「ほらみろっ」
「盗み見なんて、悪い趣味ね」
「そうだろっ。イチャイチャしてたんじゃないかっ」
「ちょっと位、貸してくれても良いんじゃないかな」
「嫌だ……。嫌だぁ、嫌だ嫌だ嫌だっ」
「ケチ過ぎるよっ。嫉妬心が強すぎるっ」
「なにがだよっ。お前未だに、春希からもらった指輪、肌身離さず持ってるんじゃないかっ」
「見つかってたか……」
「そんなにも、春希を想い続けてるんじゃないかっ。
そんな奴に少しでも貸せるか。怖い……。
もう嫌だ。帰る。あたし、ウィーンに帰る。
お前が怖い。怖いんだよっ」
「この小心者が……」雪菜は段々、苛ついてきた。
「わたしが、何時もあなた達のラヴラヴの雰囲気に当てられて、どれだけ泣かされてると思ってるのよ」
「うるさいっ。あたしだって、すぐ側でお前みたいな美人が、いっつも物憂げな眼差しで、春希を見てたんじゃ、気が気じゃないんだよっ。
心の中に、不安が、嫉妬が、どんどん降り積もる……。
降り積もって、あたしは息ができなくなる……。
最悪だよっ」
「何言ってるのよ。最悪なのはどっちよ。
だいたい、『届かない恋』みたいなラヴレターを人前で歌わされた、わたしの気持ちを考えたことがあるの？」
「あれは、お前へのラヴレターだと思ってたんだ。あたしは最悪の気持ちで、最高の曲を書いてやったんだぞ」
「学園祭前日の練習の夜、春希くんへの気持ちについて、わたしから何度も確認したのに、嘘ばっかりついて、はぐらかしたくせに。
それなのに、寝てる春希くんから、ファースト・キスを奪ったりしてっ。ツンデレにも程があるわよ」
「やっぱり、盗み見してたのかよ」
「そうよ。知ってたんでしょ？
あなたが迫ったから、あなたがわたし達三人の関係を壊そうとしたから、わたしも春希くんに迫ったのよっ」
「なん……、だとぉ」
かずさも、切れそうになってきた。
「なにがツンデレだ……。お前の可愛いっ娘ぶりっ娘にも程があるだろがっ。
学園祭の翌日、春希がお前との交際を報告しに時、あたしがどれだけ傷ついたかっ。
お前の、お前のせいでっ。
どうせ、春希が逃げられないように退路を断ってから、�猗鬚韻討癲⇔匹い鵑世茘瓩箸�言って迫ったんだろ」
「ぐっ。見ていたようなことを言うわね」
「あっはー。図星かぁ。
だから、身体で春希を繋ぎとめようとして、あんなに短期間のうちに濃厚なキスを交わしてたんだよなぁ」
「……っつう」
雪菜の中に色々な感情が沸き起こる。
「この……、色情狂がっ」
「あなただって、わたしの誕生日パーティーをぶっ潰して、彼女のいる男と抱き合ってキスしてたくせにっ。
友達の彼氏を寝取っちゃうような、不倫体質のくせにっ」
「失礼なこと言うなっ。だいたい何なんだ。お前の一枚目は。畳み掛けるように、ややこしい失恋の歌ばかり歌いやがって。『優しい嘘』とか、最悪じゃないか。
�猴イ靴け魁△△覆燭�最後にくれた、大切な私の宝物だよ�瓩箸�。そんな痛い思い込みあるかっ」
「うるさいわねっ。ウィーンに逃げた後に最初に出したCDで、�牋Ν瓩砲舛覆鵑西�曲を集めて色惚けた演奏を全世界に拡散した人に言われたくないわっ。
それに何なのよ、あの『After All』って曲は。
夫との、独身時代の昔の辛い思い出を歌うなんて、何の意味があるのよ。当てつけも良い所じゃない。
喧嘩売ってんのか、このぉ」
「何だとぉ。『Closing』で最初に喧嘩を売ったのはお前だろうがっ。それに、『Answer』みたいな曲をこそこそ書きやがったくせにっ。あれこそ当てつけじゃないかっ」
�狢臑痢△△痢�Answer』の歌詞は何なんだよ、春希っ��
怒りと混乱の中で、かずさは切れた。
�爐Δ錣，，，，，，，鱈�
かずさは、左足で雪菜に回し蹴りを見舞った。
雪菜はとっさに避けるが、太ももを衝撃が貫く。
「痛っ、なにすんのよっ」
「お前は、みんなが幸せになればいいとか言ってるくせに、本当は自分の幸せしか考えてないじゃないかっ。
カラオケに行ってもずっと一人で歌って。自分が友達に愛されているからって、歌単価が高くなるとか言って、マイク独占して。独善的なんだよっ。汚いよっ」
「なによおおぉ」
雪菜の右手がかずさの頬を襲う。
「痛っ、このぉ」
「かずさだって、自分には春希くんしかいないからごめんなさいとか言って、泣けば独占できるとでも思ってるんでしょっ。
お金も才能も美貌も何でも持っているくせに、強がりの仮面の裏から弱い女の素顔を垣間見せて、自分は手を汚さずに春希くんの心を揺れ動かしてっ。
汚いじゃないのっ」
「うるさいっ」
かずさは、雪菜の右足の脛を蹴り上げる。
「酷いっ。何すんのよっ」
「酷いのはお前だっ！。
何時だって、自分から仕掛けているくせに、春希が決断したような形に持って行って、あいつを追い込んで搦め捕っていたくせにっ。
お前の方がずっとあざとくて汚いんだよっ」
「汚くて何が悪いのよっ」
雪菜は踏み込んでかずさの頬を叩いた。
「痛っ、お前はぁぁぁ」
「あんただって汚いよっ。
母親との確執をネタにして、孤独な春希くんの心を揺さぶったくせにっ」
「う、うるさいわぁぁぁ」
かずさは左足の蹴りを雪菜の脇腹に見舞う。
「つうっ」
「お前こそ、母子家庭の春希に暖かい家族の幻想を見せつけて、あいつの心を釘付けにしようとしたじゃないかっ」
雪菜も踏み込んで回転良く右手をかずさの頬に見舞う。
「ぎゃあっ」
「彼が暖かい家庭を求めていたから、惹かれたんじゃないのっ。それの何が悪いのよ。
あんたなんか、極度のマザコンが何の努力もせずにっ」
激高したかずさは雪菜の胸ぐらを掴んで膝蹴りを雪菜の腹に見舞う。
「がはっ」
「お前だって、我がままなお嬢さんが何時だって人の輪の中心にいたいっていう、ナルティシズムの権化じゃないかっ」
激高した雪菜もかずさの前に垂らしたサイドの髪を掴んで弾き寄せつつ頬を思い切り張る。
「がっ、ぅのれぇ」
「あんただってそうじゃないっ。
寂しがりやのくせに煙幕張って、孤独を気取って、ただの出不精がちょっと美人だからって神秘的とか言われて、悦にいっちゃってたくせにっ」
バシッ。
「SCHECTERの青をわざわざ探して来て弾くなんて、未練がましいことしやがってぇ」
ドスッ。
「あんただって、高校の時から同じ赤のモデルを持ってたじゃないのよ。
ドン引きだよっ。このストーカーめ。このクズっ」
「だれがクズだっ。このオナニー気違いっ」
「やかましいわっ。妄想痴女っ」
「泥棒猫っ」
「ハイエナっ」
「お前さえいなければっ」
「あんたさえいなければっ」
二人の暴力は白熱し、お互いのブラウスはびりびりに裂けてしまった。
二匹の獣は、思いつく限りの下品な罵倒を浴びせかけ、叩き合い、蹴りあった。
理性など欠片もない、醜い争いが続いた。
ガシャン。
ワイングラスが床に落ち、割れた。
�爐┐叩△笋个鱈�
気にしたかずさの攻撃が弱まり、雪菜の平手が思い切りかずさを狙った。
だが、首をすくめたかずさの頭の上をかすめ、雪菜は泳いだ。
�爐Δ宗帖牒�
雪菜の身体が砕けたワイングラスの破片に向かって落ちて行きそうになる。
�狎禳擇鱈�
一瞬の判断で、かずさは雪菜を引っ張り、抱きかかえる。
�狃�けてっ��
雪菜は身をすくめた。そして、両手を床に着くことを拒んだ。
手を庇った雪菜は、かずさの上に覆い被さるように落ちて行った。
どさっ。
二人とも、砕けたワイングラスの餌食からは免れられた。
「ごほっ。ごほっごほっ。痛たたた」
「いったー」
「雪菜、お前、酷いぞ……」
「ごめんっ。手を庇っちゃったっ。かずさ、大丈夫っ！」
「大丈夫だけどさ……、痛いよ……」
「手を怪我したのっ？」
雪菜は、かずさの右手を握りしめ凝視した。
「いや、手は大丈夫みたいだ。ただ、お尻と頭を打った」
「ごめん。ありがとう。庇ってくれたんだよね」
「ああ。お前も大丈夫か？」
「かずさ……」
「っていうか、雪菜？ 顔、近いよ……、雪菜……」
雪菜は、かずさの上に覆い被さり、その憎い、愛しい顔を見つめた。
かずさも、雪菜の瞳から、目線を逸らさなかった。
二人は、呼吸が静まり、冷房の風音に気付く程に落ち着くまで、見つめ合っていた、。
ふと、かずさが視線を逸らし、小さく言った。
「やっぱりあたし、お前が苦手だ。明るくて、誰とでも仲良くなれて、誰からも好かれてて、世界からも、家族からも愛されてる。
お前とは、絶対に友達になんかなれない」
「わたしだって、あなたが苦手よ。美人で、スタイル抜群で、可愛気があって、才能があって、やる気さえあれば何でもできて……。
わたしだって、あなたとは、絶対に友達になんかなれない。なれるのは……」
「不倶戴天の敵、か」
「生涯の大親友」
「…………」
「…………」
「ふっ」
「あーあ」
「うっくくく」
「うふふふふ」
「わはははは」
「あはははは」
…………。
「はあ……。お前は、怪我してないか」
かずさは床に仰向けになったまま、雪菜を抱きながら、ぼそりと訊いた。
「大丈夫みたい。蹴られた太ももとお腹が痛いけどね。
かずさは？」
「大丈夫だ。
でも、あたしだって、お前の平手のせいで、きっと明日はおたふく顔だぞ」
「きっと、そんなおたふくでも、春希くんは可愛いと言うに決まってる」
「雪菜……」
「ホント、腹立つな……。
これが、春希くんに梳いてもらって、洗ってもらって、乾かしてもらってる髪か」
雪菜が、かずさの髪を梳く。
「なに？……」
「これが、春希くんにスリスリしてるほっぺたか……」
雪菜が、かずさの頬を撫でる。
「雪菜……」
「これが春希くんにキスされてる唇か」
雪菜の右手の人差し指が、かずさの唇を撫でる。
「よせよ……」
「これが、春希くんに揉まれてるおっぱいかっ」
雪菜の右手が、ブラを失い、はだけたかずさの白い乳房を揉む。
「やめろって」
「これが、春希くんに抱かれているウエストかっ」
雪菜の右手が、かずさの脇腹をさすって降りて行く。
「ダメだって」
「これが、春希くんに撫でられてるお尻かっ」
続いて、かずさの締まったお尻を撫でる。
「やめろ……、やめてくれっ」
「これが、さわさわされてる太腿かっ」
さわさわと、かずさの太腿を這い上がる雪菜の手。
「あ、だめ、雪菜、やめろ」
「ここが、春希くんを受け入れている……」
「雪菜、やめて……」
下着越しに、そこに触れようとした寸前、雪菜の手が止まる。
お互い、上気した頬を赤く染めて、またも見つめ合う。
「ホント、腹が立つなぁ……」
雪菜の瞳から、涙が、かずさの頬に、ぽとりと落ちた。
そして、雪菜は、かずさの豊満な胸に顔を埋めた。
「わたしだって、春希くんに抱かれたいよ。かずさみたいに、愛されたいよ。
愛してほしいよ」
「……春希は、今でも、雪菜を愛してる」
「でも、もう、無理なんだ。無理なんだよね」
「雪菜……。ごめん……」
「取り乱して、逃げ出したりしないでよ、かずさ。
隙があるかもって、考えちゃうじゃない。チャンスがあるかもって、考えちゃうじゃない。
言ったでしょ、手を抜いたら、何するかわかんないよ、って。
わたしに、何もさせないでよ。お願い、かずさ……」
「雪菜……」
「……ね」
「ああ……、そうだったな。わたしは、春希を愛してさえいれば、それだけで良かったんだな」
「そうだよ」
「ごめん、雪菜」
かずさは、雪菜の肩を抱いた。
「謝らないで。許してしまうじゃない……」
「ごめん。雪菜、ごめん。あたしを許してくれ。あたしを、許してぇ」
かずさは、泣いた。
雪菜は、ただ、かずさの心臓の音を聴いていた。
絶対に諦めなければならない。絶対に諦められない。
行ったり来たりの自分の心と対話するように……。
…………。
「どう、そろそろ落ち着いた？」
「ああ。ごめんな……」
「しかし……。高校時代と変らない、張りのある胸ね。というか、より魅力的になったというか……」
雪菜は、かずさに跨がり、露になっているかずさの両の乳房を揉み直す。
「止めろよ」
かずさは、その揉み方に春希の癖を見い出す……。
「おまけにきれいな桜色の乳首……」
「お前こそ……」
「なんだか……、やっぱり腹が立つな」
「そう、言われても……」
「なんか、腹が立つから、春希くんから、一つ、奪っちゃおうかな」
「何言ってんだ」
「かずさ、愛してるわ……」
そう言うと、雪菜は、かずさの唇に、キスした。
「んわんんんん〜っ」
かずさの驚きは、声にならない。
ジタバタして逃げようとするが、かずさを押さえつける、雪菜の腕の力は、意外と強い。
口を開けて�犹澆瓩蹐鱈瓩噺世�うとした瞬間、狙っていたかのように、雪菜の舌がかずさの口腔に侵入し、舌に絡み付いた。
噛んでやろうかと一瞬思ったが、歌うのに支障が出ては困る……。
などと、受け身に考えていると、かずさは雪菜のキスの上手さに蕩けそうになってきた。
というか、雪菜のキスに、春希の癖を見出して、頭が熱くなってきた。
�爐修Δ�、春希のキスの上手さは、雪菜の調教の……。あ、ダメ……。ダメだ��
力が抜けかけた瞬間に、雪菜の唇は離れた。
「ぷはぁ。あー、ちょっとスッキリした。
まあ、今日のところは、これで許してあげるよ。
さあ、飲もう飲もう」
雪菜は身体を起こすと、自分のズタズタになったブラウスと、ちぎれかけたブラを脱ぎ、ポイッとゴミ箱に捨てた。
「えっと、内線内線。……すみません。グラス割っちゃったんで、掃除機貸して下さい。それと、新しいグラス二つと、軽食とワインのメニューと、……もしもあったら、冷湿布を数枚、お願いします。
さて、かずさ、一緒にシャワー浴びようよ」
「えっと」かずさは、身の危険を感じた。
「いや、あたしはホテルの人が来るのを待ってる」
「じゃあ、先に浴びちゃうわね。
ガラスに気をつけてよ。それと、その格好で応対に出ないでね」
そして、スタスタと浴室に消えた。
身体を起こしたかずさは、一体何が起こったのか、判断できなかった。
ただ、またしてもやられた、と思った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
ガウンに身を包んだ二人は、肩寄せ合ってソファーに座り、ワインを飲んでいた。
眼前のローテーブルには、二本の空き瓶と、半分残ったボトルが一本並んでいた。
「ねえ、かずさ、起きてる」
「ああ……、大分、眠たくなってきたけどな」
「ねえ、春希くん、大丈夫かな」
「一晩位、心配させときゃ良いんだ。一瞬とはいえ、あたしの親友に揺れたんだ。たっぷり反省させてやる」
「うふふ。まあ、多分、小春が連絡入れてると思うけどね」
「良いのか。その、小春って娘も、春希のこと、狙ってたんだろ」
「あいつは大丈夫だよ。でも、根掘り葉掘り聞かれた上に説教されて、春希くんは大変だったろうな」
「そうなのか」
「小春は説教好きだから。本家本元と同じくらい」
「ははは」
「今度、冬馬邸に連れて行くから、相手してやってね」
「分かった」
…………。
「……ねえ、かずさ」
「何？」
「春希くんのかずさに対する想いは、特別過ぎる」
「どういう、意味？」
「ごめん。上手く言えないんだけど……」
「無理、しなくて良いよ」
「春希くんが、自分の気持ちに素直になって、欲望のまま動ける対象は、かずさ以外にいない、と思う」
「雪菜……」
「彼は何時も、北原春希という人間を作っていた。というより、彼は、自分の理想の父親であろうとしたんじゃないかって、思うの。だから、優等生で、説教好きで、おせっかいな男の子になったんだと思う。
でも、春希くんは、二人の女の子を同時に好きになってしまった」
「…………」
「自分が否定していた父親のように、人として許されない、卑劣な想いを抱いていると、自分を責めたに違いない」
「……うん」
「離れていた五年の間に、あなたが、もしも他の人と恋に落ちていれば……、もしもクレベール広場で春希くんを見つけなければ……、彼は、間違いを犯した自分を過去に追いやって、自分の理想の�猖霧興婀��瓩箸靴董△錣燭靴鳩觝Г靴討い燭�も、しれない……」
雪菜は、辛さに耐えきれず言い淀む。
「自分の作ってきた�猖霧興婀��瓩箸いΣ礁未鮹Δ杏�要はなかった。でも……。
でも……、あなたに再会してしまった」
雪菜の声が震えた。
「雪菜、もう、いいよ。もう、止めてくれ」
「春希くんが、今まで一番、本心から動いていたのは、きっと、わたしとの別れの作業をしていた時よ」
「雪、菜……」
「わたしを狂わせようが、友達に罵られようが、わたしの両親に軽蔑されようが、弟に殴られようが、かずさを選ぶと決めた瞬間に、自分が築き上げて来た�猖霧興婀��瓩噺世Σ礁未鮹Δい如△燭澄△劼燭垢蕕飽Δ魑瓩瓩襯丱�になれたのよ。
それは、愛した人がかずさだから」
「もう、止めろって」
「わたしは知っている。春希くんは、かずさのことになったら、自分を繕うことができない。何時だって、七年前の成田空港の時みたいに、あなたの名前を叫んで、駆け出してしまう」
「…………」
「じゃ、わたしはなんなの？、と思った。
あなたは何故、わたしを愛したの？ って、そればかり考えていた」
「…………」
「かずさの言う通りよ。きっとわたしは、春希くんが望んでも得られない�犢�福な家庭の象徴�瓩世辰燭里茵�
暖かい家族に囲まれた�犢�せな女の子�瓩辰討いΑ�
彼は、わたしの向こうに、何時も、わたしの家族を見ていたの。その幸せを夢見てた。
わたしも、彼との愛が、そんな風に育って行くと思ってた。
でも、それは、きっと、彼の夢……、彼の虚構……、だった、のかなぁ、って、思う。
虚構に入り込まず、自分を壊さず、ただの男でいられるのは、かずさのことを想う時だけ……」
雪菜は、涙を溜めた目を、かずさに向けた。
「雪菜ぁ……」
「そして、お母さんと和解した彼には、子供の頃の暖かい家庭の幻想も要らない。理想の父親像だって、必要ない。
これから必要なのは、愛する妻との、新しい暖かい家庭だけ……。
わたしは、完敗よ……」
「ごめん……」
「あーあ。どういてこうなっちゃったんだろう……」
かずさは、横を向き、泣くのを耐えている、雪菜を見ながら考えていた。
�猖榲�は、もっと違う幸せな道があったんだ。教会の祭壇で雪菜が嬉し泣きして、春希が照れて、あたしが祝いのオルガンを弾く。そんな未来が三人にとって、幸せだったのかもしれない。……三人の平均をとれば。
でも��
かずさは、グラスに残ったワインを飲み干す。
�爐△燭靴蓮△修鵑福⊃震覆納鵑鮃覆瓩蕕譴襪茲Δ聞�せを、選ぶことができなかった。
ごめんな、雪菜……��
…………。
「……なあ、雪菜」
「何？」
「さっき、あたし、『お前さえいなければ』なんて、言っちゃったけど」
「わたしも言っちゃった」
「でも、お前がいなければ、あたしと春希は、卒業までそのままだった。学園祭にも出ず、友達付き合いもせず、そのまま別れていた。
そして、あたしは引き籠もり人生を死ぬまで楽しんでいたはずだ。
だから、お前と出会わなければ、あたしの人生は、あたしのピアノは、終わっていたんだよ。
だから、さっきのあれは、本心の全てじゃないんだよ」
「わたしも、そうだよ。
わたしは、あなたに会わなければ、峰城大の英文学に行って、適当に勉強して、適当に遊んで、適当に就職していただろうな……。
かずさや、春希くんと出会えなかったことはもちろん、依緒や武也くんとも出会えなかっただろうし、きっと『息ができない程の恋があることを』知らずに過ごしていたと思う。
もちろん、歌手になんかならなかっただろうし、音楽にここまでのめり込むこともなかったと思う。
だから、かずさと、春希くんに出会えて、幸せなんだよ、わたしは。
かずさがいてくれないと、困るんだよ？」
「あたしも、お前に出会えて幸せだよ」その言葉には、絶対に嘘はない。「お前がいないと困る」
�爐泙◆△�前が側にいても、それはそれで困るんだけどな。でも……��
「かずさ……」
「雪菜……」�爐海譴蓮�運命なんだろうな……��
「かず、さ……」
「キス、するなよ」
「わ、分かってるよ。もう」
…………。
三本開けて、流石にワインが重くなってきた二人は、外に着て出れる服がないことを理由に、深夜だというにも関わらず、フロントに無理難題を言って、缶の梅酒のソーダ割りと氷を買って来させた。
「なあ、雪菜……」
「何？」
「背中の傷、なんだけど……」
「うん」
「きれいに、治せるのか」
「そうだね。もうちょっと目立たなくなるくらいには」
「治す気は、ないのか」
「ふぅ……」雪菜は、天井を見て、一呼吸ついた。
「そうね。そろそろ、考えないといけないね」
「そうか……」
「その気になったら、教えてくれ。治療費は、もちろんあたしが出す」
「いらないよ」
「それくらいは償わさせてくれ」
「そんな償いはいらない。むしろ、償いなんていらない」
「雪菜……」
「側にいてくれさえすれば良い。
三人でいられれば良い。それだけで良いんだよ。
この傷は、わたしの絡み合った想い、そのものだもん。
だから、それがちゃんと紐解かれた時、治すつもり」
「分かった。雪菜の好きにすれば良いよ」
「かずさ……、ありがと」
「もう一つ、訊いて良いか」
「良いよ」
「その……、指輪、なんだけど……」
ネックレスに通した、二つの指輪。
「うん」
「まだ、離せないか」
「そう……、だね」
「そうか」
「ごめんね。もう少しだけ……」
「謝るなよ。……頼むから、謝らないでくれ。
雪菜の好きにしたら良いよ。あ、あたしは……、何も見てない……、から。
昨日、見たことは、全部、忘れたからな」
「うん……、ありがとう」
…………。
「なあ、雪菜、やっぱり、あの歌、歌いたいのか」
「『Answer』のことなら、譲らないよ」
「そうか……」
「うん」
「一番が、春希の書いた歌詞なんだよな」
「あと、繰り返しの前半。二番と繰り返しの後半がわたしの書いた所」
「分かったよ。歌って良いよ。春希には、あたしから言っとく。ちょっと気になるところがあるから、曲の微調整もさせてもらうし、アレンジもやってやる。
ツアーで歌えば良いよ」
「ごめん……。ありがとう」
「ただし、録音する時は、一番はあたしに歌わせろ」
「えっ」
「春希の思いは、あたしのものだ」
「…………」
「春希は……」かずさの瞳が、切羽詰まった色を帯びた。
�爐△燭靴里發里性�
かずさは、口には出さなかった。
だが、思いは伝わり、雪菜の瞳は、再び怒りに染まった。
二人は、対峙する。
「あーあ」先に動いたのは、雪菜だった。
「まいったな。そうくるとは思わなかった。
ここで、そんなカード切るなんて。
負けたわ。また、負けちゃった。
あは、ははは。かずさは、凄いよ……。
さすが、わたしの、……の……」
かずさは、雪菜を抱きしめる。
「ごめん……、雪菜」
「ううん。良いよ。分かったよ。かずさの言う通りにしよう」
「うん……。ありがとう。ごめん、な」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
翌日の二人の予定は、重篤な体調不良を理由に、全てキャンセルされた。
昼過ぎ、春希は御宿インペリアルホテルに呼び出された。
かずさからのメールで、下着含めて服一式、持ってくることと、雪菜の下着含めて服一式、春希の給料で買って来ることが命令された。
春希が、部屋の入口に、バツの悪そうな顔を見せた時、かずさは、春希の右頬を軽く叩いて、言った。
「お前は最低だ、春希。……だから、意地でも嫌ってなんかやるものか」
春希の用意した雪菜の服は、全てにおいて、サイズから趣味まで完璧だった。
「やっぱり、覚えてたかぁ」
そう雪菜は呟き、そのことが、かずさをまた怒らせた。
春希は、最上階のレストランで、一番高いランチのコース三人分の支払いを背負わされた上に、食事中ずっと、かずさのツンツンとした口撃に晒された。
雪菜は、苦笑して二人を見ていた。
そして、時折、声を出して笑った。そして、ふと思った。
�犧�でも、心はちょっと痛いけれど、でも、笑えた。
笑えるんだ、わたし。
二人と一緒でも……、二人と一緒なら、笑えるんだ��
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
知り合いのライターが、荷物も持たずに、フロントに立っている冬馬かずさを見た、と連絡してきました。
一緒に居たカメラマンも、間違いないと言っているようです」
小春から雪菜に、その情報がもたらされた時、午後９時を過ぎていた。
「ふうん……」
「驚かないですね」
「二年前、泊まってたホテルだからね。というか、かずさの日本での行動範囲が一向に広がってないことが分かって、ちょっとびっくりした」
「さすがお嬢様ですね。わたしも一度くらい泊まってみたいかも」
「一度、かずさの奢りでスイートでも押さえて、女子会でもしようか」
「良いですね。高いワインも奢ってもらいましょう」
「貴腐ワインオンリーになるかもよ」
「それは勘弁。甘いお酒は苦手です」
「じゃあ、ボルドー三大シャトーの飲み頃でも、かずさの家のセラーから持ち込もうか」
「良いですね。つまみは北原先輩で」
「えっと……。それじゃ、わたし、行ってくるね。ごめんね、付き合わせちゃって」
「良いですよ、雪菜さんの頼み事なら。その代わり、二人のことは心配しなくて良いって、北原先輩に連絡しても良いですか？」
「そう来たか……」
「誰かが言わなきゃいけない、ですよね」
「分かった。言っといて」
「番号って、変ってません？」
「仕方ないなあ。教えてあげる。メールしておくね」
「ちょっぴり説教しといてあげます。本番は後日になりますが」
「はいはい。宜しくね」
「善戦を期待します。それじゃ」
�狒雲錣魎�待、か。
どう戦ったって、勝つのはわたしじゃない戦いなんだけどな��
雪菜は、苦笑いを浮かべながら、御宿インペリアルホテルへ向かった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今晩は。かずさ」
開けられた扉の向こう、下着にブラウス一枚着ただけの姿で、三白眼のかずさが立っていた。
「このホテルは、宿泊客の個人情報を他人に簡単に教えるのか」
「簡単じゃなかったわよ。ナイツ・レコード勤務時代に培った営業トークを駆使したのよ」
「それと、春希仕込みの違法すれすれの交渉術だろ」
「ピンポン。正解。
というか、名告ったら案内してくれたよ」
「ふん。用件はなんだ。あいにく、あたしは一人飲みで忙しい」
「付き合ってあげに来たのよ」
「お断りだ。あたしは今、……お前の顔を見たくない」
「かずさがどう言おうが、押し掛けて飲むのよ」
「帰れっ」
「帰れと言われても、わたしもかずさと同じ、部屋のみモードになっちゃったから」
雪菜は、スカートを脱ぎ、ハンガーにかけた。
「……勝手にしろ」
「広くていい部屋だね。もしかして、スウィート？」
「知らない。冬馬かずさだと名のったら、ここを通された」
「ばかね。偽名使えばわたしに踏み込まれたりしなかったのに。二年前、春希くんと遊ぶ時に、東野和美とかいう偽名使ってたでしょ？」
「っつ……。なんでそんなこと知ってるんだ」
「曜子さんから教えてもらったの」
「あの人は……」
「ところで、2010年のHAUT-BRIONのセカンドじゃない。良いワイン飲んでるわね」
「ああ、良いだろ。祝杯を上げてやってたんだ」
「何、の？」
「お前と春希の、真実の愛、にだ」
「はぁ？」
「良かったな。やっぱり、お前の方が、春希にお似合いだよ」
「……怒るよ？」
「それに、あたしはお前の背中に傷を付けた張本人だ。罪を償わなきゃ、ならないからな」
皮肉な笑みを浮かべて、すらすらと語るかずさの目が、潤んでいた。
「何言ってんのよ。あれは春希くんに別れを告げられたショックで……」
「もう良い。もう嘘つくな。あの怪我は、あたしと話し合った直後、事故にあった時の傷だろ？」
「……かずさ、あの、一日の違いに、気付いたの？」
「依緒に教えてもらった」
「んもう、依緒ったら、余計なことを」
「あたしは、お前を肉体的に傷つけた。それは、あたしが償わなきゃならない……」
「ふーん……。かずさ、その癖、直した方が良いよ」
「何、だと？」
「�爐�似合い�瓩世覆鵑董∩漢核椰瓦犬磴覆い�せに。
言ってることと、瞳の表情がバラバラなんだもん。
虚勢を張ってるって、バレバレだよ。
そんなんじゃ、あなたの本心を汲み取らないような、狡い人間に、利用されちゃうよ？
わたしみたいな、汚い女に、また騙されちゃうよ？」
「ああ、そうだな。強くて、人のこと何でも見透かして、逃げ場所を塞いで、先手を打って……。
何時もそうだ、お前は。
お前、大聖堂で、傷のこと、春希に重荷に思ってもらうためって言ったけど、あれは、あたしに知られないようにするために、春希に重荷を肩代わりさせたって意味だったんだな」
「……そうだよ」
「くっ……。
あっ、あたしは、お前のそういうところ、凄く苦手だっ。
それに、女として春希に迫ったりしない、とか言ってたくせに、嘘ばっかり。どんどん、春希の中に入り込んで行ってる。日本に帰ってきてから、春希はお前との仕事の方が楽しそうだし。
……もう嫌だ。限界だっ。もう、日本にいるのは嫌だっ」
「わたしが怖いの？」
「怖いに決まってんだろっ」
「かずさ……」
「お前なんか、最悪だっ。
そしてあたしは、最低だ……」
「…………」
「お前から春希を奪って……、お前から逃げて……、それだけじゃなく、お前の身体に傷を付けて……。
それなのに、今まで知らずに、春希におっ被せて……」
「単純に、あなたに知られたくない、重荷に思って欲しくないっていう、気持ちも強かったんだよ」
「でもな……、でも。
知ってもなお、春希をお前に返すと言えない。
でも、それ以外に償う方法も思い浮かばない。
……最低だよ」
「……ねえ、かずさ、さっきのは、別にイチャイチャしてた訳じゃないよ」
「あれがイチャイチャじゃなくて、何がイチャイチャなんだよっ」
「かずさ、メールで送った動画、見てくれた？」
「……見たよ。良い曲だよ。それは認める。
それに、春希の書いた歌詞には、心抉られたよ」
かずさは、ワインをぐっと煽った。
「まあ、あいつが今でもお前を愛しているって、分かってたけどな」
そして、かずさは、また皮肉な笑みを浮かべる。
「……わたしが、あの曲を作って、二人に送ったのは、あなたと、わたしと、春希くんの間にある問題を、もう一度、三人の目の前に置きたかったからなの。
乗り越えていくために」
「…………」
「なのに、春希くんが、かずさが傷つくから、『Answer』の歌詞は自分が書いたんじゃないって、かずさに嘘を付け、なんて言い出すから、言い合いになっちゃって。
それで、わたしが躓いて倒れそうになったところを、支えてもらっただけだよ」
「あのバカが……。つまらない工作しやがって……」
「それだけ。だから、別に春希くんがわたしを……。
わたしを……？」
�爐覆鵑如△錣燭靴�かずさに春希くんとのことを言い繕わなきゃならないのよ？��
雪菜の心に、火の粉が舞った。
「ふん。それじゃあ、なんであんなに長い時間、抱き合って、見つめ合ってる必要があったんだよ」
「それは……、えっと……」
「ほらみろっ」
「盗み見なんて、悪い趣味ね」
「そうだろっ。イチャイチャしてたんじゃないかっ」
「ちょっと位、貸してくれても良いんじゃないかな」
「嫌だ……。嫌だぁ、嫌だ嫌だ嫌だっ」
「ケチ過ぎるよっ。嫉妬心が強すぎるっ」
「なにがだよっ。お前未だに、春希からもらった指輪、肌身離さず持ってるんじゃないかっ」
「見つかってたか……」
「そんなにも、春希を想い続けてるんじゃないかっ。
そんな奴に少しでも貸せるか。怖い……。
もう嫌だ。帰る。あたし、ウィーンに帰る。
お前が怖い。怖いんだよっ」
「この小心者が……」雪菜は段々、苛ついてきた。
「わたしが、何時もあなた達のラヴラヴの雰囲気に当てられて、どれだけ泣かされてると思ってるのよ」
「うるさいっ。あたしだって、すぐ側でお前みたいな美人が、いっつも物憂げな眼差しで、春希を見てたんじゃ、気が気じゃないんだよっ。
心の中に、不安が、嫉妬が、どんどん降り積もる……。
降り積もって、あたしは息ができなくなる……。
最悪だよっ」
「何言ってるのよ。最悪なのはどっちよ。
だいたい、『届かない恋』みたいなラヴレターを人前で歌わされた、わたしの気持ちを考えたことがあるの？」
「あれは、お前へのラヴレターだと思ってたんだ。あたしは最悪の気持ちで、最高の曲を書いてやったんだぞ」
「学園祭前日の練習の夜、春希くんへの気持ちについて、わたしから何度も確認したのに、嘘ばっかりついて、はぐらかしたくせに。
それなのに、寝てる春希くんから、ファースト・キスを奪ったりしてっ。ツンデレにも程があるわよ」
「やっぱり、盗み見してたのかよ」
「そうよ。知ってたんでしょ？
あなたが迫ったから、あなたがわたし達三人の関係を壊そうとしたから、わたしも春希くんに迫ったのよっ」
「なん……、だとぉ」
かずさも、切れそうになってきた。
「なにがツンデレだ……。お前の可愛いっ娘ぶりっ娘にも程があるだろがっ。
学園祭の翌日、春希がお前との交際を報告しに時、あたしがどれだけ傷ついたかっ。
お前の、お前のせいでっ。
どうせ、春希が逃げられないように退路を断ってから、�猗鬚韻討癲⇔匹い鵑世茘瓩箸�言って迫ったんだろ」
「ぐっ。見ていたようなことを言うわね」
「あっはー。図星かぁ。
だから、身体で春希を繋ぎとめようとして、あんなに短期間のうちに濃厚なキスを交わしてたんだよなぁ」
「……っつう」
雪菜の中に色々な感情が沸き起こる。
「この……、色情狂がっ」
「あなただって、わたしの誕生日パーティーをぶっ潰して、彼女のいる男と抱き合ってキスしてたくせにっ。
友達の彼氏を寝取っちゃうような、不倫体質のくせにっ」
「失礼なこと言うなっ。だいたい何なんだ。お前の一枚目は。畳み掛けるように、ややこしい失恋の歌ばかり歌いやがって。『優しい嘘』とか、最悪じゃないか。
�猴イ靴け魁△△覆燭�最後にくれた、大切な私の宝物だよ�瓩箸�。そんな痛い思い込みあるかっ」
「うるさいわねっ。ウィーンに逃げた後に最初に出したCDで、�牋Ν瓩砲舛覆鵑西�曲を集めて色惚けた演奏を全世界に拡散した人に言われたくないわっ。
それに何なのよ、あの『After All』って曲は。
夫との、独身時代の昔の辛い思い出を歌うなんて、何の意味があるのよ。当てつけも良い所じゃない。
喧嘩売ってんのか、このぉ」
「何だとぉ。『Closing』で最初に喧嘩を売ったのはお前だろうがっ。それに、『Answer』みたいな曲をこそこそ書きやがったくせにっ。あれこそ当てつけじゃないかっ」
�狢臑痢△△痢�Answer』の歌詞は何なんだよ、春希っ��
怒りと混乱の中で、かずさは切れた。
�爐Δ錣，，，，，，，鱈�
かずさは、左足で雪菜に回し蹴りを見舞った。
雪菜はとっさに避けるが、太ももを衝撃が貫く。
「痛っ、なにすんのよっ」
「お前は、みんなが幸せになればいいとか言ってるくせに、本当は自分の幸せしか考えてないじゃないかっ。
カラオケに行ってもずっと一人で歌って。自分が友達に愛されているからって、歌単価が高くなるとか言って、マイク独占して。独善的なんだよっ。汚いよっ」
「なによおおぉ」
雪菜の右手がかずさの頬を襲う。
「痛っ、このぉ」
「かずさだって、自分には春希くんしかいないからごめんなさいとか言って、泣けば独占できるとでも思ってるんでしょっ。
お金も才能も美貌も何でも持っているくせに、強がりの仮面の裏から弱い女の素顔を垣間見せて、自分は手を汚さずに春希くんの心を揺れ動かしてっ。
汚いじゃないのっ」
「うるさいっ」
かずさは、雪菜の右足の脛を蹴り上げる。
「酷いっ。何すんのよっ」
「酷いのはお前だっ！。
何時だって、自分から仕掛けているくせに、春希が決断したような形に持って行って、あいつを追い込んで搦め捕っていたくせにっ。
お前の方がずっとあざとくて汚いんだよっ」
「汚くて何が悪いのよっ」
雪菜は踏み込んでかずさの頬を叩いた。
「痛っ、お前はぁぁぁ」
「あんただって汚いよっ。
母親との確執をネタにして、孤独な春希くんの心を揺さぶったくせにっ」
「う、うるさいわぁぁぁ」
かずさは左足の蹴りを雪菜の脇腹に見舞う。
「つうっ」
「お前こそ、母子家庭の春希に暖かい家族の幻想を見せつけて、あいつの心を釘付けにしようとしたじゃないかっ」
雪菜も踏み込んで回転良く右手をかずさの頬に見舞う。
「ぎゃあっ」
「彼が暖かい家庭を求めていたから、惹かれたんじゃないのっ。それの何が悪いのよ。
あんたなんか、極度のマザコンが何の努力もせずにっ」
激高したかずさは雪菜の胸ぐらを掴んで膝蹴りを雪菜の腹に見舞う。
「がはっ」
「お前だって、我がままなお嬢さんが何時だって人の輪の中心にいたいっていう、ナルティシズムの権化じゃないかっ」
激高した雪菜もかずさの前に垂らしたサイドの髪を掴んで弾き寄せつつ頬を思い切り張る。
「がっ、ぅのれぇ」
「あんただってそうじゃないっ。
寂しがりやのくせに煙幕張って、孤独を気取って、ただの出不精がちょっと美人だからって神秘的とか言われて、悦にいっちゃってたくせにっ」
バシッ。
「SCHECTERの青をわざわざ探して来て弾くなんて、未練がましいことしやがってぇ」
ドスッ。
「あんただって、高校の時から同じ赤のモデルを持ってたじゃないのよ。
ドン引きだよっ。このストーカーめ。このクズっ」
「だれがクズだっ。このオナニー気違いっ」
「やかましいわっ。妄想痴女っ」
「泥棒猫っ」
「ハイエナっ」
「お前さえいなければっ」
「あんたさえいなければっ」
二人の暴力は白熱し、お互いのブラウスはびりびりに裂けてしまった。
二匹の獣は、思いつく限りの下品な罵倒を浴びせかけ、叩き合い、蹴りあった。
理性など欠片もない、醜い争いが続いた。
ガシャン。
ワイングラスが床に落ち、割れた。
�爐┐叩△笋个鱈�
気にしたかずさの攻撃が弱まり、雪菜の平手が思い切りかずさを狙った。
だが、首をすくめたかずさの頭の上をかすめ、雪菜は泳いだ。
�爐Δ宗帖牒�
雪菜の身体が砕けたワイングラスの破片に向かって落ちて行きそうになる。
�狎禳擇鱈�
一瞬の判断で、かずさは雪菜を引っ張り、抱きかかえる。
�狃�けてっ��
雪菜は身をすくめた。そして、両手を床に着くことを拒んだ。
手を庇った雪菜は、かずさの上に覆い被さるように落ちて行った。
どさっ。
二人とも、砕けたワイングラスの餌食からは免れられた。
「ごほっ。ごほっごほっ。痛たたた」
「いったー」
「雪菜、お前、酷いぞ……」
「ごめんっ。手を庇っちゃったっ。かずさ、大丈夫っ！」
「大丈夫だけどさ……、痛いよ……」
「手を怪我したのっ？」
雪菜は、かずさの右手を握りしめ凝視した。
「いや、手は大丈夫みたいだ。ただ、お尻と頭を打った」
「ごめん。ありがとう。庇ってくれたんだよね」
「ああ。お前も大丈夫か？」
「かずさ……」
「っていうか、雪菜？ 顔、近いよ……、雪菜……」
雪菜は、かずさの上に覆い被さり、その憎い、愛しい顔を見つめた。
かずさも、雪菜の瞳から、目線を逸らさなかった。
二人は、呼吸が静まり、冷房の風音に気付く程に落ち着くまで、見つめ合っていた、。
ふと、かずさが視線を逸らし、小さく言った。
「やっぱりあたし、お前が苦手だ。明るくて、誰とでも仲良くなれて、誰からも好かれてて、世界からも、家族からも愛されてる。
お前とは、絶対に友達になんかなれない」
「わたしだって、あなたが苦手よ。美人で、スタイル抜群で、可愛気があって、才能があって、やる気さえあれば何でもできて……。
わたしだって、あなたとは、絶対に友達になんかなれない。なれるのは……」
「不倶戴天の敵、か」
「生涯の大親友」
「…………」
「…………」
「ふっ」
「あーあ」
「うっくくく」
「うふふふふ」
「わはははは」
「あはははは」
…………。
「はあ……。お前は、怪我してないか」
かずさは床に仰向けになったまま、雪菜を抱きながら、ぼそりと訊いた。
「大丈夫みたい。蹴られた太ももとお腹が痛いけどね。
かずさは？」
「大丈夫だ。
でも、あたしだって、お前の平手のせいで、きっと明日はおたふく顔だぞ」
「きっと、そんなおたふくでも、春希くんは可愛いと言うに決まってる」
「雪菜……」
「ホント、腹立つな……。
これが、春希くんに梳いてもらって、洗ってもらって、乾かしてもらってる髪か」
雪菜が、かずさの髪を梳く。
「なに？……」
「これが、春希くんにスリスリしてるほっぺたか……」
雪菜が、かずさの頬を撫でる。
「雪菜……」
「これが春希くんにキスされてる唇か」
雪菜の右手の人差し指が、かずさの唇を撫でる。
「よせよ……」
「これが、春希くんに揉まれてるおっぱいかっ」
雪菜の右手が、ブラを失い、はだけたかずさの白い乳房を揉む。
「やめろって」
「これが、春希くんに抱かれているウエストかっ」
雪菜の右手が、かずさの脇腹をさすって降りて行く。
「ダメだって」
「これが、春希くんに撫でられてるお尻かっ」
続いて、かずさの締まったお尻を撫でる。
「やめろ……、やめてくれっ」
「これが、さわさわされてる太腿かっ」
さわさわと、かずさの太腿を這い上がる雪菜の手。
「あ、だめ、雪菜、やめろ」
「ここが、春希くんを受け入れている……」
「雪菜、やめて……」
下着越しに、そこに触れようとした寸前、雪菜の手が止まる。
お互い、上気した頬を赤く染めて、またも見つめ合う。
「ホント、腹が立つなぁ……」
雪菜の瞳から、涙が、かずさの頬に、ぽとりと落ちた。
そして、雪菜は、かずさの豊満な胸に顔を埋めた。
「わたしだって、春希くんに抱かれたいよ。かずさみたいに、愛されたいよ。
愛してほしいよ」
「……春希は、今でも、雪菜を愛してる」
「でも、もう、無理なんだ。無理なんだよね」
「雪菜……。ごめん……」
「取り乱して、逃げ出したりしないでよ、かずさ。
隙があるかもって、考えちゃうじゃない。チャンスがあるかもって、考えちゃうじゃない。
言ったでしょ、手を抜いたら、何するかわかんないよ、って。
わたしに、何もさせないでよ。お願い、かずさ……」
「雪菜……」
「……ね」
「ああ……、そうだったな。わたしは、春希を愛してさえいれば、それだけで良かったんだな」
「そうだよ」
「ごめん、雪菜」
かずさは、雪菜の肩を抱いた。
「謝らないで。許してしまうじゃない……」
「ごめん。雪菜、ごめん。あたしを許してくれ。あたしを、許してぇ」
かずさは、泣いた。
雪菜は、ただ、かずさの心臓の音を聴いていた。
絶対に諦めなければならない。絶対に諦められない。
行ったり来たりの自分の心と対話するように……。
…………。
「どう、そろそろ落ち着いた？」
「ああ。ごめんな……」
「しかし……。高校時代と変らない、張りのある胸ね。というか、より魅力的になったというか……」
雪菜は、かずさに跨がり、露になっているかずさの両の乳房を揉み直す。
「止めろよ」
かずさは、その揉み方に春希の癖を見い出す……。
「おまけにきれいな桜色の乳首……」
「お前こそ……」
「なんだか……、やっぱり腹が立つな」
「そう、言われても……」
「なんか、腹が立つから、春希くんから、一つ、奪っちゃおうかな」
「何言ってんだ」
「かずさ、愛してるわ……」
そう言うと、雪菜は、かずさの唇に、キスした。
「んわんんんん〜っ」
かずさの驚きは、声にならない。
ジタバタして逃げようとするが、かずさを押さえつける、雪菜の腕の力は、意外と強い。
口を開けて�犹澆瓩蹐鱈瓩噺世�うとした瞬間、狙っていたかのように、雪菜の舌がかずさの口腔に侵入し、舌に絡み付いた。
噛んでやろうかと一瞬思ったが、歌うのに支障が出ては困る……。
などと、受け身に考えていると、かずさは雪菜のキスの上手さに蕩けそうになってきた。
というか、雪菜のキスに、春希の癖を見出して、頭が熱くなってきた。
�爐修Δ�、春希のキスの上手さは、雪菜の調教の……。あ、ダメ……。ダメだ��
力が抜けかけた瞬間に、雪菜の唇は離れた。
「ぷはぁ。あー、ちょっとスッキリした。
まあ、今日のところは、これで許してあげるよ。
さあ、飲もう飲もう」
雪菜は身体を起こすと、自分のズタズタになったブラウスと、ちぎれかけたブラを脱ぎ、ポイッとゴミ箱に捨てた。
「えっと、内線内線。……すみません。グラス割っちゃったんで、掃除機貸して下さい。それと、新しいグラス二つと、軽食とワインのメニューと、……もしもあったら、冷湿布を数枚、お願いします。
さて、かずさ、一緒にシャワー浴びようよ」
「えっと」かずさは、身の危険を感じた。
「いや、あたしはホテルの人が来るのを待ってる」
「じゃあ、先に浴びちゃうわね。
ガラスに気をつけてよ。それと、その格好で応対に出ないでね」
そして、スタスタと浴室に消えた。
身体を起こしたかずさは、一体何が起こったのか、判断できなかった。
ただ、またしてもやられた、と思った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
ガウンに身を包んだ二人は、肩寄せ合ってソファーに座り、ワインを飲んでいた。
眼前のローテーブルには、二本の空き瓶と、半分残ったボトルが一本並んでいた。
「ねえ、かずさ、起きてる」
「ああ……、大分、眠たくなってきたけどな」
「ねえ、春希くん、大丈夫かな」
「一晩位、心配させときゃ良いんだ。一瞬とはいえ、あたしの親友に揺れたんだ。たっぷり反省させてやる」
「うふふ。まあ、多分、小春が連絡入れてると思うけどね」
「良いのか。その、小春って娘も、春希のこと、狙ってたんだろ」
「あいつは大丈夫だよ。でも、根掘り葉掘り聞かれた上に説教されて、春希くんは大変だったろうな」
「そうなのか」
「小春は説教好きだから。本家本元と同じくらい」
「ははは」
「今度、冬馬邸に連れて行くから、相手してやってね」
「分かった」
…………。
「……ねえ、かずさ」
「何？」
「春希くんのかずさに対する想いは、特別過ぎる」
「どういう、意味？」
「ごめん。上手く言えないんだけど……」
「無理、しなくて良いよ」
「春希くんが、自分の気持ちに素直になって、欲望のまま動ける対象は、かずさ以外にいない、と思う」
「雪菜……」
「彼は何時も、北原春希という人間を作っていた。というより、彼は、自分の理想の父親であろうとしたんじゃないかって、思うの。だから、優等生で、説教好きで、おせっかいな男の子になったんだと思う。
でも、春希くんは、二人の女の子を同時に好きになってしまった」
「…………」
「自分が否定していた父親のように、人として許されない、卑劣な想いを抱いていると、自分を責めたに違いない」
「……うん」
「離れていた五年の間に、あなたが、もしも他の人と恋に落ちていれば……、もしもクレベール広場で春希くんを見つけなければ……、彼は、間違いを犯した自分を過去に追いやって、自分の理想の�猖霧興婀��瓩箸靴董△錣燭靴鳩觝Г靴討い燭�も、しれない……」
雪菜は、辛さに耐えきれず言い淀む。
「自分の作ってきた�猖霧興婀��瓩箸いΣ礁未鮹Δ杏�要はなかった。でも……。
でも……、あなたに再会してしまった」
雪菜の声が震えた。
「雪菜、もう、いいよ。もう、止めてくれ」
「春希くんが、今まで一番、本心から動いていたのは、きっと、わたしとの別れの作業をしていた時よ」
「雪、菜……」
「わたしを狂わせようが、友達に罵られようが、わたしの両親に軽蔑されようが、弟に殴られようが、かずさを選ぶと決めた瞬間に、自分が築き上げて来た�猖霧興婀��瓩噺世Σ礁未鮹Δい如△燭澄△劼燭垢蕕飽Δ魑瓩瓩襯丱�になれたのよ。
それは、愛した人がかずさだから」
「もう、止めろって」
「わたしは知っている。春希くんは、かずさのことになったら、自分を繕うことができない。何時だって、七年前の成田空港の時みたいに、あなたの名前を叫んで、駆け出してしまう」
「…………」
「じゃ、わたしはなんなの？、と思った。
あなたは何故、わたしを愛したの？ って、そればかり考えていた」
「…………」
「かずさの言う通りよ。きっとわたしは、春希くんが望んでも得られない�犢�福な家庭の象徴�瓩世辰燭里茵�
暖かい家族に囲まれた�犢�せな女の子�瓩辰討いΑ�
彼は、わたしの向こうに、何時も、わたしの家族を見ていたの。その幸せを夢見てた。
わたしも、彼との愛が、そんな風に育って行くと思ってた。
でも、それは、きっと、彼の夢……、彼の虚構……、だった、のかなぁ、って、思う。
虚構に入り込まず、自分を壊さず、ただの男でいられるのは、かずさのことを想う時だけ……」
雪菜は、涙を溜めた目を、かずさに向けた。
「雪菜ぁ……」
「そして、お母さんと和解した彼には、子供の頃の暖かい家庭の幻想も要らない。理想の父親像だって、必要ない。
これから必要なのは、愛する妻との、新しい暖かい家庭だけ……。
わたしは、完敗よ……」
「ごめん……」
「あーあ。どういてこうなっちゃったんだろう……」
かずさは、横を向き、泣くのを耐えている、雪菜を見ながら考えていた。
�猖榲�は、もっと違う幸せな道があったんだ。教会の祭壇で雪菜が嬉し泣きして、春希が照れて、あたしが祝いのオルガンを弾く。そんな未来が三人にとって、幸せだったのかもしれない。……三人の平均をとれば。
でも��
かずさは、グラスに残ったワインを飲み干す。
�爐△燭靴蓮△修鵑福⊃震覆納鵑鮃覆瓩蕕譴襪茲Δ聞�せを、選ぶことができなかった。
ごめんな、雪菜……��
…………。
「……なあ、雪菜」
「何？」
「さっき、あたし、『お前さえいなければ』なんて、言っちゃったけど」
「わたしも言っちゃった」
「でも、お前がいなければ、あたしと春希は、卒業までそのままだった。学園祭にも出ず、友達付き合いもせず、そのまま別れていた。
そして、あたしは引き籠もり人生を死ぬまで楽しんでいたはずだ。
だから、お前と出会わなければ、あたしの人生は、あたしのピアノは、終わっていたんだよ。
だから、さっきのあれは、本心の全てじゃないんだよ」
「わたしも、そうだよ。
わたしは、あなたに会わなければ、峰城大の英文学に行って、適当に勉強して、適当に遊んで、適当に就職していただろうな……。
かずさや、春希くんと出会えなかったことはもちろん、依緒や武也くんとも出会えなかっただろうし、きっと『息ができない程の恋があることを』知らずに過ごしていたと思う。
もちろん、歌手になんかならなかっただろうし、音楽にここまでのめり込むこともなかったと思う。
だから、かずさと、春希くんに出会えて、幸せなんだよ、わたしは。
かずさがいてくれないと、困るんだよ？」
「あたしも、お前に出会えて幸せだよ」その言葉には、絶対に嘘はない。「お前がいないと困る」
�爐泙◆△�前が側にいても、それはそれで困るんだけどな。でも……��
「かずさ……」
「雪菜……」�爐海譴蓮�運命なんだろうな……��
「かず、さ……」
「キス、するなよ」
「わ、分かってるよ。もう」
…………。
三本開けて、流石にワインが重くなってきた二人は、外に着て出れる服がないことを理由に、深夜だというにも関わらず、フロントに無理難題を言って、缶の梅酒のソーダ割りと氷を買って来させた。
「なあ、雪菜……」
「何？」
「背中の傷、なんだけど……」
「うん」
「きれいに、治せるのか」
「そうだね。もうちょっと目立たなくなるくらいには」
「治す気は、ないのか」
「ふぅ……」雪菜は、天井を見て、一呼吸ついた。
「そうね。そろそろ、考えないといけないね」
「そうか……」
「その気になったら、教えてくれ。治療費は、もちろんあたしが出す」
「いらないよ」
「それくらいは償わさせてくれ」
「そんな償いはいらない。むしろ、償いなんていらない」
「雪菜……」
「側にいてくれさえすれば良い。
三人でいられれば良い。それだけで良いんだよ。
この傷は、わたしの絡み合った想い、そのものだもん。
だから、それがちゃんと紐解かれた時、治すつもり」
「分かった。雪菜の好きにすれば良いよ」
「かずさ……、ありがと」
「もう一つ、訊いて良いか」
「良いよ」
「その……、指輪、なんだけど……」
ネックレスに通した、二つの指輪。
「うん」
「まだ、離せないか」
「そう……、だね」
「そうか」
「ごめんね。もう少しだけ……」
「謝るなよ。……頼むから、謝らないでくれ。
雪菜の好きにしたら良いよ。あ、あたしは……、何も見てない……、から。
昨日、見たことは、全部、忘れたからな」
「うん……、ありがとう」
…………。
「なあ、雪菜、やっぱり、あの歌、歌いたいのか」
「『Answer』のことなら、譲らないよ」
「そうか……」
「うん」
「一番が、春希の書いた歌詞なんだよな」
「あと、繰り返しの前半。二番と繰り返しの後半がわたしの書いた所」
「分かったよ。歌って良いよ。春希には、あたしから言っとく。ちょっと気になるところがあるから、曲の微調整もさせてもらうし、アレンジもやってやる。
ツアーで歌えば良いよ」
「ごめん……。ありがとう」
「ただし、録音する時は、一番はあたしに歌わせろ」
「えっ」
「春希の思いは、あたしのものだ」
「…………」
「春希は……」かずさの瞳が、切羽詰まった色を帯びた。
�爐△燭靴里發里性�
かずさは、口には出さなかった。
だが、思いは伝わり、雪菜の瞳は、再び怒りに染まった。
二人は、対峙する。
「あーあ」先に動いたのは、雪菜だった。
「まいったな。そうくるとは思わなかった。
ここで、そんなカード切るなんて。
負けたわ。また、負けちゃった。
あは、ははは。かずさは、凄いよ……。
さすが、わたしの、……の……」
かずさは、雪菜を抱きしめる。
「ごめん……、雪菜」
「ううん。良いよ。分かったよ。かずさの言う通りにしよう」
「うん……。ありがとう。ごめん、な」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
翌日の二人の予定は、重篤な体調不良を理由に、全てキャンセルされた。
昼過ぎ、春希は御宿インペリアルホテルに呼び出された。
かずさからのメールで、下着含めて服一式、持ってくることと、雪菜の下着含めて服一式、春希の給料で買って来ることが命令された。
春希が、部屋の入口に、バツの悪そうな顔を見せた時、かずさは、春希の右頬を軽く叩いて、言った。
「お前は最低だ、春希。……だから、意地でも嫌ってなんかやるものか」
春希の用意した雪菜の服は、全てにおいて、サイズから趣味まで完璧だった。
「やっぱり、覚えてたかぁ」
そう雪菜は呟き、そのことが、かずさをまた怒らせた。
春希は、最上階のレストランで、一番高いランチのコース三人分の支払いを背負わされた上に、食事中ずっと、かずさのツンツンとした口撃に晒された。
雪菜は、苦笑して二人を見ていた。
そして、時折、声を出して笑った。そして、ふと思った。
�犧�でも、心はちょっと痛いけれど、でも、笑えた。
笑えるんだ、わたし。
二人と一緒でも……、二人と一緒なら、笑えるんだ��
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このページへのコメント
いーぐる様、ありがとうこざいました。
小春ちゃん、上手く書けなくてすみません。今回はちょい役になってしまいました。私、かずさと雪菜と千晶には、お世話になったことはないのですが、小春にはお世話になったことがあるので…、もうちょっと上手く書きたいのですが…。
tune様、何時もありがとうございます。
百合風味、申し訳ありません。
いや、ブラウス姿で喧嘩したら、全部はだけるやろなあ〜、はだけて抱き合ったら、何かあるやろなあ〜、みたいな感じで、軽く書いてしまいました。
同じ男に抱かれた二人の女が、二人で裸で接したとき、何が起こるのか…。妄想の世界でしかありませんが、間にいる男を介して、コミュニケーションを一歩進めることはないのだろうか、みたいな、妄想です。でも、ちょっと唐突ですね…。上手く書けなくて、すみませんでした。
更新お疲れ様です。
かずさと雪菜がかつての様にというよりそれ以上の仲になるならお互いの本音をぶつけ合う事は避ける事は出来ないでしょう。原作では雪菜Tedで有りましたが、かずさTed後であればそれ以上になるのは必須でしょう。個人的にはその後の百合な展開はちょっととは思いましたが。これである程度のケジメがついたところでどうなっていくのか次回も楽しみにしています。
続き、心待ちにしておりました。本編とはズレる内容ですが、春希への小春の説教シーンも見てみたいです。
やはり2人は直接対決しないとダメなんですよね。