「そっか、そっか… そういうことだったんだ…」
「…何が?」
「初めて北原くんとお話ししたときのこと、ちょっと引っかかってたんだ」
そう、不思議な感じだった。他の人たちとはわたしに対する認識が違ってた。
「知ってたんだ…このわたし」
実はちょっと嬉しかった。
「いつから?」
「2年の夏頃かな?その先に小さな中古楽器屋があって、よく武也に連れてこられてて…」
―う……うそ!…そんなに前なのぉ?
内心びっくりしたが、それを悟られないように雪菜は
「そんなに前から…北原くん、わたしのこと知ってたんだ…」
でも、嬉しかった。もしかして、その頃からわたしのクラスとか名前とかも知っててくれたのかなぁ…?
「いや、小木曽のことだったら、同じ学年の男子は全員2年前から知ってるから。
少なくとも1年のときの学園祭以降なら…あ」
「………」
―そんなことで知っててくれても嬉しくないんだけどなぁ…
雪菜の表情が曇ったのを、彼も気付いたみたいだった。
「すまん」
でも、そのおかげで雪菜の立場が上に行けた。考えていた話に持っていくなら今だ、そう雪菜は考えた。
「わたしの家ね…」

それは、雪菜が初めて同級生に話す自分の家庭の話。
彼にだけは、誤解されたままでいたくない。ありのままの自分を知ってほしい……って。
ただ、それを話すのはもう少し先だと思っていた。もう少し親しくなって、少しずつ…だと。
でももう、そんなこと言っちゃいられない。だって、もう、隠す必要が無いから。
―こんなわたしを、以前から知っててくれたなら……
……もう……バイトする理由も無い…。

雪菜の告白を、春希は驚いたり呆れたりしながら聞いていた。
おそらくこんな微妙な告白、どう反応していいかわからないんだろうなぁ、と雪菜は思った。
今日彼が来たのは、学園祭のボーカルの話なんだと途中から雪菜は確信していた。
―今、もう一度たのまれたらOK出すから…早く……言って!

けれど彼は言ってくれなかった。雪菜の望んだ言葉を。
「それじゃ…」
―しかも、なんか諦めたような顔してるし…… ヤバイ…、これ、押しすぎて引かれちゃった?
そして、一瞬のうちに別の手を考えた。今日はお父さんは出張で帰ってこないから、門限はなんとか出来るはず……。
「北原くん」
「ん?」
「あのさ… 今夜、もう一度話があるんだけど…いいかな?」

彼は少しとまどったようだった。


「本当のわたしはね…今、あなたが思っているようないい娘なんかじゃないの」

夜の繁華街での待ち合わせ。雪菜が改札を出ると、北原くんはすでに待っていた。
「おまたせー、ちょっと遅れちゃった… ごめんね…」
「あ、いや…俺も今来たとこだから…」
―あ…なんか、デートっぽい……ちょっと嬉しいな。
「じゃあ、こっちね」
「ああ…」
雪菜が人ごみの中をすいすいと歩いて行くと、春希も遅れまじとついて来た。
そして『ダイマチビル』と書かれた看板のある雑居ビルに雪菜は入って行った。

「え?ここ?……え?」
エレベーターを降りると、そこには『カラオケハウスメイフラワー』と書かれた看板が…
「…え?…なんで……ぇえ?」
戸惑う春希を横目に雪菜はリモコンを操作し、次々とリクエストを入れていった。
そして、唖然とした彼と正面から向かい合って、おもいっきり歌った。

「これが『隠してたわたし』のうちの、最後の最後」
―そう、これでもう北原くんには秘密は無い。これでもう心配することは何も無い。
―バンドのボーカルになって、彼のギターで歌って、そして……

「ね、北原くん」

―だから、この言葉で北原くんの心を捕まえるんだ…



「これにて、小木曽雪菜の秘密は、一つもなくなってしまいました。…あなたに、全部知られてしまったから」

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