翌日、雪菜は春希に連れられて第一音楽室へ行った。
突然のボーカル決定に喜ぶ武也をよそに、雪菜は考えていた。
このまま、隣の『ピアノさん』も紹介してもらおうと。
だから、会話の途中でさりげなく
「今日はピアノの人はお休み?」
と、聞いてみた。
もちろんここに居ないのは知っている。
そして、飯塚くんは恐らくその存在を知らない。
―多分、北原くんだけが知っているはず。ここで教えてもらおう。どんな人なのかを……

「あ、ああ…ピアノの奴ね」
―あぁ…どんな人なんだろう……

「悪い!言ってなかったな。今日は具合が悪くて早退だって」
―何だろう…何か怪しい……。飯塚くんの態度も変だし……。
―でもまぁ、仕方ないか。
「うん、わかった。じゃあ、元気になったら紹介してね。あ…でも、だったらそれまで練習はお休み?」
「あ…ああ、そうだな。……また、連絡するから」

―北原くんにそう言われちゃったら、本当に仕方ないなぁ…。


そして数日後、依緒と武也から思いもかけなかった事を聞いた。
「北原くんが、音楽室の窓から落ちそうになったー!?」

「うん、昨日の夕方。窓伝いに隣の第二音楽室に行こうとしたんだって」
「あいつも無茶するからなぁ…」

「……はぁ?」
依緒たちの言葉に驚いた。なんだってそんな事を……
「で、朝から職員室でお説教くらってる、あの春希がお説教されるなんて…くくっ……」
「ちょっと行ってくる!」
「せ…雪菜ちゃん?」
―大丈夫だったのかな?怪我とかしていないよね…
走り出してすぐに予鈴が鳴った。いくらなんでももう解放されてクラスに戻るはず……。なら……
雪菜は春希のクラスを目指して走り出した。

そして……見つけた!廊下にいる…でも……

北原くんは、クラスメイトの女の子と話をしていた。あの綺麗な黒髪の美少女と。
「北原くんっ!」
「小木曽…なんで?」
「飯塚君に聞いて… 大丈夫? 指とか怪我してない?」
―ちょっと彼女の反応を見てみようかな……、ちょっと大胆だけど…えいっ!
雪菜は春希の手を両手でしっかりと捕まえると、必要以上にじっくりと、それこそ毛穴の一つひとつを確かめるように見た。
「いや無傷…わわわわっ」
―北原くんはちょっと驚いたみたいだけど、彼女の方は…… んー、なんか無言でこっちを見てるような……
そんな事を考えているうちに、握った手に逃げられてしまった。
「大丈夫大丈夫大丈夫だから! ホント無傷だから。むしろ心配事はそこじゃないから!」
―でも、そんなふうに大袈裟に逃げなくってもなぁ…
春希が頭上に持ち上げた手を、雪菜は名残惜しそうに見た。

結果として軽音楽同好会は活動停止にはならないみたいだった。
「そうなんだ…よかったぁ。学園祭まであと一月もないもんね」
そう言いながら、雪菜は春希の隣の美少女をちらちらと見ていた。
―何だろう、この子? 北原くんに何か用があるのかなぁ…

雪菜が春希と暫く話していると、やがて
「…それじゃ」
美少女はもう用は無いといった感じでその場を立ち去ろうとした。
―えいっ!思い切って聞いちゃえ…!
「お友達?」
―なんか微妙な顔されちゃった……
そんな雪菜の思惑を知ってか知らずか、春希は急ににこやかな表情になって言った。
「あ、そうそう紹介するよ小木曽」
―うっ……紹介されちゃうんだ…
「こっち、冬馬かずさ。………ウチのキーボード担当いてぇっ!」
春希がかずさの肩に手を置いて話し始めたとたん、かずさのパンチが春希の脇腹にめり込んだ。
「ふざけるなこの馬鹿!」
「あ、あは…?」
―うわ!今の結構本気でやってない?北原くん、本当に痛そう… でも……
雪菜は春希のかずさへの態度がすごく馴れ馴れしかったのがショックだった。
けれど、それ以上に気になった事があった。

―キーボード担当って、今、そういう風に紹介するってことは………もしかして彼女が「ピアノさん」!?
―この、綺麗な人が…「ピアノさん」……なんだ…。女の子…だったんだ……。


タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます