練習を終え、帰ろうとした春希に雪菜が声をかけた。
「春希くん、土日は練習どうするの?ここに来る?」
春希は不安そうな視線を送る小春をちらっと見て、その後、雪菜を見て言った。
「いや、せっかくの休みなんだし、家で練習してるよ」
「……そう…」
雪菜はちょっと残念そうな顔をした。
けれど、それは一瞬のことで、すぐにもとのにこやかな顔に戻ると
「そうだ、春希くん。来週の月曜日なんだけど、ここで東亜テレビの収録をやるからね。
お昼を挟んで3,4時間ぐらいかな。なんと、社長に料理を作ってもらっちゃいまーす」
「社長って、…曜子さんが料理?あの人、そんな事出来るのか?」
春希は不安になってきた。食べられるんだろうか……
「もちろん、助けてくれる人はいるよ。以前ここで働いていた柴田さんっていう人と、もう一人、社長のファンの一般の人」
「じゃぁ、俺やかずさは下で食べたほうがいいのかな」
収録の邪魔になることは避けなければいけない。
「ううん、むしろ、食べてもらって、感想を言ってもらいたいかな」
春希の顔が一瞬で曇った。少なくとも、超激甘なのは間違いないだろう……
「それは……覚悟しておいたほうがいいかもな…」
「もうー、たぶん…大丈夫だ…よ?」
雪菜の自信なさそうな口調が、いっそう春希の不安を煽った。
「それにしても、そんな企画があったなんて知らなかったな。かずさからも聞いてないし」
「あ、実はね、急に決まったんだ。今日、わたし峰城大に行って、教授に就職の報告をしてきたんだけど、その後で柳原さんに声をかけられたの」
「そうだったんだ、柳原から声を……」
朋は、雪菜に対してはかなり悪印象を持っていたはず。声をかけられたというよりは、何か嫌味を言われたんだろうな。
けれど雪菜は嬉しそうな顔で話を続けた。
「それでね、バレンタインコンサートに出てみないかって言われたの。しかも私たち3人一緒に出ないかって」
春希はその状況を想像してみた。
嬉しそうに話を聞く雪菜。しかし、相手の柳原朋の背後にどす黒いものが見えてきてしまう。
在学中から朋には雪菜は直接的な攻撃は受けていなかったが、陰で雪菜を悪く言っているのは武也からさんざん聞かされた。
「だからね、お礼に社長の出る番組の司会をお願いしてみたの。彼女、東亜テレビに就職決まったみたいだし、在学中も何度か司会みたいな事してたから。
社長はそもそも出演そのものを渋ってたけど、かずさの為ならってわたしに一任してくれたの。
それで、今日の夕方に柳原さんと一緒に都内のスーパーに行って、そこでインタビューしながら一般の出演者を決めたの」
かずさの為…、その言葉が何を意味するのか。雪菜とかずさの間にある問題を解決する為としか春希には分からなかった。
春希に言えないとかずさが言っている以上、雪菜に任せるしかないだろう。
「そうか…、かずさの為か……。でも、そんなに急に、よく出てくれる人が見つかったな。
一般の人って言ってたけど、曜子さんとあまり年齢差が無い方がいいだろうし、そうすると家庭や仕事のこととかあるだろ?」
学生ならともかく、明々後日テレビに出てくれって言われて、家族に相談も無しに決められる主婦限定で探していたんだろうか…


実は、春希の想像する以上に出演者探しは当初難航した。
買い物客で溢れ返った夕方の都内某スーパー。責任者には『冬馬曜子』の名前を出したらすぐに客へのインタビュ―活動を快諾されたが、状況は芳しく無かった。
午後4時から始めた活動も、5時を過ぎ、6時近くになる頃には、朋から不満の声が出始めた。
「ねぇー、小木曽さん。もうちょっと条件甘くならないのぉ?
母子家庭で『冬馬かずさ』と同年代の子供がいる人ってだけでまだ見つからないのに、その上、『冬馬曜子ファン』って……」
最初は意気揚々と次から次へと声をかけまくっていた朋だったが、こうも手ごたえが無いとさすがにきつくなってきた。
「そんなこと言わないで、きっと見つかるから。……あ、柳原さん、あそこで今トマトを手に取ってる人に声かけてきてみてくれる?」
雪菜はあたりを見回すと、一人の女性に目を止めて言った。そしてまた自分は別の女性の方へと向かって行った。
朋としては『こんなこと、やってられないわ』とでも言いたい状況だった。
しかし、ここで先に音を上げてしまったのでは、雪菜に負けた気がして癪だという気持ちもあった。
「すみません、東亜テレビですけれども少しお時間よろしいでしょうか?」
その女性は手にとって品定めをしていたトマトから訝しげに朋に視線を移した。
―あぁ…、なんか機嫌悪そうな人。あっ、もしかして小木曽雪菜…あいつ嫌がらせの為にわざわざこの人私に任せたんじゃ……。ふん!負けるもんですか!!
まぁ、そんな気持ちは顔には出さず、にこやかに相手の反応を朋は待った。
しかし、返って来たのは意外な言葉だった。
「……あの……もしかして、『柳原 朋』さん?ミス峰城大の……」
「え?……、あ、はい……」
朋はとつぜんの事に暫く返事が出来なかった。
確かにミス峰城大としてテレビに少しだが出演したことはあった。
出演直後は有名人になった気がして、街を歩く時も周りの視線を気にしてみたりしたのだが、結局期待した反応は全く返って来なかった。
それが、まさかこんな所で、しかも名前まで覚えていて貰えたなんて……
朋が声を出せないでいると、その女性は
「あ、……ごめんなさいね、名前まで知ってるなんてって思ってらっしゃる?実はね、息子が昨年峰城大を卒業してるのよ……」
「え…、ああ、そうですか。息子さんが卒業生……ええと、何学部だったんですか?」
さすがに名前まで聞くのはどうかと思い、とっさに学部を聞いてみた。だが、そのとたん女性の顔が曇った。
「……ごめんなさい、…知らないの。主人と離婚してからあまり会話が無くなって、大学に入ったら勝手に一人暮らし始めてしまって……。
扶養を外すのに必要な書類一式が春に送られて来たから、卒業して就職出来たのは間違いないんですけど……」
女性の沈んでいく様子に朋は戸惑ったが、同時に雪菜が出していた条件を思い出した。
「あの、失礼ですけど、現在も再婚されている訳ではなくて、母子家庭ということですよね。それで……、突然ですけど、『冬馬 曜子』ご存知ですか?」
そう、雪菜の出していた条件は、母子家庭で、かずさと同年代の子供がいるが不仲、冬馬曜子のファン、という極端にピンポイントなものだった。
すぐには見つかるはずもないとは思っていたが、さすがにかすりもしなかった条件に、あとひとつ、冬馬曜子ファンならばこの女性はあてはまるのだ。
しかも、自分を知っていてくれた人。朋は祈るような気持ちで女性の返事を待った。
「ええ、もちろん知ってますよ。だって、私たちみたいな女性にとってあこがれの人ですからね。
ファン……といっても、コンサートに行くような余裕も無いですから、CDを何枚か持ってるぐらいですけど……」
「じゅうっぶんっですっ!小木曽さーん!ちょっとこっち来て!ほら、急いで!」
朋に呼ばれて雪菜は一瞬頬を緩めるとゆっくりと歩いて来た。
「もぉー、そんなに大きな声出さなくっても……、で?どうしたの?」
あまりに平然としたその態度に若干苛立ちを覚えたが、そんな事はこの際、些細な問題だった。
「見つかったのよ、この人、条件に合ってるわよ」
女性の前に引っ張り出された雪菜はにっこりとほほ笑んだ。
「初めまして、わたし、株式会社冬馬曜子オフィスの小木曽と申します。実は、お願いがあるのですが…」
「あらあら、また綺麗なお嬢さんがいらっしゃったわね。お二人とも素敵な方でびっくりしました。ホント、どちらかが息子のお嫁さんになってくれればって言いたいぐらいですよ」
「え?…わたしなんかでよければ是非……お嫁さんかぁ……」
雪菜はぽっと頬を染めてもじもじしながら言った。
「ちょっと、小木曽さん!なに初対面の人に変な事言ってるの?社交辞令に決まってるでしょ」
隣で朋が小声で雪菜に耳打ちした。
「もう…、いいじゃないの、わたしだって少しぐらい夢見ても…」
雪菜は口をとがらせて呟いた。
「……あなたって、もうだれでも良くなっちゃったの?」
「気にしないで、それよりも後の事は私が進めておくから、柳原さんはもしダメなときに備えて次の人に声かけてきてくれないかな」
やっと見つけたという安堵とともに、自分に自信が出てきた朋は、見違えるように喜び勇んで少し離れた所にいる別の女性の元へと向かった。
朋が離れたことを確認すると、雪菜はその女性にテレビ出演の話を始めた。
「実は、冬馬曜子と一緒に料理を作って頂きたいんです。ご存じだとは思いますが、冬馬曜子はかずさという娘がいるんですけど母子家庭でして、普段料理などしません。
そのため、娘のかずさは母親の料理というものを食べたことがほとんど無いんです。そんなかずさに母親の手料理を味わってもらうそのお手伝いをお願いしたくて……
もちろん、あなたも息子さんに食べてもらうつもりで料理を作って欲しいんです」
その後の雪菜の対応は素早かった。女性の住所や勤務先の確認。残業中の上司への連絡と月曜日の女性の欠勤とその保障の交渉など、全てが驚くほどの速さで進められていった。


タグ

このページへのコメント

このインタビューされた峰城大学卒の息子を持つ主婦はどう考えてもあの人の母親だとは思いますが、万が一違っていたらちょっと恥ずいので固有名詞は出さ無いでおきます(^ ^)
もし私が思っていた通りだったら、冬馬親子との共演は原作、SSを通じて(私が知る限り)初めてではないでしょうか?この後が楽しみです。

0
Posted by tune 2014年05月17日(土) 21:03:38 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます