秋になり、学園祭が近づくと回りの空気も少しずつ浮ついた感じになってきた。
そんな中で、雪菜には今年もやっぱり「ミス峰城大附」の話が来た。雪菜は今年こそ参加を断ろうと思っていたのに、実行委員の
「小木曽さんは、去年、一昨年と連続優勝。当然今年は三連覇の期待がかかるわけだけど、その辺りの意気込みは?」
という、いきなりの畳み掛けるようなインタビューに
「あ、あの…」
と、口ごもっていると、雪菜の戸惑いなど無視するかのように、インタビュー内容が捏造されていく。
さらに喋り続ける実行委員にこのままではうやむやのうちに参加がきまってしまうと思い、
「あの、実行委員さん…」
「いや、実行委員はこいつだけで、俺は単なる手伝いなんだけど…」
いかにも取り仕切っている感じのインタビューアーは、隣でただ見ているだけの男子を目で指し示した。
雪菜にとっては、実行委員だろうと手伝いだろうと、どっちでもよかったのだが、とりあえず参加辞退を申し出ると、
「…もしかして、前からこういうイベント自体が嫌だった?」
お手伝いさんの受け答えがちょっと変わってきた。さっきまでの強引さがいきなり消えたので、雪菜は彼にちょっと注目した。
それから暫くなんとかエントリーさせようと頑張る実行委員とそれを嗜めるお手伝いさんとの口論が続いた。
しかもこのお手伝いさんはその他にもいろいろお手伝いしているみたいで、こうしている間にもあちこちから様々な依頼を受けていた。
真面目で、誠実で、責任感が強い……彼の姿勢にいつの間にか雪菜は、自分が無責任な人間に思えてきてしまった。
「………棄権、撤回します。3年A組小木曽雪菜です。今年もよろしくお願いします」
かなりの無理を平然と受け入れるお手伝いさんと比べて、自分の態度が恥ずかしく思えてしまったから。
何よりも、自分を特別扱いせずに、他の子と同じように接してくれる彼の態度が心地よかったから。

 次の日の夕方はスーパーでのバイトだった。
品出しをしている所に前から依緒が歩いてくるのが見えた。少し緊張したが、これまでも気づかれていないので特に隠れることもせず仕事を続けた。
予想通り、依緒は気づかずに通り過ぎたが、その直後、知り合いに会ったらしく話し声が聞こえてきた。
「あれ…?」
依緒の話し相手の声に聞き覚えがあった。そっとそちらを盗み見てみると、相手はあの実行委員のお手伝いさんだった。
「へぇ〜、依緒ともあんな風に話すんだ。そういえばどっちも私を特別扱いしないよね…」
ちょっと嬉しい。依緒の知り合いなんだから、これからいっしょに仲良くできる可能性が高い。もちろんこっちから強引にお願いはできないけれど…。
並んで歩きながら駅へと向かう彼らの後姿を見ながら、雪菜は不思議な気持ちになっていた。
彼女は、この二人に同じような好意を抱いていることに気づいた。
そう、いつの間にか「お手伝いさん」の好感度は依緒と同じ『6』。付属入学以来、初めて顔見知りの男の子に好意を感じていた。
 
 そして、今日は「ギターさん」の練習日。
雪菜はいつものように夕方屋上に行くと、そっと目を閉じた。風が心地良い。
いつものように、「ピアノさん」は淡々と演奏している。「一人の時は、孤高のピアニストなのよね…」
でも、もうすぐ「ギターさん」の練習の時間。

 やがて、ギターの音が聴こえてきた。
「あ……あぁ!」
雪菜が耳にしたのは、確かに聴きなれた『ホワイトアルバム』だったが、明らかにいつもと違う、言うなれば「気合の入った」演奏だった。
そして、それに合わせるピアノもいつもの寄り添う感じの音ではなく、どちらかと言えば対等に、楽しそうに、音を重ねていた。
「すごい!…すごいよぉ……」
心が揺さぶられる!いろんな感情が胸の中で渦巻いてゆく。嬉しくて!切なくて!張り裂けそうな想い!
二人の完璧なセッションに、もう我慢が出来なかった。
「過ぎてゆく〜季節に〜♪」
自分が今どこにいるのかなんて、もう、どうでもいいと思えてしまった。歌いたい!ただそれだけしか考えられなかった。
背筋を伸ばし、両手を握り締め、空へ向かっておもいっきり歌った。どうか、この気持ちが二人に届きますように…!


バタン!!
突然屋上の出入り口の扉が開き、一人の男子生徒が飛び出してきた。

タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます