新年早々から、開桜社は相変わらずあわただしかった。
「北原くーん、昨日頼んでおいた資料、出来てるー?」
「はーい、サーバーにアップしてあります」
「北原、俺が頼んだ校正は?」
「それはもう少し…えぇと……昼までには!」

そんな中、浜田から春希に声がかかった。
「北原、今日から一人学生アルバイトが入るんだか、そいつをお前に付けるから面倒見てやってくれ」
「え?俺に…ですか?」
春希は戸惑った。なにしろ入社1年目の自分にそんな他人の面倒なんて…
「俺に出来るかどうか、分かりませんよ、浜田さん」
春希の不安げな声にも浜田は動じた様子もない。
「大丈夫だ、昨日お前が出先に行ってる間に面接に来て、早速今日から働きたいって。すごい真面目なコでいきなり30分くらい質問攻めだったし」
「そうそう、北原君の妹さんかと思っちゃったよ」
え?妹…ということは女の子?
「峰城付属の卒業生だから…妹じゃないけど、北原の後輩だな」
春希の背中を悪寒が走った。なんかこの展開は以前にもあったような…まさか……
「お…来た来た、おーい、こっちこっち」
浜田が声をかけた方を見ると、そこには予想どおりの姿が…… そう、小春の姿が。
「おはようございます、みなさん。今日からよろしくお願いします」
ぴょこんと頭を下げるとポニーテールが春希の目の前で揺れた。
「そうそう、杉浦さん。昨日は不在だったけど彼があなたの面倒を見てくれる北原君よ。」
鈴木に紹介されても春希は声が出なかった。
「はい、知ってます。北原春希先輩ですよね。あこがれの北原先輩と働けるなんて最高です!」
「あこがれ…」
「最高…」
小春の言葉に皆唖然とした。
「杉浦さん、誰かと人違いしてない?いくらなんでも北原君があこがれって…」
「そうそう、こいつは真面目だけがとりえの仕事人間だよ?」
皆は春希の仕事に関しては認めているのだが、男っぷりとしての評価は低かった。
その言葉に小春は一瞬不機嫌そうな顔をしたが、それに気付いたのは春希だけだった。
「え?あれ?だって… 学園祭のDVDが送られてるはずじゃ… あれ見たら……」
「何で学園祭のDVDが…って、そういえば麻理さんが受け取ってたDVDが… あ!思い出した!それ、冬馬かずさが映っているってやつだ!」
鈴木の言葉に春希は驚愕した。そんなものが編集部に送られていて麻里が受け取っていたなんて……
「す…鈴木さん、それ、そんな大したものじゃありませんから…」
「確か麻里さんの残してった資料は……」
鈴木は春希の言葉など聞きもせず、どうやら問題のDVDを探しに行ったようだった。

鈴木を止めるのは不可能と悟った春希は、小春に向き合った。
「えーと… 杉浦…さん、じゃぁこれから仕事の説明をするから」
「はい!よろしくお願いします。北原せんぱ……言いにくいから『春希先輩』でいいですか?私のことは『小春』でいいですから」
「…いや……杉浦さん…いいですからって……」
「小春がいいなぁ…」
「えーと…」
「小春じゃなくっちゃ嫌だなぁ…」
少し頭を下げて上目遣いに見つめてくる小春に
「……勝手にしろ…」
「やったぁ!」

はしゃぐ小春を横目に、春希はがっくりと肩を落とした。
一日の仕事を終えた後でも感じたことのない疲労感だった。
「それにしても小春のやつ、いったい何でここに……」
小春の性格は分かっているつもりだった。仕事にプライベートは持ち込まない。
自分と同じ職場で働こうなんて、考えるやつじゃなかった……。少なくとも相談ぐらいしてくれるはず…。

春希は昼休みに食事に行こうと小春を外に連れ出した。
これでやっと小春と落ち着いて話が出来る。
何しろ編集部の中では、皆の手前二人でゆっくり話す事も出来なかったから。

「何でグラフ編集部に来たんだ?」
春希の質問に小春はきょとんとした顔で答えた。
「え?何ででしょう?それは人事の人に聞いてもらわないと…」
「小春がそうしてくれって言ったんじゃないのか?」
「違いますよ!先輩は私のことそんなふうに思ってたんですか?だいたい、開桜社を選んだのだって、たまたま他の出版社がバイトの募集をしてなかっただけです」
小春はきっぱりと言った。
「ただ、面接の時に『何で出版社で働こうと思ったんですか?』って聞かれて…」
「何ていったんだ?」
「『2年前の『開桜グラフ』の冬馬かずさの記事を見て感動しました。取材して出てくる事実が一般的には悪いことばかりでも隠そうとせず、
でも、読んでいてその記事を書いた人の優しさが滲み出てるのが分かりました。自分もあんな愛情のこもったお説教みたいな記事が書きたいなぁって思ったんです』って」
「………」
「そしたら面接してくれた人が、『ああ、それ書いたの俺の部下なんだ。よかったらそいつに付いて働いてみる?』って言ってくれて」
「浜田さんか……」
そういえば、急に人事の人に不幸が出来て、面接しなきゃならんってぶつぶつ言ってたよな。あれか…
「だから私『よろしくお願いします』って答えたんです」
「なんで俺と一緒に働くって分かってて… 仕事とプライベートを一緒にするなって…」
春希は不満そうに言ったが、それに対して小春はさらに不満そうな顔で
「だって、冬馬先輩が日本に来てるんですよね?コンサートの取材とかあるんですよね?そしたら先輩の仕事にプライベートが入って来ちゃうじゃないですか」
「俺だって、仕事とプライベートはちゃんと分けてる。いくらあいつのことだからって…」
「それは無理です。だって、冬馬先輩が分けさせてくれませんから。おもいっきり私情を挟んできますから」
「うっ…」
反論出来なかった。そう、かずさは自分はこれは仕事だからってそっけない態度をとるが、それならとこっちも同じようにすると絶対不機嫌になって……
「だから私、少しでも春希先輩のそばにいたいんです」
小春はそう言った後、春希には聞き取れないほど小さな声で続けた。


「……だって…いつ、私のものじゃ無くなっちゃうか……分かんないんだもん…」


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このページへのコメント

最後の小春のセリフに健気な所が見えますね。それにしてもかずさや雪菜以外のヒロインと結ばれても春希に穏やかな日常はなかなか訪れませんね。

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Posted by tune 2014年04月06日(日) 17:33:51 返信

小春の長編ですか。小春を開桜社に入れる設定は自分も自分の長編で使用して楽しんでいます。こちらの長編も期待させてもらいます。

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Posted by sharpbeard 2014年04月06日(日) 17:04:58 返信

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