「まあ……、こんなもんじゃない?」
曜子はテーブルの前で両手を腰に当てて、得意げに言った。
その視線の先には皿の上に乗ったハンバーグ。千切りキャベツとトマトが添えられているが、いたってシンプルなものだ。
そんな曜子とは対照的に、朋は少し困ったような表情をしていた。
なぜなら、ハンバーグの横には器いっぱいに盛られた肉じゃがと、小ぶりなお椀には味噌汁があった。
それらは、曜子ではなく夏美がほとんど一人で作ったものだったからだ。

番組のコンセプトとしては、冬馬曜子が娘のかずさのために料理をするということがメインで、夏美はただファンとしてその手伝いをするだけのはずだった。
しかし、いざ料理をはじめると、いきなり曜子がその予定を崩した。
「えー、私こんなにあれもこれもできないわぁ、ハンバーグだけにしてよぉ。あとは夏美さんに任せるからぁ」
拗ねたような、甘えるような言い方に、朋も番組スタッフも、そして夏美も何も言えなかった。
「えーと、そ…それでは、夏美さん、あとの料理をお願いできますか?予定されていたものでなくってもご自分が得意な料理で結構ですから」
「え……そんなこと言われましても…」
夏美は困ったようにすこし後ずさった。
「大丈夫です、材料は何でもあるものを使っていいですから。そうですね……息子さんに食べていただく…そんな気持ちで作って頂ければ」
「そうですか…それなら、あの子が小さい頃好きだったものでも……」
朋は雪菜と打ち合わせていた言葉を言った。曜子のことだから、駄々をこねてやりたがらない場合もある、そんな時の保険の為に雪菜から言われていた進行だった。
雪菜に視線を向けると、こちらを見ていた雪菜と視線が合った。雪菜は真剣な表情で頷いた。
ふと視線を下に向けるとぐっと握った拳が目に入った。朋には一瞬それがガッツポーズのようにも見えた。

「それじゃあ、わたし、かずさたちを呼んで来るね」
雪菜はそう言うとリビングを出て地下スタジオへ向かった。
「かずさたちって……、そっか、ギター君もいるのよね」
夏美の横にいた曜子が呟いた。
「え?ギター君って……かずささん以外にも食べて頂く方がみえるんですか?ミュージシャンの方かしら」
「そんなんじゃないわよぉ、へたくそなギターなんだけど、かずさが昔から想い続けてるただ一人の男…ってとこかしら。あ、これ、オフレコでお願いね」
朋に向かってにっこりとする曜子。
「かずささんが想い続けているって…、私、こんなこと聞いちゃっても良かったのかしら……」
「いいのよぉ、どうせ片思いなんだし。せっちゃんともども玉砕しちゃって、まさに『届かない恋』なのよ」
「せっちゃんって……小木曽さん?その二人が玉砕って、どんな方なのかしら」
『ギター君』の話題で盛り上がる二人に朋が慌てて声をかけた。
「えーと、そろそろかずささん達がみえますので、夏美さんは暫く画面に入らないようにキッチンの隅の方に行って頂けますか?」
朋に促されて、夏美はキッチンの隅に行き、それまで曜子にあれこれ手ほどきしていた柴田の横に並んでかずさが来るのを待った。
実際に『冬馬かずさ』を見るのは初めてだった。ほとんどテレビにも出ていないので、雑誌の写真で見ただけだったが、目を見張るほどの美しさだった。
これからその本人が来る。しかもかずさが想いを寄せている男性まで一緒に。女性としてはそちらにも興味があった。

「なんだ、見た目は普通に食べられそうなんじゃないか」
料理を見たかずさの第一声は少し驚きが含まれていた。
「なによぉ、せっかく母親として娘に食べてもらおうと頑張ったのに、その言い方は無いんじゃない?」
曜子の言葉にも刺々しいものはなく、じゃれ合っているという感じだった。
「ほーら、そんなとこで突っ立ってないで、はい、かずさはここに座って」
雪菜がかずさを促して座らせる。
「ギター君もよ、あなたはこっち」
曜子が春希に声をかけて座らせた。
夏美のいる場所からは、ちょうどかずさの顔が良くみえた。写真以上の美しさ。それも、ほとんど化粧などしていない素の美しさだった。
だが、『ギター君』は後ろ姿しか見えなかった。歳の頃はかずさと同じくらいだろうか。

そして、食事が始まった。
「驚いた……、普通の…味だ」
ハンバーグを一口食べた後、かずさが低い声で言った。
「確かに…、もしかしたら、切ったら中から肉汁じゃなくて蜂蜜でも出てくるんじゃないかって思ってたけど……、普通だ…」
二人の反応は知らない人間からすれば、ものすごく失礼な言い方だったが、当の曜子は気にする素振りさえ見せなかった。
「当たり前じゃない、柴田さんがいたんだから。で?普通ってのが感想なの?」
「いえ、普通に…美味しいです。なあ、かずさ」
「まあな、いや、まだだ。まだこっちを食べてからだ」
かずさが肉じゃがの方を見て言った。
「あ…そっちは…」
朋が、それは冬馬曜子が作ったものではないと言おうとしたが、雪菜に目で止められた。
「こっちは……、なんだよ。肉が少ないなぁ……」
一目見てかずさが言った。
「そうか?こんなもんじゃないのか?」
「いや、普通は半分ぐらい肉入れるだろ。こんな野菜ばっかで…うわ、玉葱もこんなにたくさん……」
「どこの世界に肉じゃがの半分が肉のって、冬馬家ではそうだったのか?」
春希の問いにかずさは思いだしたように言った。
「いや、冬馬家というよりは柴田さんに言ったらそうしてくれた。だって母さんが作ってくれた事なんてなかったからな」
そして、かずさは渋々食べ始めた。
「味は……良く分からないな。少なくともあたしはハンバーグがあればこれは要らない」
そんな事を言いながらも、とりあえず食べるかずさの横で春希が呟いた。
「そんな事ないだろ、これ、美味いよ。なんか…懐かしい味で……、こういうのが『おふくろの味』なんじゃないのか?うん、味噌汁も美味い」
どんどん箸が進む春希と対照的に、かずさは気に入らないようで箸が止まった。
「なんだよ、せっかく曜子さんがお前の為に作ってくれたんだから、ちゃんと食べろよ」
そう言った春希に対して、かずさは睨むようにして言った。
「お前……、やっぱりあたしが羨ましいんだろ?こうして、仲直りして、料理まで作ってくれる母親がいるあたしが!」
かずさの言葉に、春希は暫く黙って食べ続け、箸を置いた。
「ああ、そうだよ。羨ましいよ。こんなの俺は望んでも食べられないからな。だから言ってるんだよ、もっと曜子さんを大切にしろ、感謝しろって…」
「だったら、お前だって仲直りすればいいじゃないか。あたしには偉そうなことばかり言って、何で自分の事は出来ないんだよ」
「俺だけがそう思っていても、向こうにその気が無ければどうしようもないだろ」
「お前、いつも説教で親子はそんなんじゃない、お互いすれ違っているだけで気持ちは同じだって言ってたよな」
かずさも春希もお互い引っ込みがつかず、朋はただうろたえるだけだった。そして、ひときわ大きいかずさの声がリビング中に響いた。
「どうなんだよ、春希!」
バン!とかずさがテーブルを叩いて立ち上がった。皆驚いて声が出ず、リビングは一瞬で静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、意外な言葉だった。
「…春希……なの?」
その声に振り向いた春希が見たのは、胸の前で両手を握りしめて自分を見る母親の姿だった。
「母さん……何で…ここに?」
暫くお互い無言で見つめ合った。何を言ったらいいか分からない。
「もうー、ここまで来たら素直になっちゃいなよ、春希くん」
「雪菜……」
すこし呆れたような口調で、でも、すこし潤んだ目で春希を見て雪菜は言った。
「春希くんの言った通りだね。やっぱり親子ってお互い大切に思っているものなんだね」
「まさか……、雪菜、全部分かってて…、こうなるように仕組んだのか……?」
「仕組んだって……、人聞き悪いなぁ、偶然……だよぉ。そんな事よりも、ほら、春希くん、お母さんの手料理の感想は?」
そう言って雪菜は春希を母親の方へと向けた。
「いや、手料理の感想って……まさか、あの味が懐かしいって思ったのって…」
「そうなの、社長の手伝いってことで参加してもらったんだけど、せっかくだから息子さんに食べてもらうつもりで作って下さいってお願いしたの」
しれっとそう言ってほほ笑む雪菜に春希は改めて思った。
―ほんと、雪菜にはかなわないよな……
「ええと…、母さん、美味かったよ。ホントに」
「……春希…」

「…小木曽さん……、いったい、どう言う事か、…説明してくださる?」
地獄の底から響いてくるような重々しい口調で朋が雪菜に迫った。
「こんなんじゃ、番組の内容がおかしくなっちゃうじゃない。どうしてくれるのよ」
「え?そうかなぁ、別にいいんじゃない?だって『母子家庭の母親の手料理を子供に食べてもらう』番組だったよね」
その言葉に朋は絶句した。
「そんなことよりも、…えっと、春希くんのお母さんに聞いてもらいたい歌があるんです。かずさ、出来るよね」
突然話を振られたかずさは、ちらっと春希を見ると肩を竦めて言った。
「さあな……でも、何とかなるんじゃないか?」
「じゃぁ、行こうか?」
雪菜は春希とかずさの手をつかむとぐいぐい引っ張っていった。
「ちょっと、小木曽さん、歌うって何を?」
朋の問いかけに雪菜は満面の笑顔で答えた。

「春希くんが詩を書いて、かずさが曲を付けて、わたしが歌う、三人の歌、第二弾でーす」

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Nさん、厳しいご意見ありがとうございます。
春希の母親については、離婚前までは家事全般そつなくこなす良き妻で母親であったと想像しました。たぶん春希にも「将来はお父さんのような立派な人になるんだよ」みたいな事を言っていたのではないかと。
それが離婚して、日々の生活の疲れから元夫に対する悪口を言うようになった。春希の母親に対する反感はそういう処から生まれたのではないかと。
春希が家を出て、何年もの間お互いが自分自身を見つめなおして反省していたのだと解釈していただけたらと思います。

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Posted by finepcnet 2014年06月08日(日) 18:09:37 返信

ん〜ちょっと春希さんが母親(夏美)に対して素直すぎる気がしますね。
本編の春希の母親への態度を見るに、たとえかずさ相手でも「将来の自分の子供に母との関係修復を助けになってもらいたい」なんてこぼすとは思えません。
お互い興味ないとか母親の授乳なんて想像したくもないとか、相当鬱屈とした感情を抱えているみたいでしたし。

母親も夢想を読んでると朝も昼も晩も春希と一緒に食べることは全然なく、月イチのカレーの日を除いて普段は出来合いの総菜を適当に食卓に並べていた人だったようですので、夏美が普通に料理できてまともそうな性格なのは意外でした。
もっとかずさみたいに、外で金稼ぐ以外は私生活はダメ人間に近いと思ってましたので。

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Posted by N 2014年06月08日(日) 16:35:06 返信

はい、お察しの通りです。かずさが思い悩んで調子を落としてしまったので、雪菜がかずさの悩みを解決する為に画策したのが今回の収録です。もちろん春希の母親の行動も調べて(少し無理はありますが)収録を実施したのです。曜子は親バカなのでテレビ局に無理を言ってまで協力させたというのが真相(?)です。
思いつきでいろいろ伏線を増やしすぎてしまい、回収に四苦八苦しています(汗)

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Posted by finepcnet 2014年05月25日(日) 22:23:08 返信

北原親子を仲直りさせる事が雪菜の最初からの狙いだったのでしょう。今回の事は曜子さんは事前に知らされていたのでしょうか?いくら雪菜でも曜子さんを無視してまでここまで大胆な事は出来ないと思うので、恐らくは知っていたのだと思うのですが。

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Posted by tune 2014年05月25日(日) 21:28:25 返信

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