明日から夏休み。
今日の『ホワイトアルバム』は、かなり聞きやすかった。
「ギターさん、ずいぶん上手くなったよねぇ」
雪菜はまるで自分のことのように喜んでいた。
でも、明日からは暫く「ギターさん」とも「ピアノさん」ともお別れ。夏休みだから。おそらく今年はこれまでで1番辛い夏休みになるだろう。
大好きな二人の演奏を1ヶ月以上も聴く事が出来ない。もしかして休み中でも練習しているかもしれない。それは考えた。
でも、だからといって、雪菜が突然補習も何も無い日に登校してきたら、それだけで注目されてしまう。きっと、屋上に行くチャンスなんか無いだろう。
「いい。きっとギターさん、夏休みが終わったらものすっごく上手になってるから。ほんっとに楽しみにしてるから…」
そんな事を考えて、結局は休みが終わるまで待つしかないと無理やり自分を納得させた。


 夏休みが終わって最初の火曜日。屋上で雪菜は愕然としていた。
「…どうして……?」
最初は何が起こったか分からなかった。だって、楽しみにしていたギターの音色は弾き始めからはっきりと(でもほんの少し)上達を感じられるものだった。
けれど、雪菜がほっとして聴く態勢になった瞬間に彼女が耳にしたものは、ピアノの音。もちろん、さっきまで聴いていた「ピアノさん」。
でも、その音は明らかにギターに合わせていた。しかもその音色には、これまで雪菜が感じていた「孤独」など微塵も無かった。
つたないギターの演奏に、そっと寄り添うように、あくまでギターの邪魔をしないように。でも、どこか楽しそうに。

 少しずつ思考力が戻ってきて、なんとか考えてみる。確かに「ギターさん」の演奏が始まる前までは、これまでと同じ「ピアノさん」の演奏だった。
それが、「ギターさん」の演奏が始まった直後に突然ピアノの音が消え、やがて、そっと音が寄り添っていった。
必死にそこまで思い出すと、雪菜はもう、屋上にいられなかった。
階段を駆け下り、教室に行き、置いてあった鞄を掴むと、あっけにとられるクラスメイトを横目に教室を後にした。
気がついた時には自分の部屋で呆然としていた。どうやって帰ったかも覚えていない。

 
 その後、夕食もそこそこに再び部屋に戻った雪菜はようやく落ち着いて考えられるようになっていた。
いつの間に二人が知り合ったのか。そもそも以前から知り合いだったのかもしれない。
それでなくても第一音楽室と第二音楽室は隣同士なんだから、顔を合わせる機会なんかいくらでもある。
一人で屋上にいた「小木曽雪菜」、一人で孤独な演奏をしていた「ピアノさん」、一人で居残り練習をしていた「ギターさん」。
でも本当に一人だったのは自分だけだったなんて…。
「仲間外れ…なんだよね……」
自分のつぶやいた言葉に雪菜は今更ながら気づいた。いつの間にか自分勝手な仲間意識を持っていたことを。
そして、いかに自分が「仲間外れ恐怖症」なのかを思い知った。
だって、仲間だと思っているのは自分だけ。彼らは私の存在なんか知るわけがない。私が勝手に聴いてるだけなんだから。
もし…彼らの演奏に合わせて自分の歌を乗せることが出来たなら……、なんて、考えるだけ無駄。出来るわけない。そんなキャラじゃない、今の私は……。
明日はバイトがあるから、次に屋上で彼らの演奏を聴けるのは1週間後。
今は屋上に行く気になれないけれど、じっくり考えてそれまでに行くか行かないか決めればいい。そう考えると少しは楽になった。
部屋を出て階段を降り、母に告げる。
「今からカラオケ行って来る!」
「そ…そう…?あまり遅くならないようにね」
「うん。わかってる。行ってきます!」
とにかく今は気分転換!切り替えなきゃ!そう思ったら歌いたくなってきた。


 一通り新曲を歌い終わると、かなり落ち着いてきた。やっぱり私は歌うことが好き!そう、改めて思った。
だからこそ、彼らの演奏で歌いたい。仲間に入りたい。同じ時間を共有したい。そう、願わずにはいられなかった。
そして、彼らの演奏で歌いたい曲は…
「やっぱり、これだよね。」
流れてきたのは『ホワイトアルバム』。そして雪菜はイメージする。いま聞こえてくる演奏があの、ギターとピアノのセッションだと…。
そのイメージの中で『ホワイトアルバム』を歌い終わると、もう、迷うことは無かった。
彼らが知り合いで、いや、それどころか仲がいいらしいことが嬉しく思えてきた。
だって、もし、全く見ず知らずの他人同士だったら、自分がそれぞれと知り合った後にお互いを引き合わせないといけない。
でも、それが、単純に自分が二人の中に入ればいいだけなんだから…、これはラッキーなんだと。


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