その日の授業は全く頭に入ってこなかった。
「あぁ…、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう…」
雪菜は今日何度目かの深い溜息を吐いた。
『これからも、話しかけていいかな?』
これは、予定通りの台詞。これからも、友達でいてほしいから。
でも、その後のもう一言は、実は予定していなかった。
でも、彼の教室へ入って行った依緒が、彼に話しかける直前に彼が話をしていた女の子が気になったから。
すごくきれいな黒髪のロングヘア。まさに美人と言うしかない顔立ちにすらっとしたスタイル。
依緒が話しかけている間も、彼はその子の方を気にしていた。
廊下で彼と話している時も、雪菜はその事が頭から離れなかった。だから、何とかして心理的優位が欲しかった。
『学園祭…一緒に回れない、かな?』
―もし、OKして貰えたなら、少しは安心できるかな… だめなら、ボーカルを断ったことを少し後悔してしまうかも…
『あ…ああ、俺で…よければ…』
―うん、これはOKってことだよね。あの子とはそういう約束をしていない、その程度の関係だってこと。
そこまで思考を巡らせて、雪菜は気がついた。これって、もしかして告白っぽい?
依緒も言っていた。学園祭で一緒に回ろうっていう男子からの誘いに簡単にOKしちゃダメだって。絶対に交際OKだって勘違いされるからって。
無意識のうちにその逆パターンをやってしまっていた。
確かにそうだ。学園祭で一緒に回っている男女は、ほとんどが公認のカップルだった。
でも、チャイムが鳴って教室に戻った後、依緒と話していても、そんなニュアンスの話題は出なかった。
『春希もそんなに落ち込んでなかったからさ、気にすること無いよ!』
―うーん…、もしかして社交辞令として受け取られていたとか…?もういい、焦らず、ゆっくりと彼の気持ちをこちらに向けよう。
―今日はバイトだし、気にしていると変なミスしちゃうから、切り替えよう。とりあえず、まずは、友達からだ。

実際にはその日のバイト中もまだ悩んでいた。いや、バイト中だからこそ悩んでいた。
今の雪菜の姿を知られたくないから、自分をさらけ出せないから、彼を失望させたくないから。
この一番大きな隠し事が今更ながら重く圧し掛かってきた。
そんな事を考えながらあと少しでバイトが終わるという時間になって、遠くにその北原くんの姿を見つけてしまった。こっちに向かって歩いている。
慌てて後ろを向くと、かがんで商品の整理をしているふりをしながら、右後方から歩いてくる彼の姿を肘の下あたりからこそっと確認していた。
このまま後ろを通り過ぎたら、後ろ姿を見送ろう。心の中で彼に謝罪しよう。
通り過ぎたタイミングを見計らって顔を上げ、去っていく彼の姿を探した。
「あれ、いない……」
そう思った瞬間
「小木曽」
自分に向けられた彼の言葉に、ただ、驚くしか無かった。
「もう一度話があるんだけど…いいかな?」
憎らしいほど気負いのない彼の瞳に見つめられていた。
「あ…う…うん。バイトもう少しで終わるから、え…と、そこの公園で待ってて貰えるかな…?」
「ああ、いいよ、分かった。じゃぁ」
そう言うと、北原くんは公園の方へと歩いていった。
「あぁ……、どうしよう…」
全くの予想外の展開にその後の仕事は上の空だったが、何とかミスをせずに終われた。
ロッカーから荷物を出しながら扉に付いている鏡で自分自身を見つめてつぶやいた。
「完璧だと思ってたんだけどなぁ…」
変装がバレてしまっていたのは仕方がない。とりあえずその事は、もう、済んでしまったこと。
今問題なのは、いったい、彼が何の為にここに来たのか?
もしかして、やっぱり学園祭は一緒に回れないとか………

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