午前中、春希は練習をしていたので良く分からなかったが、雪菜はあちこちに連絡をしていたみたいだった。
そして午後の取材は、今日は中止にしようと雪菜は言った。
確かに今のかずさの状態ではあまり話を聞けないと思い、春希も了解した。

遊んでいる訳にもいかないので、春希は練習することにした。
そんな春希にかずさが声をかけてきた。
「なあ、雪菜はどこに行ったんだ?」
久しぶりに声をかけられ、春希は少し驚いた。
そして、なんとなく気がついた。
「…かずさ、おまえ、もしかして雪菜と話しづらかったのか?」
その問いかけに、かずさは暫く口ごもっていたが、やがて話しだした。
「……ああ、…実はそうなんだ。あたし…雪菜に余計な心配をかけてるみたいで……。あんなこと、言わなけりゃ良かったのかも…」
「あんなことって?」
春希がそう聞くと、かずさはじっと春希を見つめたかと思うと、突然顔を真っ赤にして叫んだ。
「あ、……お…お前に、言えるわけないじゃないか!」
「お…おい、かずさ……」
かずさの勢いに驚いた春希は、すこし表情を曇らせた。
「あ…いや、すまない。言いたくなければ俺は何も聞かない」
そう言って、春希は手に持ったギターに視線を移した。
「いや、そうじゃない。あたしは……」
かずさは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

雪菜はこの日、峰城大に来ていた。
卒業後も就職出来ず、心配してくれていた教授に就職報告をする為だった。
予定が無くなったので、昼に電話でアポを取っていた。
教授は意外な就職先に驚いたようだったが、とても喜んでくれた。
「なんか、懐かしいなぁ……」
もう少しゆっくりしていこうかな、と思い、あの頃たまに春希を見かけたカフェテリアへと向かった。
ちょうど午後の講義中だったので、人はあまりいなかった。
窓際にすわってぼんやりと外を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「あっらー、誰かと思えば、『小木曽雪菜』さんじゃないですかぁ」
振り向くと、見覚えのある顔があった。
「あなたは……たしか、……柳原さん?」
「へえぇ、私の名前覚えていてくれてたんですねぇ、あの『小木曽雪菜』さんに覚えていて頂けるなんて、光栄ですわぁ」
朋は嫌味をたっぷり込めて言ったつもりだったが、雪菜はその意図に気づかないようだった。
「そんな…、わたしなんてそんなふうに言ってもらえるような人間じゃないから…。で、わたしに何か用なのかな?」
逆に、朋はそんな雪菜の言葉を嫌味と取ったみたいだった。
「相変わらず、お高いんですね。私みたいなのの相手なんか出来ないって言うんですか?
それとも、もう北原さんの事はすっぱり諦めて、医学部の男の人でも漁りにきましたかぁ?いつかのコンパの時みたいに」
「違うよ、今日はお世話になった教授に就職の報告に来ただけだから」
「あっらー、そういえば小木曽さんって、選り好みしすぎて就職してなかったんでしたっけぇ。まぁ、さぞかし立派な大企業に就職されたんでしょうねぇ」
「そんな、選り好みなんてしてないし、それに就職したのも大企業なんかじゃないし…。あなたのほうが、よっぽどいい所にいけると思うよ」
雪菜の雰囲気から大した所に就職できていないと判断したのか朋は得意になって話しだした。
「おかげさまで、この春から東亜テレビに行く事になってますぅ。まぁ、在学中からイベントの司会とかでお世話になってたしぃ、目指すはメインキャスターってとこかしらぁ」
「あ、そうなんだ。テレビ局なんだ。だったら、これからお世話になることもあるかもしれないから」
そう言うと、雪菜は名刺を差し出した。
「株式会社冬馬曜子オフィス、冬馬かずさ担当マネージャーの小木曽雪菜です。今後ともよろしくお願いします」
「え……?」
朋は雪菜が言った言葉の意味を理解することが出来なかった。
雪菜が差し出した名刺をじっと見つめたまま黙っている。
「あの…、柳原さん?」
雪菜はどうしようか困って声をかけた。
朋は怒ったように言った
「あ……、あなた…私をからかっているの?…こんな名刺まで作っちゃって。
だいたいあなた、日本にずっといた人が冬馬かずさのマネージャーなんて、馬鹿にしてるの!?」
「え?そりゃ、わたしずっと日本にいたけど、年末にかずさが家に来てくれて決まったんだよ」
雪菜はどうして朋が雪菜がずっと日本にいた事を知っているんだろうと思ったが、とりあえず説明してみた。
朋の表情はまだ硬いままだった。
「確か、付属の卒業式の日に、その『冬馬かずさ』に北原さん取られちゃったんじゃなかったかしら?
結局、いなくなった冬馬さんから彼の心を取り戻せずに、最終的には後輩に横取りされたんでしょ?
いまさら仲直りなんてできっこないでしょ。それに、北原さんとのことは冬馬さんだって後ろめたいでしょうし」
「あぁ、春希くんとならもう大丈夫だよ。だって、ここ一週間、三人で一緒にいるし」
それを聞いて朋の怒りは頂点に達したようだった。
「あ…、あなた…それこそありえないでしょ!
……そうだ、それなら私からあなた達にプレゼントがあるわ。
ふふっ……今度のバレンタインライブのステージで歌う枠を特別にあげるから出演してみるぅ?」
朋は怒った顔から急に、にやけた顔に変わった。
「まあ、さすがに冬馬さんに出ていただく訳にはいかないでしょうけどぉ」
朋は勝ち誇ったような顔で雪菜を見ていた。
「ライブかぁ、そうだね、三人で出れたらいいなぁ……」
「あ…あなた、まだそうやって私をからかうの?いいかげんにしてよ!」
「え?別にからかってなんかいないよ。えーと、ちょっと待っててもらえるかな?」
そう言うと雪菜は携帯を取り出した。
「あ、社長ですか?雪菜です。実は……」

朋は暫くあっけにとられたまま、立っていた。
そして、通話を終えた雪菜が朋に言った。
「うん、三人で出られるよ。でね、お礼にあなたにプレゼントしたい企画があるの」
「…プレゼントしたい……企画?」
「だって柳原さん、テレビ局に勤めるんでしょ?
だから、以前、東亜テレビから来ていた社長の出演の話を、できるだけ早く、こちらの希望する出演者が確保できればOKってことで。もちろんあなたが司会進行してね」
「社長って……」
「もちろん、冬馬曜子。ちょっとバラエティーっぽくなっちゃうから断ってたみたいだけどね」
「冬馬…曜子…が、バラエティー?」
「まぁ、テーマは親子の絆。母子家庭家族のお母さんの愛情いっぱいの手料理を、子供に食べてもらうの。もちろん、子供ってかずさだよ」
こんな、冬馬曜子としては絶対受けるはずのない話を、雪菜は、ある目的の為に了承させた。
今回、子供の為に料理をするのは、冬馬曜子ともう一人。曜子と同年代で、かずさと同年代の子供がいる母子家庭の母親。
思いもかけない所から、願っても無い企画が出来上がっていった。

タグ

このページへのコメント

tuneさん、TakeTakeさん、コメントありがとうございます。
もともと、朋の登場は考えていなかったんです。
だから、話の大筋には影響してこないんですが、僕自身が、あの素直じゃない朋が結構好きなんで、ふと思いつきで出してしまいました。
勝手に解釈して勝手に怒っている朋ってかわいいですよね。

0
Posted by finepcnet 2014年05月11日(日) 13:56:57 返信

おお!
朋が出てきましたね!
怒ってる朋に対して、ひょうひょうとしている雪菜が何だか面白かったです。
地味に、雪菜の進路まで把握している朋さん、本当にファンなんですね(笑)
ところで、個人的には朋ってCCでは雪菜に対する「劇薬」だと思ってます。
劇薬の朋が今後どうするのか楽しみにしておきます

0
Posted by TakeTake 2014年05月11日(日) 00:23:05 返信

今回の話を読んで今更ながら思い出しましたが、CCで雪菜ed以外だと柳原 朋との事は中途半端で終わっているのでこのssで一つの決着をつけてくれそうなのは良いですね。雪菜が朋の提案を利用して北原親子をどうのように仲を取り持って行くのか次回以降楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年05月10日(土) 21:42:14 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます