22 依緒の思い出話 ／ 2013年７月初旬
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ushigara_neko 2014年07月05日(土) 22:20:32履歴
居酒屋を追い出された後、水野と友近は帰途に付き、春希は武也を開桜社時代の行きつけのバーに連れて行き、女五人は、雪菜の隠れ家たる西御宿のジャズ喫茶に向かった。
例の奥の部屋で女五人は、アイス・ティーを飲みながら、しゃべり続けていた。
強過ぎるパンチの代償として、右手の拳と両目を腫らした依緒のことを責めるものはいなかった。
氷で拳を冷やしながら、依緒は「武也の言った、私生活の頑張りって、何なんなんだ」と、独り言ちた。
「うふふ」雪菜は、微笑む。「なんだろう、ね」
「部長は、依緒を好きなんだろ」
かずさは、依緒を見ながら言った。
「頑張るって、そういうことじゃないのか」
「そんなこと、あるワケないだろ」
依緒の目が泳いでいる。
「何故、その……、依緒と部長は付き合わないの？」
かずさは、率直に言う。
「彼女持ちの男と付き合えるワケないだろ。
略奪でもしろっていうのか？」
「……っ」
かずさは、複雑な眼差しになって依緒を睨んだ。
だがすぐ、�爐┐叩�彼女いるのか？�瓩箸いΥ蕕鬚靴拭�
「……だいたい、あいつはあたしのこと、女とは思ってないよ。あたし達は、ただの腐れ縁の、悪友さ」
「そうですかねぇ」
�爐泙浸呂泙辰伸瓩噺世い燭修Δ別椶弔�で、朋は言った。
「さっきだって、結構イチャイチャしてましたよねぇ」
「してないよ」
「でも、あたしにもそう見えた」
かずさは、落ち着きを取り戻して言った。
「だから……」
「えっとね、かずさ」雪菜は言う。
「この二人のややこしさは、その、歴史が長くてね」
「かずささんが、首を突っ込んで良い話じゃありません」
朋は、きつい口調で言った。
「今から二年前、良い所まで行ってた二人の関係が、ぎくしゃくしたのは、あなたが北原さんを奪ったからなんですよ」
「なに……、それ」かずさの声が上擦る。
「朋、お前、それを言うなよ」依緒は、机に突っ伏す。
「そうよ……、朋の馬鹿」雪菜も困った声を出す。
「ううん、かずさは関係ない。あたしと武也の問題だから。かずさと、春希は、関係ない。
だから、ちょっと、もう何も訊かないで……」
依緒は、突っ伏したまま言う。
「嘘、だろ……。何でそんなことになってんだよ……」
「朋ちゃん、教えてあげたら」千晶は言う。
「千晶、焚き付けないで」雪菜は制止しようとする。
「雪菜、あたしは春希とかずさを傷つける気はないよ。
でもね、この件に関しては、春希とかずさは知っておくべきだと思うね。知った上で、どう評価するかは、二人に任せるべきだよ」
「…………」
「飯塚さんは、北原さんと雪菜が再び付き合い始めてから、彼女のとっかえひっかえは、きっぱり止めたんですよ。
……水沢さんと、もう一度、真正面から向き合うために。
でも、あなた達のことがあって、水沢さんは雪菜を、飯塚さんは北原さんを擁護してしまったために、二人の間には、亀裂が入ってしまったんです。
それから、飯塚さんはまた、水沢さんに向き合えなくなったんです」
「……ごめん」かずさは、心から謝った。
「かずさ……、あのね」
突っ伏していた依緒が顔を上げた。
「さっきの千晶の台詞じゃないけど、これはあたしと武也の問題で、あんたは外野なんだよ」
依緒は、かずさを見ずに言う。
「外野じゃ、無いだろ……」
「外野だよ！」依緒は、小さく叫ぶ。
「関係ない、んだよ」
「依緒……」
「あいつが、あたしのことを愛してくれていたのは、良く分かってるんだ。
でも、あたし達にも、色々なことがありすぎて、さ……」
それから、依緒は、断片的に「色々なこと」について話しだした。
同じ頃、�猯磴離弌辞瓩如⊂�し酔った武也が、春希に対して、依緒との思い出を語って、それに浸っていることも知らずに……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
依緒と武也は、同じ中学校からの付き合いだった。どちらが先に名前と顔を覚えたか、なんて、記憶に無い。二人は、一年生から一緒のクラスだった。女子バスケ部に所属していた依緒と、サッカー部に所属していた武也は、土・日の練習でも、時々顔を合わせていた。
昼から土砂降りになってしまった日には、サッカー部は体育館の軒下で、基礎の反復練習をすることがあった。開け放たれた体育館の扉の中で、それ程大きくもないのに、二・三年生に負けず、すばしっこく動き、高く飛び、ズバズバと正確なシュートを決める女の子の姿を見て、武也は、水沢ってスゲーな、と思った。
女子バレー部に体育館を譲らなければならない日曜の午後は、逆に女バレが体育館周辺で基礎練習をする。ある日、グラウンドでサッカー部が練習試合をしていた。一・二年生選抜の中でセンターミッドフィルダーをやって、誰よりも速く、多く走り、大きな声を出して指示し、三年生のレギュラーを相手に物怖じせず、中盤で巧妙にボールを奪い、前線に絶妙のキラーパスを送る小さい男の子の姿を見て、依緒は、飯塚って凄いな、と思った。
そんな二人が、どちらから先に声をかけて、気軽に話をするようになったのか、お互いに記憶はない。気がつけば、二人は気軽に馬鹿話をするようになって、それが広がり、女子バスケ部とサッカー部の一年生が仲良くなり、何人かで遊んだり、遊びに行ったり、誕生日会をやったり、するようになっていた。
そして、何時もその中心には、武也と依緒がいた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
二人がお互いを微妙に意識し始めたのは、一年生の夏休み、男女合わせて十人で、奥多摩納涼花火大会に行った時だ。
御宿から一時間半余の遠出にも関わらず、参加者全員が親に「他に付き添いがいる」と嘘をついた。子供だけの、少し背伸びした遠征だった。
駅で待っていた武也は、浴衣姿の依緒を見て、驚いた。
紺色の地に、紙風船が舞っていた。
「どうしたん、その格好」
「お母さんが、着ていけって、うるさくて……。こんな動きにくい服、本当は嫌だったんだ。それに、暑いしさあ、似合わないだろ」
「似合わない訳じゃないけど……」
「そうか？」依緒は笑って、武也の前で回ってみせた。
�爐�、可愛いなぁ……��
息を飲んだ武也は、横を向き、「やっぱり、似合わねえ」と言ってしまった。
「飯塚、酷いじゃない」「よく似合ってるよ〜、依緒〜。飯塚の馬鹿」と他の女子が非難した。
「水沢って、実は可愛いのか」と他の男子が武也にこっそり言う。
「うちのクラスじゃ、可愛い方じゃねえの」他の男子も言う。
�爐い筺�中学で一番可愛いだろう�瓩班靆蕕鰐�かに思っていた。だが、特定の女子に、そんなことを思ったのは、初めてだった。
さて、背伸びしたのは良いが、悪ガキどもが引率者不在で、統一した行動をするのは、絶対に無理があるわけで、誰かがはぐれることになる。
武也は、屋台を冷やかしてはバラバラになりそうな連中をまとめて、何とか見物スポットの小学校の校庭まで連れて来た。
だが、依緒がいない。そういえば、もじもじして、遅れがちだった。
何時もしっかりしてるから、放ったらかしにしていた。
女子達のことは依緒の友達に任せ、男子連中には勝手に動くなよと言いつけて、武也は依緒を探しに行く。
そういえば、途中で寄った奥氷川神社まではいた。武也は探しながら、そこまで戻る。
そして、境内をうろうろと探しまわり、しゃがみこんでる依緒を見つけた。
「水沢、どうしたんだ」
びくっとして、依緒は武也を見上げた。
「近寄るな……」
「近寄るな、って」
「飯塚ぁ、どうしよう。浴衣がぐちゃぐちゃになって直せないんだよ」
よく見ると、肩口からブラジャーの肩ひもが見えかけていた。
「俺、誰か直せそうな女の人を捜してくる。と、とりあえず襟を直せ」
「うん……、頼む……」
「ここを動くなよ」
そして、武也は浴衣をキレイに着こなした、中年の女性を連れてくる。
「あらあら、可哀想に。ぐちぐちゃになっちゃったわね。
でも、すぐ直せるから、泣かないで。お兄ちゃんは、男の子が来ないか見張ってて」
帯を外し、自分の肩にかけて、さっと直して行く女の人。
「このお腹に巻いたタオル、動かしちゃだめよ。それから、暑くても襟は絶対開けちゃだめ。またぐちゃぐちゃになっちゃうからね」
「すみません……」半泣きの依緒が言った。
武也は、言われた通り周囲を警戒しながら、盗み見てしまった。
灯籠の淡く赤っぽい光の中で見えた、依緒の首筋と、ブラジャーの肩ひも。
この前、プールに遊びに行って、私用の水着姿を見た時は何とも思わなかったのに、武也の顔は熱くなった。
「さて、出来た。お兄ちゃん、人が多いから、彼女が人にぶつかって、また浴衣が乱れちゃわないようにしてあげてね」
「ありがとうございました」
「可愛いアベックのお手伝いができて嬉しかったわ。はい、おててをつないでね」
アベックって、死語だよ……、と思いつつ、二人は言われるまま手をつないだ。
「じゃあ、行こうか」武也は、優しく依緒の手を引いた。
「似合わないもん着て来たから、迷惑かけちまったな」
「気にすんな。それに、ホントは凄く似合ってるから、い、良いんだよ」武也はぶっきらぼうに言った。
依緒は、「ありがと」と言って、笑った。
みんなの元に戻った時、悪友どもに囃し立てられたのは言うまでもないが、強く否定する依緒の剣幕に押されて、その場は収まった。
花火は、とてもキレイだった。ただ、二人は、離してしまった方の手が、何となく手持ち無沙汰で、ちょっと寂しい思いをした。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
その後、時間が合う時は、お互いの試合を応援に行ったり、文化祭の実行委員会で意見が食い違って激しい言い合いになったり、運動会で無駄に張り合ったり、クリスマス会で馬鹿騒ぎして友達の家の調度品を壊して怒られたりしながら、信頼できる親友になっていった。
二人が名字ではなく、お互いに名前で呼び合うようになったのは、クリスマス会でやった「王様ゲーム」（命令内容は、会場を提供してくれた大人の検閲済み）で命令されたからだ。
二年生でも同じクラスになった二人は、相変わらず仲良く遊んでいた。男女が二人で遊んでいたらすぐに囃し立て、噂にしてしまうお馬鹿なお年頃ではあったが、依緒と武也にそんな雰囲気はなく、周囲公認の親友になっていた。
休み時間には二人で話をしているし、昼飯は一緒に食ってるし……。傍目からはラヴラヴのカップルに見えても、話している内容を聞いてみればスポーツか、ロックか、お笑いの話題ばかり……。
一方、部活では、武也と依緒は、二人とも三年生を押し退けてレギュラーに名を連ねていた。二人は春の大会で大活躍し、チームの中心メンバーとして将来を期待された。
だが八月、高円宮杯の予選で、武也に不幸が襲った。
相手選手の暴力的なスライディングで激突された際、軸足の左足首を骨折、捻挫してしまったのだ。
秋一杯、治療に専念した。だが、冬になり、練習に復帰しても、長く動かしていると怠くなって踏ん張りが利かなくなる症状が改善されなかった。
数か月努力した結果、武也はすっぱりサッカーを辞めた。
そして、親に言われたことではあったが、峰城大学付属を目指して、勉強に専念することに決めた。
依緒は、グラウンドを思いっきり駆け回る武也の姿が見れなくなって、とても悲しい思いをした。今でも激突したシーンを思い出すと胸が痛む。
サッカーを辞めてしまった武也と、サッカー部の仲間達は、少しずつ疎遠になっていった。それはやっぱり、武也がサッカーに未練があったから、遠ざけてしまったのかもしれない。
一方で、帰宅部生になっても、武也は、無理をしなければスポーツは何でもこなせたし、人を魅了する明るい性格はそのままで、新しい友好関係を少しずつ広げているようにも見えた。そして、周囲が驚く程成績が上がると同時に、二年生の秋から担っていた生徒会副会長の役が板に付いてきた。
依緒には、生徒会でテキパキ仕事をこなす武也が、自分の知っている武也とは違って見えて、眩しかった。
……だが、依緒はそれが恋だは思わなかった。
武也は、依緒の公式戦を必ず見に行った。依緒はやっぱり、誰よりも俊敏で、誰よりも高く飛び、誰よりもシュートを決める。三年の春季大会ではキャプテンを務め、チームの司令塔兼ダントツのポイントゲッターだった。
他の誰も、目に入らない。依緒の動きの美しさ、シュートを決めた後のクールな顔は、武也の心を捉えて離さなかった。
何時からだろう、それを恋だと気づいたのは……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
武也が引退した後、一緒に遊び続けていたのは、依緒だけではなかった。女子バスケ部の副キャプテン、橘あゆみが時折含まれていた。
あゆみは、中学一年生の頃から、依緒とレギュラーを争う程の実力だった。だが……。
「依緒は良いなあ……、スレンダーで、まるで豹みたいに機敏で。私は、体が重くって、思うように動かないよ。あーあ、中二の春に戻りたい。あの頃が一番良かった」
「お前、最近そればっかりだな」
「背を伸ばそうとして、あんなに牛乳飲まなきゃ良かった。確かに背も伸びたけど、これに付いちゃう方が多い」
あゆみはそう言って、胸を押さえた。
「あゆみの背の高さは、大きな武器だよ」
「プレースタイルを急に変えるのは難しいよ。それに、最近はホントに入ってくれないんだよね。あ〜あ、胸って、バスケやるにはホントに邪魔だわ」
「…………」武也は、言うことに困る。
「自分がこんなに太りやすいとは思わなかったな」
「いや、太ってるわけじゃないけど……」
依緒も、言うことに困る。
二次成長は、あゆみを「あまりにも女性的な身体」に作り替えてしまった。一年生の頃、猫のような可愛らしい顔をして、快活でしなやかな機敏さを持っていた依緒のライバルは、思春期の男子であれば絶対に見過ごすことができない、美しい女に変わっていった。
だが、その代償は、新チームのレギュラーからの陥落だった。
そして、その身体の変化は、彼女の心も変えてしまった。
……三年生になる前の春休み、依緒は、家に泊まりに来たあゆみから、武也への恋心を告白された。
「私、依緒と飯塚は、そのうち付き合うんだと思っていたけれど、それは、本当に、無い話なの？」
「あいつは親友だけど、男としては、見てないよ」
「本当に？」
「しつこいな……。本当だよ」
「飯塚はどうなの。依緒は、告白とかされてないの」
「されてないよ」依緒は笑った。
「というか、あいつって、あゆみみたいなタイプの方が好きなんじゃないかな。あたしは……、その……、あまり恵まれてないからな」
「そうなのかな」
「絶対そうだよ」
�燹帖弔覆鵑世蹐Α△海琉穗卒境�
「私、夏までには、告白しようと思ってるんだ。……できれば、修学旅行までには」
「頑張れよ。あ、あたしは二人のこと、応援するよ」
�燹帖弔覆鵑覆鵑世蹐Α�少し吐き気がする��
その日以来、依緒は、逆に武也を男として意識するようになった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
それから何度か、あゆみと依緒による画策があった。というよりは、三人で遊びに行く約束の日に、依緒がすっぽかしたり、早く帰ったりという、幼稚な方法だった。
あゆみは、何回か決定的なチャンスを得たにも関わらず、武也への告白に至らなかった。
バスケの調子と同じように、シュートできなかった。
何度かされれば、武也だって、違和感に気づく。
修学旅行を控えた、ある日、クラブ活動を終えた依緒が、必ずあゆみと分かれる帰路の先で、武也は依緒を待ち伏せした。
「びっくりしたぁ。何だよお前は」
「ちょっと、訊きたいことがことがあってな」
「学校で訊けば良いだろ」
「簡単な話じゃないと思ったから……」
「何だよ……」
「お前、俺に何か怒ってるのか」
「怒るって、何を」
「だから、最近、お前、俺のこと避けてるだろ」
「そんなこと、ないよ」
「昼飯も一緒に食わないし」
「あれは、だって、お母さんがお弁当、作ってくれないから」
「お前のお母さん、最近、お前の昼食がパンばっかりだから、あれで元気にやってるのか不安だって、俺に電話かけて来たんだぞ。前みたいに、早弁用のおにぎりと、弁当を持って行くように言ってくれって、頼まれたんだ」
「お母さんめ……」
依緒は、購買部にパンを買いに行くことを口実に、武也と昼食を共にすることを避けていた。
「何に怒ってるのか言ってくれよ」
「怒ってないよ」
「本当か？」
「本当だよ……」
�猊靆蕁△△罎澆竜せ�ちに、全然気づいてないの？��
「ただ、お前は男子だし、あたしは女子だから、二人で飯を食うのは、やっぱり止めといた方が良いかなって、そう思っただけだ」
�爐修Δ�、気づいてないんだ。こいつは、あたしとのことしか、心配してないんだ��
依緒は、嬉しく感じた。
「何を女みたいなこと言ってるんだ。
俺と、お前だぞ……」
武也は、横を向いて、不貞腐れたように言った。
「そうだな……、ごめん」
依緒は、何時の間にか自分を追い抜いて上にある、武也の横顔を見上げながら、言った。
「修学旅行の班だって、一緒なんだから、楽しくやろうぜ」
「ああ、悪い悪い。そうだな、細かいこと考えずに楽しもう」
「うん」
「なあ、うち来いよ。お母さんに、ご飯出してもらうよ」
それから、武也は依緒の家に行き、夕食を食べて、馬鹿話をして帰った。
次から次へと学校の面白い話をして、自分の母親を笑わせる武也を見て、依緒は�爐海い帖△海鵑覆暴�あしらいが上手かったか？�瓩隼廚辰拭�
武也が帰った後、依緒は、風呂に入って、ちょっと泣いた。何故、涙が出たのか分からない。
�牴兇函△�前だぞ……��
その声が、とても優しく響いたからかもしれない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
そして、修学旅行の日。
行き先は、奈良、京都。一行は新幹線に揺られ、京都駅に到着。そこで組毎に分かれて、奈良に向かった。依緒と武也のいる五組は、薬師寺、法隆寺、石舞台古墳を回るコースだった。そのまま橿原市内で宿泊。
二日目は、朝から一日中、班別自由行動だった。
依緒と武也の班は、武也のプランニング通り、興福寺に行って阿修羅像を見た後、東大寺の大仏をすっ飛ばして京都に行き、京都駅で昼食を食らった後、バスに乗って三十三間堂に向かい、国宝・千手観音坐像と、重文・千体千手観音立像を見て圧倒された。その後、歩いて清水寺まで行った。
清水の舞台からの絶景を見ながら、依緒は、「なあ、武也。確かに、お前の案内は見所満載の凝縮したプランだと思うけど、あたし、もう寺とか仏像とかは、飽きたよ〜」と、依緒は悲鳴を上げたが、それは、武也以外の班員の気持ちの代弁だった。
「何言ってんだよ、お前ら。奈良、京都にはなあ、寺と仏像以外に、見るべきものは無いんだよ。今、集中して見ておいた方が、人生として効率的だ」
「じゃあ、頼むから、ちょっと、あたしの知ってるところに連れてってくれ。そうだな、寺なら本能寺とかさあ」
「行きたいか」
「行きたい行きたい」
「秀吉の妻、ねねが愛した庭のある、圓徳院に寄る予定だったんだけどなあ。」
「本能寺で信長に会おうぜ」
「じゃ、三年坂から祇園の八坂神社に抜けて、そこから歩いて本能寺に向かうか」
だが、それは町中の小さな寺で、京都三大がっかりの一つだった。
依緒及び班員の疲れがどっと押し寄せたことは言うまでもない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「ふぅー」夕食の後、依緒は大浴場でため息をついた。慣れない場所での行動は疲れる。
だが、武也の解説は悪くなかった。機転の利いた話の仕方に、武也のサッカーのプレースタイルと共通するものがあると感じる。
ぼんやりと湯船に浸かって、思い出を反芻していると、橘あゆみが入ってきた。
「おす」「……おす」
「あゆみは、何処回ったの？」
「朝から京都に来て、三十三間堂、清水寺、知恩院、平安神宮……」
「お前んとこも寺ばっかか。それに、微妙に被ってるな」
「そうかあ。被ってたんなら、飯塚に会いたかったな」
「…………」
揺れる水面の下に漂う、あゆみの豊満な胸と、桜色の可憐な乳首……。
依緒は、見とれてしまう。それに引き換え、自分は筋肉質で、貧弱で……。
「最近、また一緒にお昼、食べてるんだって？」
「えっ、ああ」
「なんで」
「なんでって……、急に余所余所しくすると、武也が変に気を使うんだよ」
「ふーん。そうか……、そうかもね。分かった」
「心配すんな」
「あーあ、私ってダメだなぁ。旅行前に告白しとけば良かったなぁ」
「焦らなくても、良くないか？」
依緒は、あゆみを見ずに言う。
「そう言う訳にも、行かないんだ……。先、上がるね」
すっくと立ち去って行く、あゆみの背中。姿勢が良くて、ウェストは程よく締まっている。けれど、すばしっこい動きには、不向きそうなお尻と腿。
でも、美しい……。
�爐△燭靴�もしも、あゆみみたいな女で、バスケから距離を取っていたら、あたしは……��
「はは、はは」
�牴燭鮃佑┐討襪鵑世蹇△△燭掘帖帖�
そんな妄想、したって意味ないじゃん��
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「飯塚、前から訊きたかったんだけど、お前、本当に水沢とは付き合ってないのか？」「俺も気になってた」「俺も俺も」
寝る前の馬鹿騒ぎが一段落した消灯後、武也は質問攻めにされた。
「付き合ってないよ。俺等は中一以来の腐れ縁で、親友。それだけだよ」
武也は最近、この質問が多いことにうんざりしていた。
「じゃあ、俺、水沢に告白していいか」
男バスの準レギュラーが言った。結構、女子に人気がある男だ。
「勝手にしろ……。だが、あまり推薦しないぞ」
なんで、こんなに依緒のファンが多いんだよ。
俺にどうしろっていうんだよ……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
翌日は、また班別自由行動。武也と依緒の班は、金閣寺から出発して、右京区の世界遺産三か所の寺院を中心に回る予定だった。
しかし、龍安寺を出たところで、皆が太秦映画村に行きたいと言い出した。
「飯塚がしっかり計画してくれたのはありがたいんだけど、その、やっぱり、寺ばっかりはしんどいな、と」
「俺が悪かった。しゃーねーな。俺も太秦に行くよ」
「いいよいいよ。依緒を置いてくから、二人で行っといでよ」
「そうそう。ひょっとしたら、友達関係から発展できるかもよ」
「なっ、何言ってんのお前ら」
「じゃ、そういうことだから。集合は携帯で連絡するから〜」
武也と依緒を残して、他の班員は京福電鉄北野線に乗る。
「どうする？」
「ま、あたしは武也に付き合うよ。お前が言うように、大人になっても、これ程、集中してお寺参りできるかどうか、分かんないしさ」
「じゃあ、まず飯でも食うか。……近くにデカくて美味いお好み焼き屋がある」
「よく調べてあるな。行こう！」
それから武也は、店の名の通りのジャンボなお好み焼きが、依緒に平らげられるのを見て、感動していた。
その細身の身体の何処に入るのかと心配になる勢いだった。でも、こいつの、よく食べる所、好きかもしれない。
きっと抱きしめたら、熱い身体なんだろうと思う……。
「美味かった〜」
「前歯に青のり付いてるから、……トイレでウガイしてこい」
「お、おう」
二人は、妙心寺をちょっと見た後、蓮華寺に向かう。
「石像が五体あってな。智恵、学業の守護尊だそうだ」
「ちょうど良いじゃないか。お前の受験のお祈りでもしよう」
「……そのことなんだけど、依緒」
「ん、どうした」
「お前も、峰城大付、目指さないか」
「あっははは。あたしの成績で行けるわけないだろ」
「お前、集中力あるからさ、今からでも遅くないよ」
「無理無理」�猝詰�だよ、そんなの。
でも……。本当は高校も一緒の方が良い。
武也は、あたしの親友だから……��
「でも、そうだなあ、受かったら、何でも一つだけ命令をきいてくれるって言うんなら、受験してやっても良い」
「言ったな。もちろん、何でもきいてやるよ。受けろよ」
「本当、だな」依緒の顔つきが真剣になる。
「……本当、さ」�爐匹Δ靴燭辰童世Δ鵑澄���
「よし。考えてみる」
それから、二人は少し黙る。そして……。
「……なあ、依緒は誰かに告白されたりしないのか」
「えと」依緒はまごつく。「そうだな……」
「どうなんだ？」
「何人か、告白された、ことはある」
「ふーん」
「変った趣味の男も、あんがい多いもんだ」
「自分で言うなよ。……その、付き合ったり、しないのか」
「あっははは。あたしはバスケに夢中。バスケより、良い男なんていないよ。
だから、全部断った。
それに、彼氏なんか出来たら、武也と遊べなくなっちゃうじゃん。
……って、えーと」依緒の目が泳ぐ。
「…………」
二人は、蓮華寺の門に着く。
入ろうとすると、橘あゆみが出て来た。
「依緒……、飯塚……」
「あゆみ……」
「橘……」
「どうして、二人きり、なの？」
「どうしてって……」
「くっ」あゆみが走って去って行く。あっけにとられる、あゆみの班員たち。
「あいつ、どうしたんだ……。って、依緒、大丈夫か？」
「あちゃー」依緒は、しゃがみ込んで、困ってしまう。
……武也は本当に、何が何だか分からない。
依緒も、自分の心が、分からない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
三日目の夕食と入浴を終えた後、武也は、依緒に「橘のこととかで、改めて話があるから、会えないか」とメールした。
分かった、と返事し、二人になれそうな場所を探したが、他のカップルで塞がっていた。
「仕方ない。うちの部屋に来いよ。今、他の連中、男子の部屋に行ってるから、当分帰ってこないよ」
「そうだな」
二人は、依緒の班の女子部屋へ向かう。
「……しかし、何だかとっ散らかってるな。ホントに女子の部屋か」
「うるさい。女子なんて、こんなもんだよ」
「勉強になったよ」
「……話って何だ」
「今日の橘の反応だけど。今さっき、思ったんだけど、あれは、この前からのお前と橘の、変な行動と関係あるんだろ」
「…………」
「どうなんだ」
「あたしの口から言うことじゃないよ。あゆみに訊けばいいじゃん」
「あいつに訊きたくないんだよ」
「なんで」
「なんで、って……。お前のいない場所で、あいつから�牴燭��瓩鯤垢�たくないんだよ」
「えっと、それどういう……。あっ、ヤバいかも」
「どうした」
「〇〇の馬鹿声が聞こえる」
「えっ」
「どうして、こんなに早く……。っていうか、隠れろ」
「ええっ」
依緒は、武也の手首を掴んで、押し入れに押し込む。
「い、依緒っ」
「静かに。多分、すぐ出て行くから」
何故か依緒も中に入り、押し入れの引き戸を閉める。
がやがやと、女子三人が帰って来た。
「あれ、依緒、いないじゃん」
「ホントだ。不用心だね〜」
「しかし、まいったなあ。抜き打ちで先生が見回りに来るとはなあ」
「また後で連絡取ってみよう。うちは、結構、野放しの校風だから」
「そうだな〜」と言って、誰かがテレビを付けた。
騒がしい室内に比べ、押し入れは、窮屈で、暑く、湿っていた……。
依緒と武也は、ぴったりと肩を寄せ合い、三角座りをして、息を殺していた。
（やばいな。すぐに出かける雰囲気ないじゃないか……）
依緒が、武也の耳元で囁く。
今まで知らなかった、依緒の優しい薫りが武也の鼻をくすぐり、優しい声が耳をくすぐった。
「依緒は、どこ行ったんだ」
「さあ、案外、飯塚と一緒じゃない？」
（ぐっ）二人の喉が鳴った。
「そういや、今日の午後、二人っきりで回ってたんだって」
「そうそう。目撃情報あり」
「依緒は、飯塚のこと、どう思ってるんだろうね」
「どうって、そりゃ、恋してるでしょ〜」
えっ。武也は、依緒の横顔を見る。
隙間から漏れる薄明かりの中で、依緒の横顔が俯く。
「でも、あいつ等の話してる内容聞いてたら、全く色気ないじゃん」
「ふふーん。□□もまだまだだね。話の中身はアレだけど、時々、依緒が飯塚の横顔盗み見ている時の目なんて、恋する女の目じゃないか」
（ちっ。あ、あの三人、いい加減なことを）
（…………）
「でも、飯塚と付き合ってる訳じゃないって、いっつも宣言してるじゃん」
「あれは、自分で自分の恋心に気がついてないだけじゃない？」
「そうなんだ〜」
「そういえば、飯塚はどうなの」
「同じだよ。依緒を見る目がラヴラヴ」
「え〜。……そうなんだ」
「そうなんだよ、ねぇ」「……うん」
誰かがため息をつき、女子どもは、少し声のトーンを落とす。
「飯塚ってさ、鈍いよね？」
「そうそう。四組の橘がさあ、バリバリに好き好きオーラ全開で出してるのに、飯塚って全く気づかないのな」
（えっ）
（しー）
（今の話、本当なのか）
（…………）
（依緒……）
（くそ……。ああ、そう、だよ）
（お前、橘の気持ち知ってたのか。それであんなことしてたのか）
（友達だから……。協力してくれって、言われたから）
（お前なっ。お前はそれで良いのかよ）
（良いも悪いも、友達の想いには、協力するだろ）
（お前、俺の気持ち考えたことあるのか）
（…………）
（それに、お前は、どうなんだよ。依緒は、俺のこと、どう思ってるんだよ）
（どうって……）
横を向いて俯いている女の子は、今まで見たことがないくらい、しおらしく、可愛らしく見えた。
（あのな）武也は、軽く深呼吸した。それから、横を向いている、依緒の耳に囁く。
（俺は、お前のこと、好きだ）
（えっ……）依緒は、武也の顔を凝視した。
二人の顔の距離は、かなり近かった。
（ずっとずっと、大好きだったんだよ）
そして、武也は、そっと依緒の手を握った。
（ずっと前から、お前のことばっかり気になってた。
けれど、お前がバスケに集中していたから、俺は、引退するのを待ってた。
でも、俺の周りに、お前を好きだという奴らが多くて。俺、もう、待ってられないんだ。心配で、仕方ないんだよ）
（えっと……）
（大好きだ。だから、俺とつきあってくれ）
（武也……）
�犂鬚靴ぁ帖帖�
え、嬉しいのか、あたしは？
でも……、でもっ。
あゆみを、裏切るのか？
あたしは、武也を、好きなのか？
友達じゃなくて、恋人どうし、になるのか？
なれる、のか？
キスしたり、……したり、するのか？
恋人になって、結局、気が合わなかったら、別れたりするのか？
そしたら、武也と、友達じゃ、なくなったりするのか？
あゆみとも、武也とも、友達じゃ、なくなるのか？��
（依緒……）手を握る、武也の力が強くなる。
混乱した依緒の中で、何かが切れた。
「あははははははははは」
「依緒！」
「何言ってんだよ、武也！
あたしとお前は親友だよ！
でも、あたしにとって、お前は何時までたっても、初めて会った頃のちっちゃな飯塚くんなんだよ。
どうしても、男とは思えないんだ。付き合うとか、そういう対象として考えるなんて、無理。無理無理無理。
ごめん、勘弁してくれ。
あはははは、あは、あはははは」
女子どもが、押し入れの戸を開けた。
そこには、顔をくしゃくしゃにして馬鹿笑いしていた哀れな女の子と、プライドをズタズタに傷つけられて放心状態の男の子が座っていた。
「依緒……、何してんの……」
「ああ、ごめんごめん。押し入れの中は暑いわ。あたし、飲み物買ってくる」
そう言って、依緒は、ガサガサと財布を探し出し、部屋を出て行く。
押し入れに、一人残された武也は、すごすごと出てきた。
「ごめん……。邪魔、したな」武也は、両手をついて、謝る。
「飯塚……」
「付き合うって、何？」
「ひょっとして、依緒に告白したの？」
「…………。ごめん」
「えっ。いいよいいよ。ちょっとびっくりしたけど、気にしないで」
「ていうか、依緒のやつ、酷いなぁ……」
「ホ、ホントだよね」
「ねえ、飯塚。私、あんたを好きなんだよ。私じゃ、だめかな」
えっ。武也は、顔を上げる。
「えっ、〇〇も飯塚狙い？」
「も、って、何だよ。ひょっして、お前もかよ」
「そうだよ。依緒に遠慮して黙ってたけど」
「ちょっと待って、私も飯塚のこと好きなのよ」
「えっ、お前もか」
「って、三人ともなの……。マジで……」
顔を見合わせる女子ども。
「どうなの……、飯塚？」「私、慰めてあげるよ？」「えっと、私、も……」
「ごめん」武也は、立ち上がる。
「ありがとう。でも、ごめん」
そして、早足に出て行った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
修学旅行最終日は、銀閣寺から哲学の道を抜けて、永観堂、南禅寺を通って、蹴上のインクラインまで歩くコース。
武也は朝から、明らかにおかしな明るさを身にまとっていた。
朝食の時には、依緒が武也を振った話は、かなり広まっていた。
武也は男子と行動し、依緒には一切、近寄ってこなかった。
依緒は、一人で行動していた。
南禅寺で、依緒は、橘あゆみに声をかけられた。
そして、二人きりになったとたん、頬を張られた。
「お前、武也に酷いこと、言ったんだってな」
「…………」
「武也が、お前を好きだったことなんて、私は知ってたよ」
依緒は、あゆみを睨んだ。
「睨むくらいなら、……どうして応えてやらなかったんだよ。私に、気を使ったのか」
「噂の通りだよ。あたしは、武也とは付き合えない」
「ああ、そうかよ。分かった。武也は、絶対に私のものにするからね。
それから、私と依緒は、今限り、絶交だよ」
「…………」
「用件はそれだけ。じゃあ、バイバイ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
修学旅行から帰ってすぐ、橘あゆみは女子バスケ部を辞めた。
依緒と武也は、クラスで、全く話さなくなった。武也は、依緒と修学旅行で同室だった女子達と、馬鹿な話ばかりしてた。
依緒にはそれが、我慢できない雑音に聴こえた。
そして、期末試験が終わり、夏休みが始まる前、依緒は、武也があゆみと付き合っているという噂を聞いた。
最後の夏季選手権大会で、依緒はキャプテンとして奮闘したが、周りがついて来なかった。
橘あゆみが、副キャプテンとして、どれだけチームを陰で支えていたのか。
依緒がリーダーシップだと思ってきたものは、あゆみの包容力がなくては、空虚な空元気に過ぎないということが、依緒の胸に苦く刻まれた。
結果は、期待外れの三回戦敗退……。
武也は、試合を、見に来なかった……。
大会に敗退した後、依緒は、申し込んでいた塾の夏期講習に通いだした。
夏休み中、一心不乱に、勉強に打ち込んだ。毎日、朝起きてから、疲れ果てて眠れるようになるまで。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
夏休みも終わろうとした頃、依緒に、あゆみから会いたいというメールがあった。
無視した。すると一時間置きに同じ文面のメールが来た。
放置しておくと、ひっきりなしに電話がかかって来た。
電源を切って無視した。
その日の夕食の後、また勉強に集中していると、母親から呼ばれた。
「電話よ。塾の先生から……」
「お電話、代わりました」
「おす」
「あゆ、み……」依緒は、受話器を置こうとする。
「待てって」
「…………」
「ちょっとだけ、で良い。ちょっとだけ、会えないかな」
「絶交するって、言ったのは、お前だろ……」
「ごめん。ちょっとだけ、回復してよ。頼む」
「……何処に、行けば良いんだ？」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「ごめんな」
依緒の家の近くの公園で、その美しい女は待っていた。
夏休み前とは、比べ物にならないくらい、あゆみは美しくなっていた。
「この公園、蚊が多いな」
「蚊取り線香、持って来たよ……」
「気が利くな」
「……用件は、何」
「私、転校するんだよ。北九州市な」
「えっ」
「親父が、仕事で下手打って飛ばされた」
「何だよ、それ……」
「仕方ないよ……。うちの馬鹿親父は、世渡りが下手だから。それに、寂しがりやだからさ。だから、着いて行くしかないんだよね」
「武也は、どうすんだよ……。付き合ってるんだろ。置き去りかよ」
「置き去りじゃ、ないよ、依緒。お前に返すんだよ」
「え……」
「この夏休みは、最高に幸せだった。好きな男と、いっぱいセックスできて。コンドーム五箱で、足りなくなりそうだった」
「くっ……」
「嫉妬した？」
「うるさい……」
「でも、さすがの私でも分かったよ。武也が私に本気じゃないってことは。
だから、私の方が、依緒に嫉妬してたんだよ」
「えっ」
「優しかったよ、武也は。本当に、至れり尽くせりだった。女に生まれて、こんなに嬉しかったことはない。
でも、あいつ、やっばり寂しそうなんだよ。寂しそうなところが、悲しくて、いたたまれなくなって、もっともっと愛おしくなって、辛いんだよ」
「…………」
「でも、ホントは最初から分かってた。武也がどんなに私のことを好きだって言ってくれても、どんなに優しく抱いてくれても、それは嘘だって。
最初の最初っから、それが優しい嘘だって分かってた。
けど、北九州への転校が分かっていたから、ちょっと、お前から武也を借りたんだ」
「借りたって……」
「武也が好きなのは、依緒、お前だけ、だよ。でも、私は、武也との思い出が欲しかった。
どうしても、欲しかったんだ」
あゆみの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「昨日、武也に、別れようって言ったんだ。北九州に引っ越すって。私は寂しがりやだから、遠距離恋愛なんか、できないって」
「あゆみ……」
「そしたら、あいつ、ボロボロ泣き出したんだ。私のことなんか、本当は好きじゃないくせに、ボロボロ、ボロボロ、泣き出すんだよ。愛してる、離れたくない、とか……、言って」
「その通りじゃないのか……。遠恋すりゃ……、良いじゃないかよ」
「でも、あいつ、最後に、�爐覆鵑任世茵△�前までいなくなったら、俺はどうしたら良いんだ�瓩辰董�言ったんだ」
「えっ……」
「あいつ、全然、自分のこと、分かってないんだよ。
今でも、依緒のことが大好きなのに、気持ちを閉じ込めているんだよ」
「そんな……」
「私、武也を借りたことは、謝る気なんてないんだ。
でも、武也を傷つけちゃったことは、謝る。ごめん……。
私は思い出作りができて、依緒に振られた武也をちょっとだけ慰めてやって、一月経てば武也も落ち着いて……。
そしたら依緒に返して、それで上手く行くと思ってたのに、本気で傷つけちゃったよ。あいつが、あんなに繊細で優しかったなんて、知らなかったんだ。
ごめん……。どうしよう……。助けて……。武也を助けてやってよ、依緒……」
「……ふざけるな。ふざけるなよ、あゆみっ」
依緒の目から、悔し涙がこぼれ落ちた。そして、その目が開かれ右手を振りかざす。あゆみは、予測していたように、目を閉じて、頬を差し出した。
だが依緒は、その震える右手をゆっくり下ろし、爪が喰い込む程、握りしめることしかできなかった。
「ごめん、ごめん……、依緒……」
「うるさい……、馬鹿野郎っ……」
どうして、こうなっちゃったんだろう……。
二人は、一メートルの距離で対峙したまま、泣き続けた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
橘あゆみは、転校して行った。
夏休み明けに会った武也の目からは、少年だった頃の天真爛漫な輝きは全く失われていた。
生徒会副会長の貫禄も、消え去っていた。
口数は減り、物憂げな表情が、武也の顔に張り付いた。
水沢に振られて、そして、橘と付き合った挙げ句にフラれた男……、というレッテルは、男子からは羨望と妬みと、ほんの少しの蔑みを買った。
お互いに泣く泣く別れたという噂と、物憂げな表情は、女子からは魅力と受けとめられた。
問題は、武也の成績が下がりに下がったことだった。夏期講習に行くと偽って、夏中、ラヴホの昼のフリータイムに入り浸ってれば、無理もない話だ。
それに、二学期以降、授業中、ノートを取っている雰囲気がない。
どうやって話しかければ良いのか分からず、見守っていた依緒は、心の中で地団駄を踏んだ。ゆっくりと、暖かく見守るなんて、依緒の性分じゃなかった。
�爐△△發Α∋澆瓩浸澆瓩伸�
ある日の放課後、依緒は、武也の帰り道で待ち伏せした。
「よう……。最近、成績が凄く上がった水沢さんじゃないですか」
「おす」
「こんなところで待ち伏せして、何か用か」
「お前、何時まで、うじうじしてるつもりだ」
「放っとけよ」
「あ〜あ、情けないねえ。それがあゆみ程の女を一夏メロメロにした男の成れの果てか。あいつも下らない男に、初めての恋を捧げたもんだな」
「お前、喧嘩売りに来たのか」
「正解。さすが、あたしより賢かった男。まぁ、今はあたしの方が上か」
「俺、もう行くわ。付き合ってらんねえ」
「付き合えよ」
「はあ？」
「せっかく喧嘩売りに来たんだ。勝負に付き合えよ」
「何言ってんだ、お前」
「なあ、武也。お前、修学旅行で、あたしが峰城大付に合格したら、何でも一つだけ命令をきくって、約束したよな」
「それがどうした」
「あたしは、受かるよ」
「そうかよ。何でもきいてやるよ」
「あたしが合格して、お前が落ちたら、お前、行った高校でサッカーやれ」
「……無茶言うな。左足が言うこと聴かねーんだよ」
「そんなこと知るか。お前がどんなに惨めな思いしようが、足首が痛かろうが、千切れようが、お前の男を賭けて、やるんだよ。やらなきゃ、軽蔑してやる。
やって、下らないプレーしたら、それも軽蔑してやる」
「お前なあ……。じゃあ、お前も何か賭けろよ。
俺が合格して、お前が落ちたら、依緒も俺の命令を一つだけきけよ」
�爐茲掘�引っかかった��
「ああ、何でもきいてやるよ」
「本当だな」
「本当だよ。なんだったら」依緒は、一呼吸置いた。
「あたしを、お前の好きにして良い」
武也が、息を飲むのが分かった。
「あたしに、そんな価値があれば、だけどな……」
「その勝負、受けた」
そう言って、武也は去って行った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
そこからの武也の巻き返しは、恐ろしい勢いがあった。
誰も寄せ付けない、オーラが漂っていた。
別に、依緒に恨みを抱いて、めちゃくちゃにしてやりたいとか、そういう訳じゃない。劣情に駆られた訳でもない。
ただ、親友に挑発されて、悔しかった。
依緒が、身体を賭けてまで、自分を合格させようと決心した、そんな思いにさせてしまったことが悔しかった。
何処かで、あゆみのせいにしていた自分を、カッコ悪いと感じた。
二人は、昼食を二人で食べる程ではないが、以前のように語り合うようになった。内容は、もっぱら受験のことだったが……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
峰城大学付属高等部の合格発表の日。
依緒は、自分の番号よりも先に、武也の番号を必死になって探した。
それを、見つけた時、涙が溢れた。
掲示板の前を離れ、放心していると、武也が肩を叩いた。
「よう、おめでとう」
「え……」
「えって、何だよ。お前も受かってたな。おめでとう」
「そうか、あたしも受かってたのか。お前が受かってたのは、知ってたけど」
「なんだ、そりゃ」
「ははは。両方受かっちまったな」
「……勝負はどうする」
「えっと……」どうしよう。
依緒は覚悟を決め、�爐�前の、好きにして良い……�瓩噺世�うとした。その瞬間だった。
「俺は、サッカーはやらないぞ」
�爐┐叩帖牒�
「そ、そう、なのか？」
「一昨日、昨日と、ちょっと蹴ってみたけど、やっぱり無理だわ。まあ、だいぶマシにはなってるんだが」
「そうか……」
また、依緒は少し、寂しい思いがした。
だが、前向きになった武也を感じて、ホッとした。
「だから、俺も命令はしない。これからは、ゆっくり」
�爐�前が俺を好きになってくれるのを待つよ�瓩函�武也が言いかけた瞬間だった。
「また、一緒の学校に通えるな。親友」と、依緒は明るく言った。
�爐阿叩帖牒�
「うん……、そう、だな」
依緒は失敗し、武也は誤解した。
武也は、依緒の無邪気な笑顔と言い方を、自分の男性性を認めていないという意味にとってしまった。
依緒の願いは、武也の願いとぴったり一緒だったのに。
二人は、お互いを親友と言い合う仲に戻った。
だが、武也は、自分の男性性を認めてくれる女を見つけては、それを確認することに没頭した。
依緒が自分の失敗に気がついたのは、それからだった。
依緒は、バスケットに専念した。
武也はまた、必ず依緒の試合を見に行くようになった。そして、やっぱり、好きな女は依緒しかいないと、心の底で確認する。
依緒は、武也が他の女と一緒にいるのは、自分が傷つけたからだと分かっていた。だが、その傷を癒すことができるのは、自分だけだとは気づかない。
だから、自分も次々に傷つきながら、武也のご乱行を黙認した。
何時も一番近くにいるくせに、深い友情を感じて、信頼してるにも関わらず、武也は、依緒の女としての心の動きだけは絶対に信じようとしなかった。
本当に愛してる依緒に、これ以上振られるのが怖かったから。
依緒は、どんなに良い男から告白されても、歯牙にもかけずに断り続けた。
断って、自分の気持ちが整理できるのを待っていた。
本当に、武也を愛しているから。
そのうち、二人の間には、武也の女遍歴の初期トラブルに巻き込まれた、頑固で融通の利かない学年主席が加わることになる。
その学年主席は、ウザい程のおせっかい焼きだったにも関わらず、武也と依緒の間にいながら、二人の恋愛問題だけには、首を突っ込もうとしなかった。
彼は、この物語のややこしさを理解しており、そして、二人の親友になったから。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「それで、そのあゆみって子は、今、どうしてるの」と、千晶は訊いた。
「北九州で、十二歳年上の人と結婚して、二人の子持ち」
「武也くんは……」と、雪菜は問う。
「結婚したことを伝えた時は、ほっとした顔してた」
「ふーん。そっちの問題は残っていないんですね」と、朋は言った。
「どうだか。最近、電話で話した時には、�犧�から考えたら、武也の子供を生みたかった�瓩箸�、ふざけたこと言っていたよ」
「まあ、その気持ち、分からないでもないけど」
かずさは、独り言のように言った。
「かずささん、ややこしいこと言わないでよ」
朋が怒った。
「…………」雪菜が、少し悲しそうな目で見ていた。
「ごめん」かずさは、謝った。
「で、その後は」と、千晶は聞いた。
「もう良いだろ。あたしの話は」
「高等部三年生の冬に、もう一人の親友が二人の美女の間で右往左往するのに付き合わされて、微妙に雰囲気が悪くなって」と、朋が説明する。
「大学に入ってからは、もう一人の親友と、お互いの親友になった片方の美女が続ける冷戦状態を改善するため、介入策の検討に一生懸命になって、進展せず。
まあ、三人に引っ掻き回されっぱなし、という訳です」
「「…………」」雪菜と、かずさは、お互いに目を合わせた後、黙った。
「朋、お前、帰れ」依緒が低く唸った。
「はいはい。遅くなったから、そろそろ帰りましょう」
「依緒……」かずさが、何か言いかける。
「何……。謝罪は受け付けないよ」
「依緒は、部長との友情が壊れるのが怖い……、そういうことなんだよな」
「まあね……。そうかもしれない」
「可愛いね。依緒は」
千晶は、依緒の髪を撫でる。
「馬鹿にすんな」
依緒は、されるがまま、悪態をつく。
「あたし、男性経験は、ほぼ無いに等しいんだけど」と、千晶は、話しだす。
「結ばれる男と女には、愛情の前に友情が必要じゃないかな。そして、友情の前に、尊敬と情愛が無ければならないと思うんだ」
「尊敬と情愛……」かずさが、繰り返す。
「ある妻子持ちが、この前、あたしを口説いたんだけど……」千晶は続けた。
「自分は妻を愛しているが、尊敬はしていないと言ったんだ。だが、君は尊敬に値する、とね。
良い脚本書きで、色っぽい男だったんだけど、一瞬にして冷めたね。
その男の妻への愛は、きっと愛玩動物に対するものと同じだと思う。
そんな愛はクソだ。
あんまりにも腹が立ったから、精神攻撃仕掛けてボロボロにしてやったわ。
あたしは、男と女は対等でなきゃならないと思ってるし、運命で結ばれた二人にとって、まず親友であることは大事なことだよ。
だから、男と女の関係になれば友情が壊れる、なんて無い、とあたしは信じてる。
だから、依緒と飯塚みたいな関係って、羨ましいよ。あたしにはまず、男の友人が少ないからね」
「でも、それでもあたしは怖い。武也が、春希みたいに逃げて行ったらって考えると、本当に怖い。女としてのあたしの本性をさらけ出した時、どん引きしないか、怖いんだよ」と、依緒は言った。
「確かに、怖いよね」と、千晶は言った。
「あたしも今日、変な告白タイムになって、ちょっと怖かったんだよ〜」
「えっ。ごめん。……その、悪かった」
かずさは、謝った。
�爐修Δ�……、千晶程の女でも怖かったのか��
「謝らなくて良いよ。常々あんたの夫にセクハラを仕掛けてるのはこっちだからな」
「……できたら、それは、もう止めてくれ」
「春希はあたしに友情を強く感じてくれてるみたいだから、ぐちゃぐちゃにはならないだろうとは、思ってたけど。
まあでも……」千晶は頭を掻いた。
「年頃の良い女がこれだけ揃ってて、お一人様率と処女率が高いというのは……。極端に友達が少ない、素直じゃない、ややこしい性格の女ばっかり集まってる、ってことに、起因するんだろうな」
「ふん……」朋が小さく鼻を鳴らす。
「勝ち気に見えて、実は小心者の、ね」
「…………」一同、沈黙するしかなかった。
「朋は、好きな人は、いないの？」
かずさは、率直に訊く。
「かずさって、中の人が変わったの？」と、依緒が言う。
「どういう意味？」
「飲み会の席もそうだったけど、率直すぎるよ」
「あたしが率直じゃないと、……逆に色々と人を傷つけてしまうから」
「本当のかずさは、クールビューティじゃないからね」と、雪菜は肯定する。
「現状を見ても、その一番率直な女にしか男がいないんだから、な」と、千晶が言う。
「…………」
所在ないかずさを除いて、一同、また沈黙。
「で、どうなの、朋」依緒が訊く。
「いません。というか、本局のニュースキャスターになるまでは、本気の恋愛はしないと決めていますので」
「とか言って、本当は雪菜が幸せになるまでは、とか思ってんだろ」
「水沢さん……、真剣に怒りますよ」
「つぅ……、図星かよ」
依緒は、失敗した、という顔をして、横目で雪菜を見た。
「困った女達だね……、ふふふ」
千晶は、苦笑するしかなかった。
「そうだね……、困っちゃうね」
雪菜も、天井を見上げて、独り言のように言った。
沈黙が支配する……。
だが、しばらくして、かずさのiPhoneが鳴った。
「……うん。そろそろ終わり。えっ。うん、分かった。
ごめん。春希が迎えに来ると言ってる。もう、着くって」
「じゃあ、お開きにしようか。みんな、今日は、色々ありがとう」
依緒は、立ち上がり、頭を下げた。
「もしも……、もしもだよ。武也が、あたしのことで何か変えようと思ってくれているなら、その時は、あたしも、開き直って、素直になれるように、頑張ってみるよ」
「依緒」雪菜は言った。
「ゆっくりで良いんだよ。武也くんは、もう見失ったりはしない」
「そうだな……。そう思いたい」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「よう、依緒。お前まだ、帰ってなかったのかぁ」
タクシーの奥の席から、武也は依緒に声をかける。
「……武也、お前、酔ってるのか？」
「ウェ〜イ、かなり酔ってるよ〜ん」
「依緒、悪いけど、ここでこいつを引き受けてくれないか」
春希は降りて、代わりに依緒が滑り込む。
「はいはい……、しゃーねーな。武也、お前はあたしと一緒に帰るよ」
「おっ、今日は優しいじゃねーか。うーい、それじゃ、おやすみ〜」
……二人と、千晶、朋を見送った後、春希が前に、かずさと雪菜を後ろに乗せて、タクシーは発車する。
かずさは、何故か目尻に涙を浮かべて、雪菜に頭を預けて寝てしまった。
かずさが可愛い。愛してる。
雪菜は、かずさの頭の重みを右肩に愛おしく感じながら、同時に痛く感じていた。
ゆっくりで良いんだよ……、とは、どの口が喋ったのだろうと、雪菜は思う。
自分の発した言葉の痛みを、雪菜は感じていた。
�爛謄�パキと道順を説明する、わたしの、愛しい人……。こんなに時間が経ったのに、わたしは彼のことを、諦め切れない。
時間薬は、全く効いてくれないじゃない……。
わたしがタクシーを降りたら、彼はこの席に座り、かずさの頭を肩に乗せるのだろう。そして必ず、その額にキスをするだろう……。
やっぱり、まだ、痛いなあ……��
少し醒めたとはいえ、酔った頭で依緒の思い出話を聞いてしまい、感傷的になった雪菜は、涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
タクシーが走り出して、雪菜達の姿が見えなくなると、依緒は武也の肩に頭を乗せた。
「もうちょっと、借りても良いか」
「どうした、今日は、お前らしくない、な」
「やっぱり……。酔ってないのか」
「いや……、酔ってるよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。じゃあ、酔ってるなりに、本当のことを言ってやろうか」
「何だよ」
「……あいつとは、別れたよ」
「え……」依緒は頭を起こして武也を見た。
「嘘だろ」
「これが、嘘じゃねーんだわ」
「…………」
「というか、見事に振られた。
�猊靆蕕�んの本当の心が、あたしに向いてないことは前々から分かっていたの。あたし、もう、そういうのが我慢できなくなったの〜�瓩世辰討機�
「……気持ち悪い裏声出すなよ」
「全く、俺から去って行く女の中で、良い女は皆、同じセリフを残して去っていく」
武也の声が、低く唸った。
「あ、あはは」依緒は、空気が変わったのを感じた。
「だからなあ、依緒。そろそろ俺を、この酔いから覚ましてくれ」
武也の右手が、依緒の左耳に触れ、首筋を抱いた。
「もう十年も味わってきた、この悪酔いから、さ」
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
例の奥の部屋で女五人は、アイス・ティーを飲みながら、しゃべり続けていた。
強過ぎるパンチの代償として、右手の拳と両目を腫らした依緒のことを責めるものはいなかった。
氷で拳を冷やしながら、依緒は「武也の言った、私生活の頑張りって、何なんなんだ」と、独り言ちた。
「うふふ」雪菜は、微笑む。「なんだろう、ね」
「部長は、依緒を好きなんだろ」
かずさは、依緒を見ながら言った。
「頑張るって、そういうことじゃないのか」
「そんなこと、あるワケないだろ」
依緒の目が泳いでいる。
「何故、その……、依緒と部長は付き合わないの？」
かずさは、率直に言う。
「彼女持ちの男と付き合えるワケないだろ。
略奪でもしろっていうのか？」
「……っ」
かずさは、複雑な眼差しになって依緒を睨んだ。
だがすぐ、�爐┐叩�彼女いるのか？�瓩箸いΥ蕕鬚靴拭�
「……だいたい、あいつはあたしのこと、女とは思ってないよ。あたし達は、ただの腐れ縁の、悪友さ」
「そうですかねぇ」
�爐泙浸呂泙辰伸瓩噺世い燭修Δ別椶弔�で、朋は言った。
「さっきだって、結構イチャイチャしてましたよねぇ」
「してないよ」
「でも、あたしにもそう見えた」
かずさは、落ち着きを取り戻して言った。
「だから……」
「えっとね、かずさ」雪菜は言う。
「この二人のややこしさは、その、歴史が長くてね」
「かずささんが、首を突っ込んで良い話じゃありません」
朋は、きつい口調で言った。
「今から二年前、良い所まで行ってた二人の関係が、ぎくしゃくしたのは、あなたが北原さんを奪ったからなんですよ」
「なに……、それ」かずさの声が上擦る。
「朋、お前、それを言うなよ」依緒は、机に突っ伏す。
「そうよ……、朋の馬鹿」雪菜も困った声を出す。
「ううん、かずさは関係ない。あたしと武也の問題だから。かずさと、春希は、関係ない。
だから、ちょっと、もう何も訊かないで……」
依緒は、突っ伏したまま言う。
「嘘、だろ……。何でそんなことになってんだよ……」
「朋ちゃん、教えてあげたら」千晶は言う。
「千晶、焚き付けないで」雪菜は制止しようとする。
「雪菜、あたしは春希とかずさを傷つける気はないよ。
でもね、この件に関しては、春希とかずさは知っておくべきだと思うね。知った上で、どう評価するかは、二人に任せるべきだよ」
「…………」
「飯塚さんは、北原さんと雪菜が再び付き合い始めてから、彼女のとっかえひっかえは、きっぱり止めたんですよ。
……水沢さんと、もう一度、真正面から向き合うために。
でも、あなた達のことがあって、水沢さんは雪菜を、飯塚さんは北原さんを擁護してしまったために、二人の間には、亀裂が入ってしまったんです。
それから、飯塚さんはまた、水沢さんに向き合えなくなったんです」
「……ごめん」かずさは、心から謝った。
「かずさ……、あのね」
突っ伏していた依緒が顔を上げた。
「さっきの千晶の台詞じゃないけど、これはあたしと武也の問題で、あんたは外野なんだよ」
依緒は、かずさを見ずに言う。
「外野じゃ、無いだろ……」
「外野だよ！」依緒は、小さく叫ぶ。
「関係ない、んだよ」
「依緒……」
「あいつが、あたしのことを愛してくれていたのは、良く分かってるんだ。
でも、あたし達にも、色々なことがありすぎて、さ……」
それから、依緒は、断片的に「色々なこと」について話しだした。
同じ頃、�猯磴離弌辞瓩如⊂�し酔った武也が、春希に対して、依緒との思い出を語って、それに浸っていることも知らずに……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
依緒と武也は、同じ中学校からの付き合いだった。どちらが先に名前と顔を覚えたか、なんて、記憶に無い。二人は、一年生から一緒のクラスだった。女子バスケ部に所属していた依緒と、サッカー部に所属していた武也は、土・日の練習でも、時々顔を合わせていた。
昼から土砂降りになってしまった日には、サッカー部は体育館の軒下で、基礎の反復練習をすることがあった。開け放たれた体育館の扉の中で、それ程大きくもないのに、二・三年生に負けず、すばしっこく動き、高く飛び、ズバズバと正確なシュートを決める女の子の姿を見て、武也は、水沢ってスゲーな、と思った。
女子バレー部に体育館を譲らなければならない日曜の午後は、逆に女バレが体育館周辺で基礎練習をする。ある日、グラウンドでサッカー部が練習試合をしていた。一・二年生選抜の中でセンターミッドフィルダーをやって、誰よりも速く、多く走り、大きな声を出して指示し、三年生のレギュラーを相手に物怖じせず、中盤で巧妙にボールを奪い、前線に絶妙のキラーパスを送る小さい男の子の姿を見て、依緒は、飯塚って凄いな、と思った。
そんな二人が、どちらから先に声をかけて、気軽に話をするようになったのか、お互いに記憶はない。気がつけば、二人は気軽に馬鹿話をするようになって、それが広がり、女子バスケ部とサッカー部の一年生が仲良くなり、何人かで遊んだり、遊びに行ったり、誕生日会をやったり、するようになっていた。
そして、何時もその中心には、武也と依緒がいた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
二人がお互いを微妙に意識し始めたのは、一年生の夏休み、男女合わせて十人で、奥多摩納涼花火大会に行った時だ。
御宿から一時間半余の遠出にも関わらず、参加者全員が親に「他に付き添いがいる」と嘘をついた。子供だけの、少し背伸びした遠征だった。
駅で待っていた武也は、浴衣姿の依緒を見て、驚いた。
紺色の地に、紙風船が舞っていた。
「どうしたん、その格好」
「お母さんが、着ていけって、うるさくて……。こんな動きにくい服、本当は嫌だったんだ。それに、暑いしさあ、似合わないだろ」
「似合わない訳じゃないけど……」
「そうか？」依緒は笑って、武也の前で回ってみせた。
�爐�、可愛いなぁ……��
息を飲んだ武也は、横を向き、「やっぱり、似合わねえ」と言ってしまった。
「飯塚、酷いじゃない」「よく似合ってるよ〜、依緒〜。飯塚の馬鹿」と他の女子が非難した。
「水沢って、実は可愛いのか」と他の男子が武也にこっそり言う。
「うちのクラスじゃ、可愛い方じゃねえの」他の男子も言う。
�爐い筺�中学で一番可愛いだろう�瓩班靆蕕鰐�かに思っていた。だが、特定の女子に、そんなことを思ったのは、初めてだった。
さて、背伸びしたのは良いが、悪ガキどもが引率者不在で、統一した行動をするのは、絶対に無理があるわけで、誰かがはぐれることになる。
武也は、屋台を冷やかしてはバラバラになりそうな連中をまとめて、何とか見物スポットの小学校の校庭まで連れて来た。
だが、依緒がいない。そういえば、もじもじして、遅れがちだった。
何時もしっかりしてるから、放ったらかしにしていた。
女子達のことは依緒の友達に任せ、男子連中には勝手に動くなよと言いつけて、武也は依緒を探しに行く。
そういえば、途中で寄った奥氷川神社まではいた。武也は探しながら、そこまで戻る。
そして、境内をうろうろと探しまわり、しゃがみこんでる依緒を見つけた。
「水沢、どうしたんだ」
びくっとして、依緒は武也を見上げた。
「近寄るな……」
「近寄るな、って」
「飯塚ぁ、どうしよう。浴衣がぐちゃぐちゃになって直せないんだよ」
よく見ると、肩口からブラジャーの肩ひもが見えかけていた。
「俺、誰か直せそうな女の人を捜してくる。と、とりあえず襟を直せ」
「うん……、頼む……」
「ここを動くなよ」
そして、武也は浴衣をキレイに着こなした、中年の女性を連れてくる。
「あらあら、可哀想に。ぐちぐちゃになっちゃったわね。
でも、すぐ直せるから、泣かないで。お兄ちゃんは、男の子が来ないか見張ってて」
帯を外し、自分の肩にかけて、さっと直して行く女の人。
「このお腹に巻いたタオル、動かしちゃだめよ。それから、暑くても襟は絶対開けちゃだめ。またぐちゃぐちゃになっちゃうからね」
「すみません……」半泣きの依緒が言った。
武也は、言われた通り周囲を警戒しながら、盗み見てしまった。
灯籠の淡く赤っぽい光の中で見えた、依緒の首筋と、ブラジャーの肩ひも。
この前、プールに遊びに行って、私用の水着姿を見た時は何とも思わなかったのに、武也の顔は熱くなった。
「さて、出来た。お兄ちゃん、人が多いから、彼女が人にぶつかって、また浴衣が乱れちゃわないようにしてあげてね」
「ありがとうございました」
「可愛いアベックのお手伝いができて嬉しかったわ。はい、おててをつないでね」
アベックって、死語だよ……、と思いつつ、二人は言われるまま手をつないだ。
「じゃあ、行こうか」武也は、優しく依緒の手を引いた。
「似合わないもん着て来たから、迷惑かけちまったな」
「気にすんな。それに、ホントは凄く似合ってるから、い、良いんだよ」武也はぶっきらぼうに言った。
依緒は、「ありがと」と言って、笑った。
みんなの元に戻った時、悪友どもに囃し立てられたのは言うまでもないが、強く否定する依緒の剣幕に押されて、その場は収まった。
花火は、とてもキレイだった。ただ、二人は、離してしまった方の手が、何となく手持ち無沙汰で、ちょっと寂しい思いをした。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
その後、時間が合う時は、お互いの試合を応援に行ったり、文化祭の実行委員会で意見が食い違って激しい言い合いになったり、運動会で無駄に張り合ったり、クリスマス会で馬鹿騒ぎして友達の家の調度品を壊して怒られたりしながら、信頼できる親友になっていった。
二人が名字ではなく、お互いに名前で呼び合うようになったのは、クリスマス会でやった「王様ゲーム」（命令内容は、会場を提供してくれた大人の検閲済み）で命令されたからだ。
二年生でも同じクラスになった二人は、相変わらず仲良く遊んでいた。男女が二人で遊んでいたらすぐに囃し立て、噂にしてしまうお馬鹿なお年頃ではあったが、依緒と武也にそんな雰囲気はなく、周囲公認の親友になっていた。
休み時間には二人で話をしているし、昼飯は一緒に食ってるし……。傍目からはラヴラヴのカップルに見えても、話している内容を聞いてみればスポーツか、ロックか、お笑いの話題ばかり……。
一方、部活では、武也と依緒は、二人とも三年生を押し退けてレギュラーに名を連ねていた。二人は春の大会で大活躍し、チームの中心メンバーとして将来を期待された。
だが八月、高円宮杯の予選で、武也に不幸が襲った。
相手選手の暴力的なスライディングで激突された際、軸足の左足首を骨折、捻挫してしまったのだ。
秋一杯、治療に専念した。だが、冬になり、練習に復帰しても、長く動かしていると怠くなって踏ん張りが利かなくなる症状が改善されなかった。
数か月努力した結果、武也はすっぱりサッカーを辞めた。
そして、親に言われたことではあったが、峰城大学付属を目指して、勉強に専念することに決めた。
依緒は、グラウンドを思いっきり駆け回る武也の姿が見れなくなって、とても悲しい思いをした。今でも激突したシーンを思い出すと胸が痛む。
サッカーを辞めてしまった武也と、サッカー部の仲間達は、少しずつ疎遠になっていった。それはやっぱり、武也がサッカーに未練があったから、遠ざけてしまったのかもしれない。
一方で、帰宅部生になっても、武也は、無理をしなければスポーツは何でもこなせたし、人を魅了する明るい性格はそのままで、新しい友好関係を少しずつ広げているようにも見えた。そして、周囲が驚く程成績が上がると同時に、二年生の秋から担っていた生徒会副会長の役が板に付いてきた。
依緒には、生徒会でテキパキ仕事をこなす武也が、自分の知っている武也とは違って見えて、眩しかった。
……だが、依緒はそれが恋だは思わなかった。
武也は、依緒の公式戦を必ず見に行った。依緒はやっぱり、誰よりも俊敏で、誰よりも高く飛び、誰よりもシュートを決める。三年の春季大会ではキャプテンを務め、チームの司令塔兼ダントツのポイントゲッターだった。
他の誰も、目に入らない。依緒の動きの美しさ、シュートを決めた後のクールな顔は、武也の心を捉えて離さなかった。
何時からだろう、それを恋だと気づいたのは……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
武也が引退した後、一緒に遊び続けていたのは、依緒だけではなかった。女子バスケ部の副キャプテン、橘あゆみが時折含まれていた。
あゆみは、中学一年生の頃から、依緒とレギュラーを争う程の実力だった。だが……。
「依緒は良いなあ……、スレンダーで、まるで豹みたいに機敏で。私は、体が重くって、思うように動かないよ。あーあ、中二の春に戻りたい。あの頃が一番良かった」
「お前、最近そればっかりだな」
「背を伸ばそうとして、あんなに牛乳飲まなきゃ良かった。確かに背も伸びたけど、これに付いちゃう方が多い」
あゆみはそう言って、胸を押さえた。
「あゆみの背の高さは、大きな武器だよ」
「プレースタイルを急に変えるのは難しいよ。それに、最近はホントに入ってくれないんだよね。あ〜あ、胸って、バスケやるにはホントに邪魔だわ」
「…………」武也は、言うことに困る。
「自分がこんなに太りやすいとは思わなかったな」
「いや、太ってるわけじゃないけど……」
依緒も、言うことに困る。
二次成長は、あゆみを「あまりにも女性的な身体」に作り替えてしまった。一年生の頃、猫のような可愛らしい顔をして、快活でしなやかな機敏さを持っていた依緒のライバルは、思春期の男子であれば絶対に見過ごすことができない、美しい女に変わっていった。
だが、その代償は、新チームのレギュラーからの陥落だった。
そして、その身体の変化は、彼女の心も変えてしまった。
……三年生になる前の春休み、依緒は、家に泊まりに来たあゆみから、武也への恋心を告白された。
「私、依緒と飯塚は、そのうち付き合うんだと思っていたけれど、それは、本当に、無い話なの？」
「あいつは親友だけど、男としては、見てないよ」
「本当に？」
「しつこいな……。本当だよ」
「飯塚はどうなの。依緒は、告白とかされてないの」
「されてないよ」依緒は笑った。
「というか、あいつって、あゆみみたいなタイプの方が好きなんじゃないかな。あたしは……、その……、あまり恵まれてないからな」
「そうなのかな」
「絶対そうだよ」
�燹帖弔覆鵑世蹐Α△海琉穗卒境�
「私、夏までには、告白しようと思ってるんだ。……できれば、修学旅行までには」
「頑張れよ。あ、あたしは二人のこと、応援するよ」
�燹帖弔覆鵑覆鵑世蹐Α�少し吐き気がする��
その日以来、依緒は、逆に武也を男として意識するようになった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
それから何度か、あゆみと依緒による画策があった。というよりは、三人で遊びに行く約束の日に、依緒がすっぽかしたり、早く帰ったりという、幼稚な方法だった。
あゆみは、何回か決定的なチャンスを得たにも関わらず、武也への告白に至らなかった。
バスケの調子と同じように、シュートできなかった。
何度かされれば、武也だって、違和感に気づく。
修学旅行を控えた、ある日、クラブ活動を終えた依緒が、必ずあゆみと分かれる帰路の先で、武也は依緒を待ち伏せした。
「びっくりしたぁ。何だよお前は」
「ちょっと、訊きたいことがことがあってな」
「学校で訊けば良いだろ」
「簡単な話じゃないと思ったから……」
「何だよ……」
「お前、俺に何か怒ってるのか」
「怒るって、何を」
「だから、最近、お前、俺のこと避けてるだろ」
「そんなこと、ないよ」
「昼飯も一緒に食わないし」
「あれは、だって、お母さんがお弁当、作ってくれないから」
「お前のお母さん、最近、お前の昼食がパンばっかりだから、あれで元気にやってるのか不安だって、俺に電話かけて来たんだぞ。前みたいに、早弁用のおにぎりと、弁当を持って行くように言ってくれって、頼まれたんだ」
「お母さんめ……」
依緒は、購買部にパンを買いに行くことを口実に、武也と昼食を共にすることを避けていた。
「何に怒ってるのか言ってくれよ」
「怒ってないよ」
「本当か？」
「本当だよ……」
�猊靆蕁△△罎澆竜せ�ちに、全然気づいてないの？��
「ただ、お前は男子だし、あたしは女子だから、二人で飯を食うのは、やっぱり止めといた方が良いかなって、そう思っただけだ」
�爐修Δ�、気づいてないんだ。こいつは、あたしとのことしか、心配してないんだ��
依緒は、嬉しく感じた。
「何を女みたいなこと言ってるんだ。
俺と、お前だぞ……」
武也は、横を向いて、不貞腐れたように言った。
「そうだな……、ごめん」
依緒は、何時の間にか自分を追い抜いて上にある、武也の横顔を見上げながら、言った。
「修学旅行の班だって、一緒なんだから、楽しくやろうぜ」
「ああ、悪い悪い。そうだな、細かいこと考えずに楽しもう」
「うん」
「なあ、うち来いよ。お母さんに、ご飯出してもらうよ」
それから、武也は依緒の家に行き、夕食を食べて、馬鹿話をして帰った。
次から次へと学校の面白い話をして、自分の母親を笑わせる武也を見て、依緒は�爐海い帖△海鵑覆暴�あしらいが上手かったか？�瓩隼廚辰拭�
武也が帰った後、依緒は、風呂に入って、ちょっと泣いた。何故、涙が出たのか分からない。
�牴兇函△�前だぞ……��
その声が、とても優しく響いたからかもしれない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
そして、修学旅行の日。
行き先は、奈良、京都。一行は新幹線に揺られ、京都駅に到着。そこで組毎に分かれて、奈良に向かった。依緒と武也のいる五組は、薬師寺、法隆寺、石舞台古墳を回るコースだった。そのまま橿原市内で宿泊。
二日目は、朝から一日中、班別自由行動だった。
依緒と武也の班は、武也のプランニング通り、興福寺に行って阿修羅像を見た後、東大寺の大仏をすっ飛ばして京都に行き、京都駅で昼食を食らった後、バスに乗って三十三間堂に向かい、国宝・千手観音坐像と、重文・千体千手観音立像を見て圧倒された。その後、歩いて清水寺まで行った。
清水の舞台からの絶景を見ながら、依緒は、「なあ、武也。確かに、お前の案内は見所満載の凝縮したプランだと思うけど、あたし、もう寺とか仏像とかは、飽きたよ〜」と、依緒は悲鳴を上げたが、それは、武也以外の班員の気持ちの代弁だった。
「何言ってんだよ、お前ら。奈良、京都にはなあ、寺と仏像以外に、見るべきものは無いんだよ。今、集中して見ておいた方が、人生として効率的だ」
「じゃあ、頼むから、ちょっと、あたしの知ってるところに連れてってくれ。そうだな、寺なら本能寺とかさあ」
「行きたいか」
「行きたい行きたい」
「秀吉の妻、ねねが愛した庭のある、圓徳院に寄る予定だったんだけどなあ。」
「本能寺で信長に会おうぜ」
「じゃ、三年坂から祇園の八坂神社に抜けて、そこから歩いて本能寺に向かうか」
だが、それは町中の小さな寺で、京都三大がっかりの一つだった。
依緒及び班員の疲れがどっと押し寄せたことは言うまでもない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「ふぅー」夕食の後、依緒は大浴場でため息をついた。慣れない場所での行動は疲れる。
だが、武也の解説は悪くなかった。機転の利いた話の仕方に、武也のサッカーのプレースタイルと共通するものがあると感じる。
ぼんやりと湯船に浸かって、思い出を反芻していると、橘あゆみが入ってきた。
「おす」「……おす」
「あゆみは、何処回ったの？」
「朝から京都に来て、三十三間堂、清水寺、知恩院、平安神宮……」
「お前んとこも寺ばっかか。それに、微妙に被ってるな」
「そうかあ。被ってたんなら、飯塚に会いたかったな」
「…………」
揺れる水面の下に漂う、あゆみの豊満な胸と、桜色の可憐な乳首……。
依緒は、見とれてしまう。それに引き換え、自分は筋肉質で、貧弱で……。
「最近、また一緒にお昼、食べてるんだって？」
「えっ、ああ」
「なんで」
「なんでって……、急に余所余所しくすると、武也が変に気を使うんだよ」
「ふーん。そうか……、そうかもね。分かった」
「心配すんな」
「あーあ、私ってダメだなぁ。旅行前に告白しとけば良かったなぁ」
「焦らなくても、良くないか？」
依緒は、あゆみを見ずに言う。
「そう言う訳にも、行かないんだ……。先、上がるね」
すっくと立ち去って行く、あゆみの背中。姿勢が良くて、ウェストは程よく締まっている。けれど、すばしっこい動きには、不向きそうなお尻と腿。
でも、美しい……。
�爐△燭靴�もしも、あゆみみたいな女で、バスケから距離を取っていたら、あたしは……��
「はは、はは」
�牴燭鮃佑┐討襪鵑世蹇△△燭掘帖帖�
そんな妄想、したって意味ないじゃん��
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「飯塚、前から訊きたかったんだけど、お前、本当に水沢とは付き合ってないのか？」「俺も気になってた」「俺も俺も」
寝る前の馬鹿騒ぎが一段落した消灯後、武也は質問攻めにされた。
「付き合ってないよ。俺等は中一以来の腐れ縁で、親友。それだけだよ」
武也は最近、この質問が多いことにうんざりしていた。
「じゃあ、俺、水沢に告白していいか」
男バスの準レギュラーが言った。結構、女子に人気がある男だ。
「勝手にしろ……。だが、あまり推薦しないぞ」
なんで、こんなに依緒のファンが多いんだよ。
俺にどうしろっていうんだよ……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
翌日は、また班別自由行動。武也と依緒の班は、金閣寺から出発して、右京区の世界遺産三か所の寺院を中心に回る予定だった。
しかし、龍安寺を出たところで、皆が太秦映画村に行きたいと言い出した。
「飯塚がしっかり計画してくれたのはありがたいんだけど、その、やっぱり、寺ばっかりはしんどいな、と」
「俺が悪かった。しゃーねーな。俺も太秦に行くよ」
「いいよいいよ。依緒を置いてくから、二人で行っといでよ」
「そうそう。ひょっとしたら、友達関係から発展できるかもよ」
「なっ、何言ってんのお前ら」
「じゃ、そういうことだから。集合は携帯で連絡するから〜」
武也と依緒を残して、他の班員は京福電鉄北野線に乗る。
「どうする？」
「ま、あたしは武也に付き合うよ。お前が言うように、大人になっても、これ程、集中してお寺参りできるかどうか、分かんないしさ」
「じゃあ、まず飯でも食うか。……近くにデカくて美味いお好み焼き屋がある」
「よく調べてあるな。行こう！」
それから武也は、店の名の通りのジャンボなお好み焼きが、依緒に平らげられるのを見て、感動していた。
その細身の身体の何処に入るのかと心配になる勢いだった。でも、こいつの、よく食べる所、好きかもしれない。
きっと抱きしめたら、熱い身体なんだろうと思う……。
「美味かった〜」
「前歯に青のり付いてるから、……トイレでウガイしてこい」
「お、おう」
二人は、妙心寺をちょっと見た後、蓮華寺に向かう。
「石像が五体あってな。智恵、学業の守護尊だそうだ」
「ちょうど良いじゃないか。お前の受験のお祈りでもしよう」
「……そのことなんだけど、依緒」
「ん、どうした」
「お前も、峰城大付、目指さないか」
「あっははは。あたしの成績で行けるわけないだろ」
「お前、集中力あるからさ、今からでも遅くないよ」
「無理無理」�猝詰�だよ、そんなの。
でも……。本当は高校も一緒の方が良い。
武也は、あたしの親友だから……��
「でも、そうだなあ、受かったら、何でも一つだけ命令をきいてくれるって言うんなら、受験してやっても良い」
「言ったな。もちろん、何でもきいてやるよ。受けろよ」
「本当、だな」依緒の顔つきが真剣になる。
「……本当、さ」�爐匹Δ靴燭辰童世Δ鵑澄���
「よし。考えてみる」
それから、二人は少し黙る。そして……。
「……なあ、依緒は誰かに告白されたりしないのか」
「えと」依緒はまごつく。「そうだな……」
「どうなんだ？」
「何人か、告白された、ことはある」
「ふーん」
「変った趣味の男も、あんがい多いもんだ」
「自分で言うなよ。……その、付き合ったり、しないのか」
「あっははは。あたしはバスケに夢中。バスケより、良い男なんていないよ。
だから、全部断った。
それに、彼氏なんか出来たら、武也と遊べなくなっちゃうじゃん。
……って、えーと」依緒の目が泳ぐ。
「…………」
二人は、蓮華寺の門に着く。
入ろうとすると、橘あゆみが出て来た。
「依緒……、飯塚……」
「あゆみ……」
「橘……」
「どうして、二人きり、なの？」
「どうしてって……」
「くっ」あゆみが走って去って行く。あっけにとられる、あゆみの班員たち。
「あいつ、どうしたんだ……。って、依緒、大丈夫か？」
「あちゃー」依緒は、しゃがみ込んで、困ってしまう。
……武也は本当に、何が何だか分からない。
依緒も、自分の心が、分からない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
三日目の夕食と入浴を終えた後、武也は、依緒に「橘のこととかで、改めて話があるから、会えないか」とメールした。
分かった、と返事し、二人になれそうな場所を探したが、他のカップルで塞がっていた。
「仕方ない。うちの部屋に来いよ。今、他の連中、男子の部屋に行ってるから、当分帰ってこないよ」
「そうだな」
二人は、依緒の班の女子部屋へ向かう。
「……しかし、何だかとっ散らかってるな。ホントに女子の部屋か」
「うるさい。女子なんて、こんなもんだよ」
「勉強になったよ」
「……話って何だ」
「今日の橘の反応だけど。今さっき、思ったんだけど、あれは、この前からのお前と橘の、変な行動と関係あるんだろ」
「…………」
「どうなんだ」
「あたしの口から言うことじゃないよ。あゆみに訊けばいいじゃん」
「あいつに訊きたくないんだよ」
「なんで」
「なんで、って……。お前のいない場所で、あいつから�牴燭��瓩鯤垢�たくないんだよ」
「えっと、それどういう……。あっ、ヤバいかも」
「どうした」
「〇〇の馬鹿声が聞こえる」
「えっ」
「どうして、こんなに早く……。っていうか、隠れろ」
「ええっ」
依緒は、武也の手首を掴んで、押し入れに押し込む。
「い、依緒っ」
「静かに。多分、すぐ出て行くから」
何故か依緒も中に入り、押し入れの引き戸を閉める。
がやがやと、女子三人が帰って来た。
「あれ、依緒、いないじゃん」
「ホントだ。不用心だね〜」
「しかし、まいったなあ。抜き打ちで先生が見回りに来るとはなあ」
「また後で連絡取ってみよう。うちは、結構、野放しの校風だから」
「そうだな〜」と言って、誰かがテレビを付けた。
騒がしい室内に比べ、押し入れは、窮屈で、暑く、湿っていた……。
依緒と武也は、ぴったりと肩を寄せ合い、三角座りをして、息を殺していた。
（やばいな。すぐに出かける雰囲気ないじゃないか……）
依緒が、武也の耳元で囁く。
今まで知らなかった、依緒の優しい薫りが武也の鼻をくすぐり、優しい声が耳をくすぐった。
「依緒は、どこ行ったんだ」
「さあ、案外、飯塚と一緒じゃない？」
（ぐっ）二人の喉が鳴った。
「そういや、今日の午後、二人っきりで回ってたんだって」
「そうそう。目撃情報あり」
「依緒は、飯塚のこと、どう思ってるんだろうね」
「どうって、そりゃ、恋してるでしょ〜」
えっ。武也は、依緒の横顔を見る。
隙間から漏れる薄明かりの中で、依緒の横顔が俯く。
「でも、あいつ等の話してる内容聞いてたら、全く色気ないじゃん」
「ふふーん。□□もまだまだだね。話の中身はアレだけど、時々、依緒が飯塚の横顔盗み見ている時の目なんて、恋する女の目じゃないか」
（ちっ。あ、あの三人、いい加減なことを）
（…………）
「でも、飯塚と付き合ってる訳じゃないって、いっつも宣言してるじゃん」
「あれは、自分で自分の恋心に気がついてないだけじゃない？」
「そうなんだ〜」
「そういえば、飯塚はどうなの」
「同じだよ。依緒を見る目がラヴラヴ」
「え〜。……そうなんだ」
「そうなんだよ、ねぇ」「……うん」
誰かがため息をつき、女子どもは、少し声のトーンを落とす。
「飯塚ってさ、鈍いよね？」
「そうそう。四組の橘がさあ、バリバリに好き好きオーラ全開で出してるのに、飯塚って全く気づかないのな」
（えっ）
（しー）
（今の話、本当なのか）
（…………）
（依緒……）
（くそ……。ああ、そう、だよ）
（お前、橘の気持ち知ってたのか。それであんなことしてたのか）
（友達だから……。協力してくれって、言われたから）
（お前なっ。お前はそれで良いのかよ）
（良いも悪いも、友達の想いには、協力するだろ）
（お前、俺の気持ち考えたことあるのか）
（…………）
（それに、お前は、どうなんだよ。依緒は、俺のこと、どう思ってるんだよ）
（どうって……）
横を向いて俯いている女の子は、今まで見たことがないくらい、しおらしく、可愛らしく見えた。
（あのな）武也は、軽く深呼吸した。それから、横を向いている、依緒の耳に囁く。
（俺は、お前のこと、好きだ）
（えっ……）依緒は、武也の顔を凝視した。
二人の顔の距離は、かなり近かった。
（ずっとずっと、大好きだったんだよ）
そして、武也は、そっと依緒の手を握った。
（ずっと前から、お前のことばっかり気になってた。
けれど、お前がバスケに集中していたから、俺は、引退するのを待ってた。
でも、俺の周りに、お前を好きだという奴らが多くて。俺、もう、待ってられないんだ。心配で、仕方ないんだよ）
（えっと……）
（大好きだ。だから、俺とつきあってくれ）
（武也……）
�犂鬚靴ぁ帖帖�
え、嬉しいのか、あたしは？
でも……、でもっ。
あゆみを、裏切るのか？
あたしは、武也を、好きなのか？
友達じゃなくて、恋人どうし、になるのか？
なれる、のか？
キスしたり、……したり、するのか？
恋人になって、結局、気が合わなかったら、別れたりするのか？
そしたら、武也と、友達じゃ、なくなったりするのか？
あゆみとも、武也とも、友達じゃ、なくなるのか？��
（依緒……）手を握る、武也の力が強くなる。
混乱した依緒の中で、何かが切れた。
「あははははははははは」
「依緒！」
「何言ってんだよ、武也！
あたしとお前は親友だよ！
でも、あたしにとって、お前は何時までたっても、初めて会った頃のちっちゃな飯塚くんなんだよ。
どうしても、男とは思えないんだ。付き合うとか、そういう対象として考えるなんて、無理。無理無理無理。
ごめん、勘弁してくれ。
あはははは、あは、あはははは」
女子どもが、押し入れの戸を開けた。
そこには、顔をくしゃくしゃにして馬鹿笑いしていた哀れな女の子と、プライドをズタズタに傷つけられて放心状態の男の子が座っていた。
「依緒……、何してんの……」
「ああ、ごめんごめん。押し入れの中は暑いわ。あたし、飲み物買ってくる」
そう言って、依緒は、ガサガサと財布を探し出し、部屋を出て行く。
押し入れに、一人残された武也は、すごすごと出てきた。
「ごめん……。邪魔、したな」武也は、両手をついて、謝る。
「飯塚……」
「付き合うって、何？」
「ひょっとして、依緒に告白したの？」
「…………。ごめん」
「えっ。いいよいいよ。ちょっとびっくりしたけど、気にしないで」
「ていうか、依緒のやつ、酷いなぁ……」
「ホ、ホントだよね」
「ねえ、飯塚。私、あんたを好きなんだよ。私じゃ、だめかな」
えっ。武也は、顔を上げる。
「えっ、〇〇も飯塚狙い？」
「も、って、何だよ。ひょっして、お前もかよ」
「そうだよ。依緒に遠慮して黙ってたけど」
「ちょっと待って、私も飯塚のこと好きなのよ」
「えっ、お前もか」
「って、三人ともなの……。マジで……」
顔を見合わせる女子ども。
「どうなの……、飯塚？」「私、慰めてあげるよ？」「えっと、私、も……」
「ごめん」武也は、立ち上がる。
「ありがとう。でも、ごめん」
そして、早足に出て行った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
修学旅行最終日は、銀閣寺から哲学の道を抜けて、永観堂、南禅寺を通って、蹴上のインクラインまで歩くコース。
武也は朝から、明らかにおかしな明るさを身にまとっていた。
朝食の時には、依緒が武也を振った話は、かなり広まっていた。
武也は男子と行動し、依緒には一切、近寄ってこなかった。
依緒は、一人で行動していた。
南禅寺で、依緒は、橘あゆみに声をかけられた。
そして、二人きりになったとたん、頬を張られた。
「お前、武也に酷いこと、言ったんだってな」
「…………」
「武也が、お前を好きだったことなんて、私は知ってたよ」
依緒は、あゆみを睨んだ。
「睨むくらいなら、……どうして応えてやらなかったんだよ。私に、気を使ったのか」
「噂の通りだよ。あたしは、武也とは付き合えない」
「ああ、そうかよ。分かった。武也は、絶対に私のものにするからね。
それから、私と依緒は、今限り、絶交だよ」
「…………」
「用件はそれだけ。じゃあ、バイバイ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
修学旅行から帰ってすぐ、橘あゆみは女子バスケ部を辞めた。
依緒と武也は、クラスで、全く話さなくなった。武也は、依緒と修学旅行で同室だった女子達と、馬鹿な話ばかりしてた。
依緒にはそれが、我慢できない雑音に聴こえた。
そして、期末試験が終わり、夏休みが始まる前、依緒は、武也があゆみと付き合っているという噂を聞いた。
最後の夏季選手権大会で、依緒はキャプテンとして奮闘したが、周りがついて来なかった。
橘あゆみが、副キャプテンとして、どれだけチームを陰で支えていたのか。
依緒がリーダーシップだと思ってきたものは、あゆみの包容力がなくては、空虚な空元気に過ぎないということが、依緒の胸に苦く刻まれた。
結果は、期待外れの三回戦敗退……。
武也は、試合を、見に来なかった……。
大会に敗退した後、依緒は、申し込んでいた塾の夏期講習に通いだした。
夏休み中、一心不乱に、勉強に打ち込んだ。毎日、朝起きてから、疲れ果てて眠れるようになるまで。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
夏休みも終わろうとした頃、依緒に、あゆみから会いたいというメールがあった。
無視した。すると一時間置きに同じ文面のメールが来た。
放置しておくと、ひっきりなしに電話がかかって来た。
電源を切って無視した。
その日の夕食の後、また勉強に集中していると、母親から呼ばれた。
「電話よ。塾の先生から……」
「お電話、代わりました」
「おす」
「あゆ、み……」依緒は、受話器を置こうとする。
「待てって」
「…………」
「ちょっとだけ、で良い。ちょっとだけ、会えないかな」
「絶交するって、言ったのは、お前だろ……」
「ごめん。ちょっとだけ、回復してよ。頼む」
「……何処に、行けば良いんだ？」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「ごめんな」
依緒の家の近くの公園で、その美しい女は待っていた。
夏休み前とは、比べ物にならないくらい、あゆみは美しくなっていた。
「この公園、蚊が多いな」
「蚊取り線香、持って来たよ……」
「気が利くな」
「……用件は、何」
「私、転校するんだよ。北九州市な」
「えっ」
「親父が、仕事で下手打って飛ばされた」
「何だよ、それ……」
「仕方ないよ……。うちの馬鹿親父は、世渡りが下手だから。それに、寂しがりやだからさ。だから、着いて行くしかないんだよね」
「武也は、どうすんだよ……。付き合ってるんだろ。置き去りかよ」
「置き去りじゃ、ないよ、依緒。お前に返すんだよ」
「え……」
「この夏休みは、最高に幸せだった。好きな男と、いっぱいセックスできて。コンドーム五箱で、足りなくなりそうだった」
「くっ……」
「嫉妬した？」
「うるさい……」
「でも、さすがの私でも分かったよ。武也が私に本気じゃないってことは。
だから、私の方が、依緒に嫉妬してたんだよ」
「えっ」
「優しかったよ、武也は。本当に、至れり尽くせりだった。女に生まれて、こんなに嬉しかったことはない。
でも、あいつ、やっばり寂しそうなんだよ。寂しそうなところが、悲しくて、いたたまれなくなって、もっともっと愛おしくなって、辛いんだよ」
「…………」
「でも、ホントは最初から分かってた。武也がどんなに私のことを好きだって言ってくれても、どんなに優しく抱いてくれても、それは嘘だって。
最初の最初っから、それが優しい嘘だって分かってた。
けど、北九州への転校が分かっていたから、ちょっと、お前から武也を借りたんだ」
「借りたって……」
「武也が好きなのは、依緒、お前だけ、だよ。でも、私は、武也との思い出が欲しかった。
どうしても、欲しかったんだ」
あゆみの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「昨日、武也に、別れようって言ったんだ。北九州に引っ越すって。私は寂しがりやだから、遠距離恋愛なんか、できないって」
「あゆみ……」
「そしたら、あいつ、ボロボロ泣き出したんだ。私のことなんか、本当は好きじゃないくせに、ボロボロ、ボロボロ、泣き出すんだよ。愛してる、離れたくない、とか……、言って」
「その通りじゃないのか……。遠恋すりゃ……、良いじゃないかよ」
「でも、あいつ、最後に、�爐覆鵑任世茵△�前までいなくなったら、俺はどうしたら良いんだ�瓩辰董�言ったんだ」
「えっ……」
「あいつ、全然、自分のこと、分かってないんだよ。
今でも、依緒のことが大好きなのに、気持ちを閉じ込めているんだよ」
「そんな……」
「私、武也を借りたことは、謝る気なんてないんだ。
でも、武也を傷つけちゃったことは、謝る。ごめん……。
私は思い出作りができて、依緒に振られた武也をちょっとだけ慰めてやって、一月経てば武也も落ち着いて……。
そしたら依緒に返して、それで上手く行くと思ってたのに、本気で傷つけちゃったよ。あいつが、あんなに繊細で優しかったなんて、知らなかったんだ。
ごめん……。どうしよう……。助けて……。武也を助けてやってよ、依緒……」
「……ふざけるな。ふざけるなよ、あゆみっ」
依緒の目から、悔し涙がこぼれ落ちた。そして、その目が開かれ右手を振りかざす。あゆみは、予測していたように、目を閉じて、頬を差し出した。
だが依緒は、その震える右手をゆっくり下ろし、爪が喰い込む程、握りしめることしかできなかった。
「ごめん、ごめん……、依緒……」
「うるさい……、馬鹿野郎っ……」
どうして、こうなっちゃったんだろう……。
二人は、一メートルの距離で対峙したまま、泣き続けた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
橘あゆみは、転校して行った。
夏休み明けに会った武也の目からは、少年だった頃の天真爛漫な輝きは全く失われていた。
生徒会副会長の貫禄も、消え去っていた。
口数は減り、物憂げな表情が、武也の顔に張り付いた。
水沢に振られて、そして、橘と付き合った挙げ句にフラれた男……、というレッテルは、男子からは羨望と妬みと、ほんの少しの蔑みを買った。
お互いに泣く泣く別れたという噂と、物憂げな表情は、女子からは魅力と受けとめられた。
問題は、武也の成績が下がりに下がったことだった。夏期講習に行くと偽って、夏中、ラヴホの昼のフリータイムに入り浸ってれば、無理もない話だ。
それに、二学期以降、授業中、ノートを取っている雰囲気がない。
どうやって話しかければ良いのか分からず、見守っていた依緒は、心の中で地団駄を踏んだ。ゆっくりと、暖かく見守るなんて、依緒の性分じゃなかった。
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ある日の放課後、依緒は、武也の帰り道で待ち伏せした。
「よう……。最近、成績が凄く上がった水沢さんじゃないですか」
「おす」
「こんなところで待ち伏せして、何か用か」
「お前、何時まで、うじうじしてるつもりだ」
「放っとけよ」
「あ〜あ、情けないねえ。それがあゆみ程の女を一夏メロメロにした男の成れの果てか。あいつも下らない男に、初めての恋を捧げたもんだな」
「お前、喧嘩売りに来たのか」
「正解。さすが、あたしより賢かった男。まぁ、今はあたしの方が上か」
「俺、もう行くわ。付き合ってらんねえ」
「付き合えよ」
「はあ？」
「せっかく喧嘩売りに来たんだ。勝負に付き合えよ」
「何言ってんだ、お前」
「なあ、武也。お前、修学旅行で、あたしが峰城大付に合格したら、何でも一つだけ命令をきくって、約束したよな」
「それがどうした」
「あたしは、受かるよ」
「そうかよ。何でもきいてやるよ」
「あたしが合格して、お前が落ちたら、お前、行った高校でサッカーやれ」
「……無茶言うな。左足が言うこと聴かねーんだよ」
「そんなこと知るか。お前がどんなに惨めな思いしようが、足首が痛かろうが、千切れようが、お前の男を賭けて、やるんだよ。やらなきゃ、軽蔑してやる。
やって、下らないプレーしたら、それも軽蔑してやる」
「お前なあ……。じゃあ、お前も何か賭けろよ。
俺が合格して、お前が落ちたら、依緒も俺の命令を一つだけきけよ」
�爐茲掘�引っかかった��
「ああ、何でもきいてやるよ」
「本当だな」
「本当だよ。なんだったら」依緒は、一呼吸置いた。
「あたしを、お前の好きにして良い」
武也が、息を飲むのが分かった。
「あたしに、そんな価値があれば、だけどな……」
「その勝負、受けた」
そう言って、武也は去って行った。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
そこからの武也の巻き返しは、恐ろしい勢いがあった。
誰も寄せ付けない、オーラが漂っていた。
別に、依緒に恨みを抱いて、めちゃくちゃにしてやりたいとか、そういう訳じゃない。劣情に駆られた訳でもない。
ただ、親友に挑発されて、悔しかった。
依緒が、身体を賭けてまで、自分を合格させようと決心した、そんな思いにさせてしまったことが悔しかった。
何処かで、あゆみのせいにしていた自分を、カッコ悪いと感じた。
二人は、昼食を二人で食べる程ではないが、以前のように語り合うようになった。内容は、もっぱら受験のことだったが……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
峰城大学付属高等部の合格発表の日。
依緒は、自分の番号よりも先に、武也の番号を必死になって探した。
それを、見つけた時、涙が溢れた。
掲示板の前を離れ、放心していると、武也が肩を叩いた。
「よう、おめでとう」
「え……」
「えって、何だよ。お前も受かってたな。おめでとう」
「そうか、あたしも受かってたのか。お前が受かってたのは、知ってたけど」
「なんだ、そりゃ」
「ははは。両方受かっちまったな」
「……勝負はどうする」
「えっと……」どうしよう。
依緒は覚悟を決め、�爐�前の、好きにして良い……�瓩噺世�うとした。その瞬間だった。
「俺は、サッカーはやらないぞ」
�爐┐叩帖牒�
「そ、そう、なのか？」
「一昨日、昨日と、ちょっと蹴ってみたけど、やっぱり無理だわ。まあ、だいぶマシにはなってるんだが」
「そうか……」
また、依緒は少し、寂しい思いがした。
だが、前向きになった武也を感じて、ホッとした。
「だから、俺も命令はしない。これからは、ゆっくり」
�爐�前が俺を好きになってくれるのを待つよ�瓩函�武也が言いかけた瞬間だった。
「また、一緒の学校に通えるな。親友」と、依緒は明るく言った。
�爐阿叩帖牒�
「うん……、そう、だな」
依緒は失敗し、武也は誤解した。
武也は、依緒の無邪気な笑顔と言い方を、自分の男性性を認めていないという意味にとってしまった。
依緒の願いは、武也の願いとぴったり一緒だったのに。
二人は、お互いを親友と言い合う仲に戻った。
だが、武也は、自分の男性性を認めてくれる女を見つけては、それを確認することに没頭した。
依緒が自分の失敗に気がついたのは、それからだった。
依緒は、バスケットに専念した。
武也はまた、必ず依緒の試合を見に行くようになった。そして、やっぱり、好きな女は依緒しかいないと、心の底で確認する。
依緒は、武也が他の女と一緒にいるのは、自分が傷つけたからだと分かっていた。だが、その傷を癒すことができるのは、自分だけだとは気づかない。
だから、自分も次々に傷つきながら、武也のご乱行を黙認した。
何時も一番近くにいるくせに、深い友情を感じて、信頼してるにも関わらず、武也は、依緒の女としての心の動きだけは絶対に信じようとしなかった。
本当に愛してる依緒に、これ以上振られるのが怖かったから。
依緒は、どんなに良い男から告白されても、歯牙にもかけずに断り続けた。
断って、自分の気持ちが整理できるのを待っていた。
本当に、武也を愛しているから。
そのうち、二人の間には、武也の女遍歴の初期トラブルに巻き込まれた、頑固で融通の利かない学年主席が加わることになる。
その学年主席は、ウザい程のおせっかい焼きだったにも関わらず、武也と依緒の間にいながら、二人の恋愛問題だけには、首を突っ込もうとしなかった。
彼は、この物語のややこしさを理解しており、そして、二人の親友になったから。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「それで、そのあゆみって子は、今、どうしてるの」と、千晶は訊いた。
「北九州で、十二歳年上の人と結婚して、二人の子持ち」
「武也くんは……」と、雪菜は問う。
「結婚したことを伝えた時は、ほっとした顔してた」
「ふーん。そっちの問題は残っていないんですね」と、朋は言った。
「どうだか。最近、電話で話した時には、�犧�から考えたら、武也の子供を生みたかった�瓩箸�、ふざけたこと言っていたよ」
「まあ、その気持ち、分からないでもないけど」
かずさは、独り言のように言った。
「かずささん、ややこしいこと言わないでよ」
朋が怒った。
「…………」雪菜が、少し悲しそうな目で見ていた。
「ごめん」かずさは、謝った。
「で、その後は」と、千晶は聞いた。
「もう良いだろ。あたしの話は」
「高等部三年生の冬に、もう一人の親友が二人の美女の間で右往左往するのに付き合わされて、微妙に雰囲気が悪くなって」と、朋が説明する。
「大学に入ってからは、もう一人の親友と、お互いの親友になった片方の美女が続ける冷戦状態を改善するため、介入策の検討に一生懸命になって、進展せず。
まあ、三人に引っ掻き回されっぱなし、という訳です」
「「…………」」雪菜と、かずさは、お互いに目を合わせた後、黙った。
「朋、お前、帰れ」依緒が低く唸った。
「はいはい。遅くなったから、そろそろ帰りましょう」
「依緒……」かずさが、何か言いかける。
「何……。謝罪は受け付けないよ」
「依緒は、部長との友情が壊れるのが怖い……、そういうことなんだよな」
「まあね……。そうかもしれない」
「可愛いね。依緒は」
千晶は、依緒の髪を撫でる。
「馬鹿にすんな」
依緒は、されるがまま、悪態をつく。
「あたし、男性経験は、ほぼ無いに等しいんだけど」と、千晶は、話しだす。
「結ばれる男と女には、愛情の前に友情が必要じゃないかな。そして、友情の前に、尊敬と情愛が無ければならないと思うんだ」
「尊敬と情愛……」かずさが、繰り返す。
「ある妻子持ちが、この前、あたしを口説いたんだけど……」千晶は続けた。
「自分は妻を愛しているが、尊敬はしていないと言ったんだ。だが、君は尊敬に値する、とね。
良い脚本書きで、色っぽい男だったんだけど、一瞬にして冷めたね。
その男の妻への愛は、きっと愛玩動物に対するものと同じだと思う。
そんな愛はクソだ。
あんまりにも腹が立ったから、精神攻撃仕掛けてボロボロにしてやったわ。
あたしは、男と女は対等でなきゃならないと思ってるし、運命で結ばれた二人にとって、まず親友であることは大事なことだよ。
だから、男と女の関係になれば友情が壊れる、なんて無い、とあたしは信じてる。
だから、依緒と飯塚みたいな関係って、羨ましいよ。あたしにはまず、男の友人が少ないからね」
「でも、それでもあたしは怖い。武也が、春希みたいに逃げて行ったらって考えると、本当に怖い。女としてのあたしの本性をさらけ出した時、どん引きしないか、怖いんだよ」と、依緒は言った。
「確かに、怖いよね」と、千晶は言った。
「あたしも今日、変な告白タイムになって、ちょっと怖かったんだよ〜」
「えっ。ごめん。……その、悪かった」
かずさは、謝った。
�爐修Δ�……、千晶程の女でも怖かったのか��
「謝らなくて良いよ。常々あんたの夫にセクハラを仕掛けてるのはこっちだからな」
「……できたら、それは、もう止めてくれ」
「春希はあたしに友情を強く感じてくれてるみたいだから、ぐちゃぐちゃにはならないだろうとは、思ってたけど。
まあでも……」千晶は頭を掻いた。
「年頃の良い女がこれだけ揃ってて、お一人様率と処女率が高いというのは……。極端に友達が少ない、素直じゃない、ややこしい性格の女ばっかり集まってる、ってことに、起因するんだろうな」
「ふん……」朋が小さく鼻を鳴らす。
「勝ち気に見えて、実は小心者の、ね」
「…………」一同、沈黙するしかなかった。
「朋は、好きな人は、いないの？」
かずさは、率直に訊く。
「かずさって、中の人が変わったの？」と、依緒が言う。
「どういう意味？」
「飲み会の席もそうだったけど、率直すぎるよ」
「あたしが率直じゃないと、……逆に色々と人を傷つけてしまうから」
「本当のかずさは、クールビューティじゃないからね」と、雪菜は肯定する。
「現状を見ても、その一番率直な女にしか男がいないんだから、な」と、千晶が言う。
「…………」
所在ないかずさを除いて、一同、また沈黙。
「で、どうなの、朋」依緒が訊く。
「いません。というか、本局のニュースキャスターになるまでは、本気の恋愛はしないと決めていますので」
「とか言って、本当は雪菜が幸せになるまでは、とか思ってんだろ」
「水沢さん……、真剣に怒りますよ」
「つぅ……、図星かよ」
依緒は、失敗した、という顔をして、横目で雪菜を見た。
「困った女達だね……、ふふふ」
千晶は、苦笑するしかなかった。
「そうだね……、困っちゃうね」
雪菜も、天井を見上げて、独り言のように言った。
沈黙が支配する……。
だが、しばらくして、かずさのiPhoneが鳴った。
「……うん。そろそろ終わり。えっ。うん、分かった。
ごめん。春希が迎えに来ると言ってる。もう、着くって」
「じゃあ、お開きにしようか。みんな、今日は、色々ありがとう」
依緒は、立ち上がり、頭を下げた。
「もしも……、もしもだよ。武也が、あたしのことで何か変えようと思ってくれているなら、その時は、あたしも、開き直って、素直になれるように、頑張ってみるよ」
「依緒」雪菜は言った。
「ゆっくりで良いんだよ。武也くんは、もう見失ったりはしない」
「そうだな……。そう思いたい」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「よう、依緒。お前まだ、帰ってなかったのかぁ」
タクシーの奥の席から、武也は依緒に声をかける。
「……武也、お前、酔ってるのか？」
「ウェ〜イ、かなり酔ってるよ〜ん」
「依緒、悪いけど、ここでこいつを引き受けてくれないか」
春希は降りて、代わりに依緒が滑り込む。
「はいはい……、しゃーねーな。武也、お前はあたしと一緒に帰るよ」
「おっ、今日は優しいじゃねーか。うーい、それじゃ、おやすみ〜」
……二人と、千晶、朋を見送った後、春希が前に、かずさと雪菜を後ろに乗せて、タクシーは発車する。
かずさは、何故か目尻に涙を浮かべて、雪菜に頭を預けて寝てしまった。
かずさが可愛い。愛してる。
雪菜は、かずさの頭の重みを右肩に愛おしく感じながら、同時に痛く感じていた。
ゆっくりで良いんだよ……、とは、どの口が喋ったのだろうと、雪菜は思う。
自分の発した言葉の痛みを、雪菜は感じていた。
�爛謄�パキと道順を説明する、わたしの、愛しい人……。こんなに時間が経ったのに、わたしは彼のことを、諦め切れない。
時間薬は、全く効いてくれないじゃない……。
わたしがタクシーを降りたら、彼はこの席に座り、かずさの頭を肩に乗せるのだろう。そして必ず、その額にキスをするだろう……。
やっぱり、まだ、痛いなあ……��
少し醒めたとはいえ、酔った頭で依緒の思い出話を聞いてしまい、感傷的になった雪菜は、涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
タクシーが走り出して、雪菜達の姿が見えなくなると、依緒は武也の肩に頭を乗せた。
「もうちょっと、借りても良いか」
「どうした、今日は、お前らしくない、な」
「やっぱり……。酔ってないのか」
「いや……、酔ってるよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。じゃあ、酔ってるなりに、本当のことを言ってやろうか」
「何だよ」
「……あいつとは、別れたよ」
「え……」依緒は頭を起こして武也を見た。
「嘘だろ」
「これが、嘘じゃねーんだわ」
「…………」
「というか、見事に振られた。
�猊靆蕕�んの本当の心が、あたしに向いてないことは前々から分かっていたの。あたし、もう、そういうのが我慢できなくなったの〜�瓩世辰討機�
「……気持ち悪い裏声出すなよ」
「全く、俺から去って行く女の中で、良い女は皆、同じセリフを残して去っていく」
武也の声が、低く唸った。
「あ、あはは」依緒は、空気が変わったのを感じた。
「だからなあ、依緒。そろそろ俺を、この酔いから覚ましてくれ」
武也の右手が、依緒の左耳に触れ、首筋を抱いた。
「もう十年も味わってきた、この悪酔いから、さ」
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
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このページへのコメント
finepcnet様、ありがとうごさいます。
ご異論がある方も多いと思うのですが、このお話の基本は、かずさと春希がラヴラヴのまま、雪菜が傷つきながらも頑張って、みんなが幸せになる方向を探る、というものなので、武也と依緒の話は絶対必要でした。今回は、神の気まぐれ（？）発言があったので、なんとか書けました。ただし、押し入れで振られた翌日に言い寄られる、の件は、処理できませんでした。
小春…、小春は…、本当に困ってます。話も後半に差し掛かって来て、どうしたもんかと…。
依緒と武也の過去、楽しく読ませていただきました。
登場人物の未来はある程度自由に妄想できるのですが、過去はわずかな本編の台詞さえも検証しなくてはならずむずかしいですよね。
次は小春ですか。楽しみです。
tune様、何時もありがとうございます。
この二人の仲と、春希の母親と、かずさの父親は、whitealbum2中の三大不思議、だと思っています（笑）。
実は、私、雪菜Trueアフター「月への恋」が大好きで、何度も読み返すのですが、その中の「黒い彗星」のお話が好きで好きで…。私の中では完全に正史でした。
この妄想の長編の中で、絶対に依緒と武也のお話を書かずには終われない、と決めてはいたのですが、「黒い彗星」以外の話を書くのは絶対に不可能だと思われて…、先延ばしにしていました。
上手くは行かなかったかもしれませんが、課題が一つ、クリアできました。
後は、小春ですね…。どうしよう。全く妄想できません…。
今後とも宜しくお願い致します。
依緒と武也の過去が中心でしたが、良いですね、ただ不思議な事にこの2人だけのSSは一つも無いんですよね。大抵は今回の様な長編の中の1エピソードとしてという場合が多いです。原作においてはこの2人が何故本格的に恋人同士になれないのか明確な理由は書かれて無かったと思います。CCでは依緒が雪菜に春希とのよりが戻れば自分達もみたいな事は言っていましたが、この2人はある意味春希達よりも複雑な関係なのかもしれませんね。