24 春希のノート ／ 2015年７月中旬
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ushigara_neko 2014年07月23日(水) 02:32:42履歴
「この前は挨拶もせず帰ってしまって、ごめんなさい！」
かずさのコンチェルト録音の数日後。曲作りのための、雪菜とかずさの練習の日、冬馬家の玄関で、雪菜は思い切り頭を下げた。
「うわっ」背負ったSCHECTERが頭側に下がってバランスを崩しかけた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫……。ごめん」
「気にすんな」かずさは微笑む。
「別に謝らなくて良いよ。ちょっと心配しただけだ」
「ごめん、ね」
「こ〜ら。もう言うなよ」
「あいたっ」
かずさは、雪菜の頭に手刀を落とす。
「この前のお返しだ。上がって」
「うん」
「体調は、もう戻った？」
雪菜はメールで、�爐舛腓辰犯茲譴燭里如�顔を見せずに帰ります。ごめんなさい�瓩判颪い徳�っていた。
「うん、大丈夫」
「なら、良かった」
「今日、春希くんは？」
「母さんが今朝から検査入院したから、寝る前までは、ちょっと側にいてもらうことにした。ちょうど良いんだよ。きっと今頃、クラシックの基礎的な知識でも勉強してるんだろう」
「そうなんだ」
「あいつの作った夕飯があるから、食べないか？」
「いただくよ」
「何だっけ。筑前煮？ とか言ったな。野菜の根っこみたいのと鶏の煮物なんだ。肉は週末だけ、とか言い出して、あたしと母さんは困ってる」
�犒榮�もお肉だよ�瓠崛衒僂錣蕕瑳冓�が多いの？」
「そうなんだよ。平日は、豆腐、サラダと煮物の組み合わせばっかり。ヘタすると二日連続で同じ煮物が出て来るしさ。母さんは、病院食みたいだとぼやいてる」
「うふふ。根菜はお腹に良いから、我慢してね」
「まあ、な。あたしも煮物の番くらいならできるから」
「レンジでチンすればいいからね」
「いじめるなよ。あっ、雪菜、お味噌汁温めて。あたし、どうしても煮詰めちゃうんだ」
「はいはい」
�爐錣燭靴班佞�合ってた時は、筑前煮なんか作ってくれなかった�瓩叛禳擇六廚Α�カレーか、シチューか、お鍋のローテーションだった。
「春希くん、レパートリーが増えてるんじゃない？」
「そこの藤製のマガジンラックの中に何冊か入ってるだろ。それ見ながら、ぶつぶつ言いながらやってるよ」
「ホントだ。レシピ本、いっぱい入ってる。あれ、何、この分厚い本。『栄養学概論』……」
「あいつ、資格でも取るつもりかな。ははは」
「ホント、凝り性だよね。あれ……」
�牴晋痢△海譴�ここに？��
雪菜はマガジンラックの料理本の間に、意外なものを見つけた。
「何？」
「ううん。なんでもない。お味噌汁、ネギ、入れても良い？」
「好きにしろ。あたしのは少しだけな」
雪菜は、それを昔、見たことがあった。「最高の、最後の日」の前日の夜に。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日は、一曲、歌詞を書いて来たよ」
雪菜は、歌詞のコピーをかずさに渡す。
「『Closing』……終わり？」
「うん。……そう、かな」
雪菜は、SCHECTERを取り出し、アンプにつなげると、丸椅子に座って、足を組み、準備を整えた。
「じゃあ、歌ってみるね。ふう……」
�燿� 還らない日々……��
「って、いう感じ。どう、かな」
「…………」
かずさは、沈黙していた。
その曲は、かずさが、雪菜に渡していた新曲の中の一曲だった。
歌詞カードを見ながら、改めて頭の中で歌ってみた。
だが、あまりにも心に突き刺さって、かずさは狼狽えた。
かずさが黙り込んでしまったので、雪菜は仕方なく話しだす。
「かずさと春希くんが、ウィーンに行った直後は、何も考えられなかったんだけど。
少し経って、ちょっとだけ、二人のことを考えられるようになった時、一番を書いたんだ。
でも、その……、辛くて、ね。
で、そのまま、放っといたんだよ。
その後、ギターがね、ちょっと弾けるようになった頃の、『さあ顔を上げて歩み始めなきゃ』って思った時の気持ちを思い出して、今年のお正月に、二番を書き加えたんだよ。
それをね、もらってたこの曲に乗せてみたら、ピッタリ合ってしまって……。
もう、違う歌詞を、当てられないんだよ。……ごめん」
「これは……、お前の気持ちか？」
かずさは、絞り出すように行った。
「え？ うん、そう、だよ。……ごめん」
「いや……、そうじゃなくて」
�爐海譴蓮△△燭靴竜せ�ちそのものだ。
一番は、まるで、高三の冬、ぐちゃぐちゃに足掻きまくってた頃の、あたしそのものじゃないか。
二番のAメロ、Bメロも、成田で二人と別れ、一人でウィーンに行った後の気持ちそのものだ��
かずさは、一瞬にして、あの冬にタイムスリップしたような気がした。
�爐修靴董�Cメロ。凱旋公演で一時帰国した二年半前、春希の心を『傷つけてでも この気持ちに嘘はつけない』と決心して、『大好きだよと 伝えた』。
雪菜……、お前、あたしの心を見通しているか？
それとも、まるで同じ気持ちだとでも言うのか？��
暫しの沈黙の後、かずさは、声を絞り出す。
「題名の意味を、訊いて良いかな」
「えっと……、二番のサビに書いたように、『還らない日々 抱きしめたまま』だけど『あの日の気持ち 受け止めないと 前に進むことができない』っていう、感じかな。
まあ、そう上手くは行かないし、ぐだぐたなんだけれど、『二度とひとりにはしないと』『聞かせて欲しい』から」
「…………」
「こんな『素直じゃない』気持ち、歌っちゃだめ、かな」
�爐世瓩犬磴覆ぁ帖帖�だめじゃないけど……。
『こんな気持ち つらすぎるよ もう』……か��
「ふっ」かずさは、自重気味に笑った。
「同じだ……」
「えっ」
「いや。なんでもない。凄く良い歌じゃないか」
�狎┐�良い。その評価に嘘はない。
でも、なんでもないって……、何処がだよ。
あたし、また、嘘を付いた……。
吹っ切ったつもりなのに。吹っ切れたつもりだったのに。
あたしの方が、雪菜を傷つけているのに……。
でも、『ひどくおびえてる うつむいたままの リアルな私』が、ここにいるじゃないか��
かずさの心が、キューンと音を発てて、冷えていった。
「とことんやろうっていうのは、……お前との約束だ」
「かずさ……」
「問題ないよ。通してみようか」
かずさは、雪菜のための作曲ノートをピアノの譜面台に乗せる……。
「うん。ありがとう」
雪菜は、少しほっとした顔をして、ギターを抱えた。
だが、かずさの心には、まるまる三時間、何時もより濃く粉雪が舞い降りた。
この雪は、きっと分厚く、溶け残ってしまう……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今夜のお前、ちょっと変じゃなかったか」
「何が……」
夜の営みの後、甘い疲れをまとい、かずさは愛する夫の右腕に抱かれていた。
段々、話すのがおっくうになってきた。
「その……、ちょっと激しかった気がする」
「ばか……」反論にも力がない。
もぞもぞと春希の胸に中に顔を潜り込ませる。
「いくら嫁だからといって、恥ずかしいことを言っていじめるな。
……何時もと同じだよ」
「そうだった、かな」
春希は、かずさの頭を撫でる。
�猝欧�なってきた。まだまだ、溶け残っている気がするけれど、なんとか、眠れそうだ。
そういえば、あたしは、春希に愛してもらえば、凍てつきそうになる心を温めてもらえるけれど、雪菜はどうしているんだろうか。
ううん。そんなこと、考えちゃいけない��
しかし、想いは覚醒を促した。
�狄匹い坊茲泙辰討襦�今夜だって、一人で泣いているかもしれない。
依緒や朋が側にいても、孤独で心が掻き毟られる夜があるに違いない。
でも、あたしが、春希をあいつに返してやれない以上、あたしは、あたしの欲望のままに、幸せになるしかない。
あいつの悲しみや、苦しみを心配することは偽善だ��
「どうした？」春希が声をかけた。
「あっ、な、なんでもない」
�爐靴泙辰拭５ど佞�ないうちに泣いてたみたいだ。
ホントに、あたしは最低だ……��
「お前、雪菜のこと考えてたのか？」
春希は、かずさの頭を撫で続けながら言った。
「か、考えてないよ」
「そうか」
「……ごめん。嘘。考えてた」
一瞬、春希の手が止まる。「そうか……」
「あたしは、あいつのことを、可哀想だと思ったりはしない。あたしには、そんな権利はない。
悪かったとか、ごめんなとか、そういう気持ちも、もう持たない」
「そう、だな」
「でも、あいつの孤独を考えると、どうしても、いたたまれない気持ちになる」
「うん」
�爐修靴董△△燭靴凌瓦吠汗磴�降る。だから��
「やっぱり、あいつには幸せになってもらいたいんだ。そんな気持ちも、持ってはいけないんだろうか？」
「良いんじゃ、ないか。お前と雪菜は親友なんだろう？」
「そうなりたいと思ってる」
「親友の幸せを願うのは、当然のことだ。
俺も、雪菜の幸せを願っている。
でも、雪菜は、本当に強いから。
何時だって、強かったから。
どんなに傷ついても、雪菜は、その傷を、治せる、はずだから」
「春希、お前なぁ」
「何、だ」
「本気でそう思ってるならぁ、泣くなよぉ」
「うるさい。眠くて欠伸したんだよ。お前こそ、ダメダメじゃないか」
「う、うるさい」
かずさは、春希を黙らせようと、キスで口を塞ぐ。
春希も、それに応える。
かずさは、口を離し、春希の上に覆い被さり、その目を見つめる。
「あたしが死んだら、お前を雪菜に返してやっても良い。でも、それまでは、お前はあたしだけのものだ。
だから、あたしは生きている限り、あいつに災いを為す、悪魔だ」
「ああ、そうだな。お前は悪魔だ。でもな、従者たる俺も、その端くれなんだよ。血の契約を交わしたんだからな。
俺は未来永劫、お前に付いて行ってやる。そこが例え地獄だったとしても」
「嬉しいよ、春希……。愛してる。
でもな……。やっぱり、あたしが先に死んだら、それで、もしもあいつが、その時にまだ一人だったら、雪菜のこと、頼むな」
「もし、その契約を交わすなら、その代わり、俺が先に死んでも、後を追ったりするなよ。最後まで生きて生きて、お前の音楽を鳴らし続けてくれ。俺が宇宙の果てにいても聴こえるようにな」
「春希……」
「これだけは譲らないぞ。もし追ってきても、全力で追い返すからな」
「分かったよ」
「愛してる、かずさ。だから、もう寝ろ」
「じゃあ、春希。お前の契約条件の追加を飲む代わりに、お願いがあるんだ」
「なんだ」
「あたしを、お前のお母さんのところに連れてってくれよ。今月中に」
「かず、さ……」
「うちの母さん、もう、何度も会ってるんだよ」
「えっ」
「雪菜も会ったこと、あるらしい」
「雪菜が？」
「お前のことに関しちゃ、全部、雪菜より早いあたしが、完全に出し抜かれてるんだ。だから、あたしは一人でも会いに行きたいんだ。
でも、それじゃ、おかしいだろ。
だから、7月中に、会いに連れてってくれ」
「…………」
「このことに関しては、絶対に譲らないぞ。もし履行できなければ、お前が先に死んだ時の契約は反古にして、後を追って、あの世でお前を縛り上げて、虐めまくるからな」
かずさは、少し緊張した春希の胸に顔を埋め直す。
そして、その胸に何度もキスをした。
�狄看曚垢襪福�あたしが付いてる。お前のなすべきことをするんだ。
あたし達がしっかりしていないと、雪菜の幸せを願うことなんか、できないんだから��
「おやすみ、春希……」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「母さん」
「春希、春希なの？」
「ごめん、連絡しないで」
「元気なら、それで良いのよ。ありがとう」
「結婚、したんだ」
「知ってるわ」
「彼女を、紹介したいんだ。今度、会いに行って、良いか？」
「もちろんよ。待ってるわ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日も、春希くんは、いないの？」
次の、二人の練習の夜。春希の用意した夕食を取るために、雪菜とかずさは、冬馬邸のキッチンに立っていた。
「明日、『幸せな記憶』の発売日だろ。それで、事務所に行ったまま、なんだかんだと細かい仕事に没頭してるみたいだ」
「そういえば、そうだったわね」
「何他人事してんだよ。明日、レコ発イベントあるんだろ」
「チーフ・プロデューサーは参加してくれないけどね」
「こっちは、まだツアー用の曲も数曲決まってないの。わがままなお姫様の面倒も見なきゃならないから、忙しいんだから」
�爐錣�ままなお姫様って、どっちがよ��
「あっ、春希の奴、手抜きだ」
「どうしたの？」
「雪菜にこれ焼いてもらえ、だってさ」
かずさはパックを雪菜に渡す。蓋に付箋が貼ってあった。
「手抜きじゃないよ。豚肉を生姜焼きにするのに、タレにちゃんと付けてあるじゃない」
「雪菜が来なかったら、わたしは夕食にありつけなかったじゃないか。おまけに豚なんて……。牛肉を食わせろよ、ホントに」
「具沢山のお味噌汁と、サラダまで用意してあって、何が不満なのよ。
ところで、曜子さんは？」
「また、病院だよ」
「曜子さん、具合悪いの？」
「夏バテかな」
「心配だね」
「念のため、っていう感じみたい」
「そうなの？」
「最近、リマスター盤の発売で、インタビューとか、ちょこちょこ、外での仕事があったから。春希には、仕事帰りに病院に寄ってきてくれって、言ってある。
わがままばっか言って、春希を振り回すくらいは元気だから大丈夫だろ、……っと」
かずさのiPhoneが鳴った。
「もしもし、春希。……うん、来てくれてる」
かずさは、雪菜をちらりと見ると、「ごめん。ちょっと一人にして良いか」と言った。
「良いよ」雪菜は笑顔で応える。
「悪い」かずさは、キッチンを出て行く。
�猴�由付けて、かずさをキッチンから追い出す手間が省けた。
さて、それじゃ、あれを見せてもらおうかな��
雪菜は、藤製のマガジンラックを調べる。
「あった」
それは例の、春希の作詞ノートだった。
雪菜はノートを取り出し、めくった。
春希が自筆した『届かない恋』の歌詞。
一ページ目は、赤ばっかりでぐちゃぐちゃになっていた。
二ページ目は、赤が少しになって。
三ページ目に、清書されて、題名も書いてある。
�爐海了�、大好き��
四〜十一ページ目、かずさが引いた五線紙に、直接書き込んだ、楽譜。
十二ページ目、かずさのアレンジメモ。
そして、一枚白紙のページを置いて、十四ページ目に、最近書かれた、歌詞があった。
「やっぱり」
雪菜は、スカートのポケットから、iPhoneを取り出して、そのページを写真に収める。
��あんなにも心から愛してた……��
「うふふ」
雪菜は、愛しそうに、寂しそうに、笑った。
�狃婀�くん、あなたは本当に、本当の所が、真っ直ぐだね。
そして今でも、わたしのことを愛してくれていたんだね。
ありがとう。
知っていたけれども、ね……。
かずさと、良く似てる。……腹が立つことに。
ホントに、どうしようもないよね、あなた達は��
めくった次のページにも、何か書いてあるように見えた。ページをめくり、一瞬垣間見た時、パタパタと、かずさの足音が聴こえた。
雪菜は静かにノートを閉じ、マガジンラックにしまった。
「やっぱり、何ともないって」
「良かった」
「ごめんな」
「良いよ。わたしも今、朋にメールしてたから」
雪菜は、右手に持っていたiPhoneをポケットに入れた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日は、『Closing』のアレンジ、もう少しつめてみる？」
ギターをセッティングした雪菜は、努めて軽く言った。
「その……、えっとね」
「ん？」
「あたしも、歌詞を、書いてみた」と、かずさは言った。
「そうなの？」
「うん。お前に影響されて、書いてみた。
その……、お前程、上手くは書けなかったけどな」
「曲に、なってるのよね？ 歌ってみてよ」
「ああ、じゃあ、ちょっと、恥ずかしいけど、やってみるよ」
かずさは、マイナー調だが、ちょっと弾むような、印象的なイントロを弾く。
�爐海龍覆蓮�聴いたことのない曲だ�瓩函∪禳擇六廚辰拭�
�燿� 地上を離れてゆく……��
歌い終わったかすざの、頬は赤く、上気していた。
その歌は、かずさの、高三の頃の、初恋と、失恋と、裏切りと、逃亡と、永遠に消えない恋心を赤裸々に描いた歌だった。
ウィーンで、何時も胸に抱いていた、春希への想いだった。
雪菜は、春希がすっぽかした二人きりの誕生日パーティ、つまり雪菜がかずさに最後通告を突きつけるために画策し、自分が落ちてしまった屈辱的な罠……、その裏で、春希とかずさの間に、どんな出来事があったか、知っていた。
成田エクスプレスの中で、春希から説明されていた。
だが、細かい感情のやりとりまでは知らなかった。
だから、想像するしかなかった。
その想像の全てが、この歌詞の中にあった。
�爐覆鵑覆痢△海僚蕁垢靴�て、ストレートな想い。
なんなの、この歌。良すぎるよ。
心が、ズキズキする。痛すぎる。辛すぎるよ……��
「歌物として、どうかな？」
かずさは、雪菜を見ずに、少しはにかみながら言った。
�燹帖弔笋蠅笋�ったな、この女��
雪菜の心は、一瞬にして、炎に包まれた。
�爐海譟△錣燭靴�書いた『Closing』の歌詞に対する、返歌、だよね？
あの年の夏から冬、二人にあったストーリー、だよね？
見事な、完璧な「復讐」だよ。
悪意がないだけ、余計に酷いよ。
あなたって、一体、なんなの？
その、ありあまる才能と、きれい過ぎる心は、なんなの？
わたしが必死になって、掴もうとしている、歌の世界。
簡単に、追い抜いて、振り向いて、どうかな？ って、笑いかけるなんて。
何処にそんな才能、隠してたの？
ううん、分かっていた。何をやったって、勝てないとは分かっていたけれど。
でも……、でもっ��
今度は雪菜が『ひどくおびえてる うつむいたままの リアルな私』を発見した。
「あの……、雪菜に歌ってもらいたい、っていうことじゃないんだ。何となく、衝動的に書き上げてしまったから、勢いで聴かせてしまっただけで……」
雪菜に違和感を持ったかずさは、他意なく、バツの悪そうな顔をしていた。
それを見れば、言っていることに嘘がないのは分かる。
だが……。
「これ、わたしのセカンドに、入れても良いんだよね？」
雪菜は、必死になって笑顔を作り、小首を傾げて言った。
「えっ。う、うん」
「最高だよ、かずさ。歌詞と楽譜と、もらっても良いかな？」
「良いのか？ 本当に？」
「当然じゃない。というか、かずさも、J-POPに参戦する？」
「無理無理。人前で歌うなんて、無理」
「そうなの？ それで、この曲、題名は？」
「『After All』、……かな」
「不思議な曲名ね。�爐笋辰僂雖瓩覆鵑董�
「だって、やっぱり、理性でコントロールできないことだから、かな」
�爐修蠅磧△修Δ任靴腓Δ茵�あなたと、春希くんの出会いは��
嫉妬の業火は、どんどんと勢いを増して、雪菜を包んだ。
自分で歌ってみると、余計に、その身は、焼き尽された。
嫌で嫌で仕方がないのに、どうしようもなく、その曲に魅了されて行く。
�燿� 愛しい名を呼んでも……��
その歌詞を歌う時、泣きそうになる程の、感動と苦痛で胸が震えた。
チャイコンの収録時に引き続き、練習が終わるまでのまるまる三時間、雪菜は地獄巡りを堪能した。
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
かずさのコンチェルト録音の数日後。曲作りのための、雪菜とかずさの練習の日、冬馬家の玄関で、雪菜は思い切り頭を下げた。
「うわっ」背負ったSCHECTERが頭側に下がってバランスを崩しかけた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫……。ごめん」
「気にすんな」かずさは微笑む。
「別に謝らなくて良いよ。ちょっと心配しただけだ」
「ごめん、ね」
「こ〜ら。もう言うなよ」
「あいたっ」
かずさは、雪菜の頭に手刀を落とす。
「この前のお返しだ。上がって」
「うん」
「体調は、もう戻った？」
雪菜はメールで、�爐舛腓辰犯茲譴燭里如�顔を見せずに帰ります。ごめんなさい�瓩判颪い徳�っていた。
「うん、大丈夫」
「なら、良かった」
「今日、春希くんは？」
「母さんが今朝から検査入院したから、寝る前までは、ちょっと側にいてもらうことにした。ちょうど良いんだよ。きっと今頃、クラシックの基礎的な知識でも勉強してるんだろう」
「そうなんだ」
「あいつの作った夕飯があるから、食べないか？」
「いただくよ」
「何だっけ。筑前煮？ とか言ったな。野菜の根っこみたいのと鶏の煮物なんだ。肉は週末だけ、とか言い出して、あたしと母さんは困ってる」
�犒榮�もお肉だよ�瓠崛衒僂錣蕕瑳冓�が多いの？」
「そうなんだよ。平日は、豆腐、サラダと煮物の組み合わせばっかり。ヘタすると二日連続で同じ煮物が出て来るしさ。母さんは、病院食みたいだとぼやいてる」
「うふふ。根菜はお腹に良いから、我慢してね」
「まあ、な。あたしも煮物の番くらいならできるから」
「レンジでチンすればいいからね」
「いじめるなよ。あっ、雪菜、お味噌汁温めて。あたし、どうしても煮詰めちゃうんだ」
「はいはい」
�爐錣燭靴班佞�合ってた時は、筑前煮なんか作ってくれなかった�瓩叛禳擇六廚Α�カレーか、シチューか、お鍋のローテーションだった。
「春希くん、レパートリーが増えてるんじゃない？」
「そこの藤製のマガジンラックの中に何冊か入ってるだろ。それ見ながら、ぶつぶつ言いながらやってるよ」
「ホントだ。レシピ本、いっぱい入ってる。あれ、何、この分厚い本。『栄養学概論』……」
「あいつ、資格でも取るつもりかな。ははは」
「ホント、凝り性だよね。あれ……」
�牴晋痢△海譴�ここに？��
雪菜はマガジンラックの料理本の間に、意外なものを見つけた。
「何？」
「ううん。なんでもない。お味噌汁、ネギ、入れても良い？」
「好きにしろ。あたしのは少しだけな」
雪菜は、それを昔、見たことがあった。「最高の、最後の日」の前日の夜に。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日は、一曲、歌詞を書いて来たよ」
雪菜は、歌詞のコピーをかずさに渡す。
「『Closing』……終わり？」
「うん。……そう、かな」
雪菜は、SCHECTERを取り出し、アンプにつなげると、丸椅子に座って、足を組み、準備を整えた。
「じゃあ、歌ってみるね。ふう……」
�燿� 還らない日々……��
「って、いう感じ。どう、かな」
「…………」
かずさは、沈黙していた。
その曲は、かずさが、雪菜に渡していた新曲の中の一曲だった。
歌詞カードを見ながら、改めて頭の中で歌ってみた。
だが、あまりにも心に突き刺さって、かずさは狼狽えた。
かずさが黙り込んでしまったので、雪菜は仕方なく話しだす。
「かずさと春希くんが、ウィーンに行った直後は、何も考えられなかったんだけど。
少し経って、ちょっとだけ、二人のことを考えられるようになった時、一番を書いたんだ。
でも、その……、辛くて、ね。
で、そのまま、放っといたんだよ。
その後、ギターがね、ちょっと弾けるようになった頃の、『さあ顔を上げて歩み始めなきゃ』って思った時の気持ちを思い出して、今年のお正月に、二番を書き加えたんだよ。
それをね、もらってたこの曲に乗せてみたら、ピッタリ合ってしまって……。
もう、違う歌詞を、当てられないんだよ。……ごめん」
「これは……、お前の気持ちか？」
かずさは、絞り出すように行った。
「え？ うん、そう、だよ。……ごめん」
「いや……、そうじゃなくて」
�爐海譴蓮△△燭靴竜せ�ちそのものだ。
一番は、まるで、高三の冬、ぐちゃぐちゃに足掻きまくってた頃の、あたしそのものじゃないか。
二番のAメロ、Bメロも、成田で二人と別れ、一人でウィーンに行った後の気持ちそのものだ��
かずさは、一瞬にして、あの冬にタイムスリップしたような気がした。
�爐修靴董�Cメロ。凱旋公演で一時帰国した二年半前、春希の心を『傷つけてでも この気持ちに嘘はつけない』と決心して、『大好きだよと 伝えた』。
雪菜……、お前、あたしの心を見通しているか？
それとも、まるで同じ気持ちだとでも言うのか？��
暫しの沈黙の後、かずさは、声を絞り出す。
「題名の意味を、訊いて良いかな」
「えっと……、二番のサビに書いたように、『還らない日々 抱きしめたまま』だけど『あの日の気持ち 受け止めないと 前に進むことができない』っていう、感じかな。
まあ、そう上手くは行かないし、ぐだぐたなんだけれど、『二度とひとりにはしないと』『聞かせて欲しい』から」
「…………」
「こんな『素直じゃない』気持ち、歌っちゃだめ、かな」
�爐世瓩犬磴覆ぁ帖帖�だめじゃないけど……。
『こんな気持ち つらすぎるよ もう』……か��
「ふっ」かずさは、自重気味に笑った。
「同じだ……」
「えっ」
「いや。なんでもない。凄く良い歌じゃないか」
�狎┐�良い。その評価に嘘はない。
でも、なんでもないって……、何処がだよ。
あたし、また、嘘を付いた……。
吹っ切ったつもりなのに。吹っ切れたつもりだったのに。
あたしの方が、雪菜を傷つけているのに……。
でも、『ひどくおびえてる うつむいたままの リアルな私』が、ここにいるじゃないか��
かずさの心が、キューンと音を発てて、冷えていった。
「とことんやろうっていうのは、……お前との約束だ」
「かずさ……」
「問題ないよ。通してみようか」
かずさは、雪菜のための作曲ノートをピアノの譜面台に乗せる……。
「うん。ありがとう」
雪菜は、少しほっとした顔をして、ギターを抱えた。
だが、かずさの心には、まるまる三時間、何時もより濃く粉雪が舞い降りた。
この雪は、きっと分厚く、溶け残ってしまう……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今夜のお前、ちょっと変じゃなかったか」
「何が……」
夜の営みの後、甘い疲れをまとい、かずさは愛する夫の右腕に抱かれていた。
段々、話すのがおっくうになってきた。
「その……、ちょっと激しかった気がする」
「ばか……」反論にも力がない。
もぞもぞと春希の胸に中に顔を潜り込ませる。
「いくら嫁だからといって、恥ずかしいことを言っていじめるな。
……何時もと同じだよ」
「そうだった、かな」
春希は、かずさの頭を撫でる。
�猝欧�なってきた。まだまだ、溶け残っている気がするけれど、なんとか、眠れそうだ。
そういえば、あたしは、春希に愛してもらえば、凍てつきそうになる心を温めてもらえるけれど、雪菜はどうしているんだろうか。
ううん。そんなこと、考えちゃいけない��
しかし、想いは覚醒を促した。
�狄匹い坊茲泙辰討襦�今夜だって、一人で泣いているかもしれない。
依緒や朋が側にいても、孤独で心が掻き毟られる夜があるに違いない。
でも、あたしが、春希をあいつに返してやれない以上、あたしは、あたしの欲望のままに、幸せになるしかない。
あいつの悲しみや、苦しみを心配することは偽善だ��
「どうした？」春希が声をかけた。
「あっ、な、なんでもない」
�爐靴泙辰拭５ど佞�ないうちに泣いてたみたいだ。
ホントに、あたしは最低だ……��
「お前、雪菜のこと考えてたのか？」
春希は、かずさの頭を撫で続けながら言った。
「か、考えてないよ」
「そうか」
「……ごめん。嘘。考えてた」
一瞬、春希の手が止まる。「そうか……」
「あたしは、あいつのことを、可哀想だと思ったりはしない。あたしには、そんな権利はない。
悪かったとか、ごめんなとか、そういう気持ちも、もう持たない」
「そう、だな」
「でも、あいつの孤独を考えると、どうしても、いたたまれない気持ちになる」
「うん」
�爐修靴董△△燭靴凌瓦吠汗磴�降る。だから��
「やっぱり、あいつには幸せになってもらいたいんだ。そんな気持ちも、持ってはいけないんだろうか？」
「良いんじゃ、ないか。お前と雪菜は親友なんだろう？」
「そうなりたいと思ってる」
「親友の幸せを願うのは、当然のことだ。
俺も、雪菜の幸せを願っている。
でも、雪菜は、本当に強いから。
何時だって、強かったから。
どんなに傷ついても、雪菜は、その傷を、治せる、はずだから」
「春希、お前なぁ」
「何、だ」
「本気でそう思ってるならぁ、泣くなよぉ」
「うるさい。眠くて欠伸したんだよ。お前こそ、ダメダメじゃないか」
「う、うるさい」
かずさは、春希を黙らせようと、キスで口を塞ぐ。
春希も、それに応える。
かずさは、口を離し、春希の上に覆い被さり、その目を見つめる。
「あたしが死んだら、お前を雪菜に返してやっても良い。でも、それまでは、お前はあたしだけのものだ。
だから、あたしは生きている限り、あいつに災いを為す、悪魔だ」
「ああ、そうだな。お前は悪魔だ。でもな、従者たる俺も、その端くれなんだよ。血の契約を交わしたんだからな。
俺は未来永劫、お前に付いて行ってやる。そこが例え地獄だったとしても」
「嬉しいよ、春希……。愛してる。
でもな……。やっぱり、あたしが先に死んだら、それで、もしもあいつが、その時にまだ一人だったら、雪菜のこと、頼むな」
「もし、その契約を交わすなら、その代わり、俺が先に死んでも、後を追ったりするなよ。最後まで生きて生きて、お前の音楽を鳴らし続けてくれ。俺が宇宙の果てにいても聴こえるようにな」
「春希……」
「これだけは譲らないぞ。もし追ってきても、全力で追い返すからな」
「分かったよ」
「愛してる、かずさ。だから、もう寝ろ」
「じゃあ、春希。お前の契約条件の追加を飲む代わりに、お願いがあるんだ」
「なんだ」
「あたしを、お前のお母さんのところに連れてってくれよ。今月中に」
「かず、さ……」
「うちの母さん、もう、何度も会ってるんだよ」
「えっ」
「雪菜も会ったこと、あるらしい」
「雪菜が？」
「お前のことに関しちゃ、全部、雪菜より早いあたしが、完全に出し抜かれてるんだ。だから、あたしは一人でも会いに行きたいんだ。
でも、それじゃ、おかしいだろ。
だから、7月中に、会いに連れてってくれ」
「…………」
「このことに関しては、絶対に譲らないぞ。もし履行できなければ、お前が先に死んだ時の契約は反古にして、後を追って、あの世でお前を縛り上げて、虐めまくるからな」
かずさは、少し緊張した春希の胸に顔を埋め直す。
そして、その胸に何度もキスをした。
�狄看曚垢襪福�あたしが付いてる。お前のなすべきことをするんだ。
あたし達がしっかりしていないと、雪菜の幸せを願うことなんか、できないんだから��
「おやすみ、春希……」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「母さん」
「春希、春希なの？」
「ごめん、連絡しないで」
「元気なら、それで良いのよ。ありがとう」
「結婚、したんだ」
「知ってるわ」
「彼女を、紹介したいんだ。今度、会いに行って、良いか？」
「もちろんよ。待ってるわ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日も、春希くんは、いないの？」
次の、二人の練習の夜。春希の用意した夕食を取るために、雪菜とかずさは、冬馬邸のキッチンに立っていた。
「明日、『幸せな記憶』の発売日だろ。それで、事務所に行ったまま、なんだかんだと細かい仕事に没頭してるみたいだ」
「そういえば、そうだったわね」
「何他人事してんだよ。明日、レコ発イベントあるんだろ」
「チーフ・プロデューサーは参加してくれないけどね」
「こっちは、まだツアー用の曲も数曲決まってないの。わがままなお姫様の面倒も見なきゃならないから、忙しいんだから」
�爐錣�ままなお姫様って、どっちがよ��
「あっ、春希の奴、手抜きだ」
「どうしたの？」
「雪菜にこれ焼いてもらえ、だってさ」
かずさはパックを雪菜に渡す。蓋に付箋が貼ってあった。
「手抜きじゃないよ。豚肉を生姜焼きにするのに、タレにちゃんと付けてあるじゃない」
「雪菜が来なかったら、わたしは夕食にありつけなかったじゃないか。おまけに豚なんて……。牛肉を食わせろよ、ホントに」
「具沢山のお味噌汁と、サラダまで用意してあって、何が不満なのよ。
ところで、曜子さんは？」
「また、病院だよ」
「曜子さん、具合悪いの？」
「夏バテかな」
「心配だね」
「念のため、っていう感じみたい」
「そうなの？」
「最近、リマスター盤の発売で、インタビューとか、ちょこちょこ、外での仕事があったから。春希には、仕事帰りに病院に寄ってきてくれって、言ってある。
わがままばっか言って、春希を振り回すくらいは元気だから大丈夫だろ、……っと」
かずさのiPhoneが鳴った。
「もしもし、春希。……うん、来てくれてる」
かずさは、雪菜をちらりと見ると、「ごめん。ちょっと一人にして良いか」と言った。
「良いよ」雪菜は笑顔で応える。
「悪い」かずさは、キッチンを出て行く。
�猴�由付けて、かずさをキッチンから追い出す手間が省けた。
さて、それじゃ、あれを見せてもらおうかな��
雪菜は、藤製のマガジンラックを調べる。
「あった」
それは例の、春希の作詞ノートだった。
雪菜はノートを取り出し、めくった。
春希が自筆した『届かない恋』の歌詞。
一ページ目は、赤ばっかりでぐちゃぐちゃになっていた。
二ページ目は、赤が少しになって。
三ページ目に、清書されて、題名も書いてある。
�爐海了�、大好き��
四〜十一ページ目、かずさが引いた五線紙に、直接書き込んだ、楽譜。
十二ページ目、かずさのアレンジメモ。
そして、一枚白紙のページを置いて、十四ページ目に、最近書かれた、歌詞があった。
「やっぱり」
雪菜は、スカートのポケットから、iPhoneを取り出して、そのページを写真に収める。
��あんなにも心から愛してた……��
「うふふ」
雪菜は、愛しそうに、寂しそうに、笑った。
�狃婀�くん、あなたは本当に、本当の所が、真っ直ぐだね。
そして今でも、わたしのことを愛してくれていたんだね。
ありがとう。
知っていたけれども、ね……。
かずさと、良く似てる。……腹が立つことに。
ホントに、どうしようもないよね、あなた達は��
めくった次のページにも、何か書いてあるように見えた。ページをめくり、一瞬垣間見た時、パタパタと、かずさの足音が聴こえた。
雪菜は静かにノートを閉じ、マガジンラックにしまった。
「やっぱり、何ともないって」
「良かった」
「ごめんな」
「良いよ。わたしも今、朋にメールしてたから」
雪菜は、右手に持っていたiPhoneをポケットに入れた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「今日は、『Closing』のアレンジ、もう少しつめてみる？」
ギターをセッティングした雪菜は、努めて軽く言った。
「その……、えっとね」
「ん？」
「あたしも、歌詞を、書いてみた」と、かずさは言った。
「そうなの？」
「うん。お前に影響されて、書いてみた。
その……、お前程、上手くは書けなかったけどな」
「曲に、なってるのよね？ 歌ってみてよ」
「ああ、じゃあ、ちょっと、恥ずかしいけど、やってみるよ」
かずさは、マイナー調だが、ちょっと弾むような、印象的なイントロを弾く。
�爐海龍覆蓮�聴いたことのない曲だ�瓩函∪禳擇六廚辰拭�
�燿� 地上を離れてゆく……��
歌い終わったかすざの、頬は赤く、上気していた。
その歌は、かずさの、高三の頃の、初恋と、失恋と、裏切りと、逃亡と、永遠に消えない恋心を赤裸々に描いた歌だった。
ウィーンで、何時も胸に抱いていた、春希への想いだった。
雪菜は、春希がすっぽかした二人きりの誕生日パーティ、つまり雪菜がかずさに最後通告を突きつけるために画策し、自分が落ちてしまった屈辱的な罠……、その裏で、春希とかずさの間に、どんな出来事があったか、知っていた。
成田エクスプレスの中で、春希から説明されていた。
だが、細かい感情のやりとりまでは知らなかった。
だから、想像するしかなかった。
その想像の全てが、この歌詞の中にあった。
�爐覆鵑覆痢△海僚蕁垢靴�て、ストレートな想い。
なんなの、この歌。良すぎるよ。
心が、ズキズキする。痛すぎる。辛すぎるよ……��
「歌物として、どうかな？」
かずさは、雪菜を見ずに、少しはにかみながら言った。
�燹帖弔笋蠅笋�ったな、この女��
雪菜の心は、一瞬にして、炎に包まれた。
�爐海譟△錣燭靴�書いた『Closing』の歌詞に対する、返歌、だよね？
あの年の夏から冬、二人にあったストーリー、だよね？
見事な、完璧な「復讐」だよ。
悪意がないだけ、余計に酷いよ。
あなたって、一体、なんなの？
その、ありあまる才能と、きれい過ぎる心は、なんなの？
わたしが必死になって、掴もうとしている、歌の世界。
簡単に、追い抜いて、振り向いて、どうかな？ って、笑いかけるなんて。
何処にそんな才能、隠してたの？
ううん、分かっていた。何をやったって、勝てないとは分かっていたけれど。
でも……、でもっ��
今度は雪菜が『ひどくおびえてる うつむいたままの リアルな私』を発見した。
「あの……、雪菜に歌ってもらいたい、っていうことじゃないんだ。何となく、衝動的に書き上げてしまったから、勢いで聴かせてしまっただけで……」
雪菜に違和感を持ったかずさは、他意なく、バツの悪そうな顔をしていた。
それを見れば、言っていることに嘘がないのは分かる。
だが……。
「これ、わたしのセカンドに、入れても良いんだよね？」
雪菜は、必死になって笑顔を作り、小首を傾げて言った。
「えっ。う、うん」
「最高だよ、かずさ。歌詞と楽譜と、もらっても良いかな？」
「良いのか？ 本当に？」
「当然じゃない。というか、かずさも、J-POPに参戦する？」
「無理無理。人前で歌うなんて、無理」
「そうなの？ それで、この曲、題名は？」
「『After All』、……かな」
「不思議な曲名ね。�爐笋辰僂雖瓩覆鵑董�
「だって、やっぱり、理性でコントロールできないことだから、かな」
�爐修蠅磧△修Δ任靴腓Δ茵�あなたと、春希くんの出会いは��
嫉妬の業火は、どんどんと勢いを増して、雪菜を包んだ。
自分で歌ってみると、余計に、その身は、焼き尽された。
嫌で嫌で仕方がないのに、どうしようもなく、その曲に魅了されて行く。
�燿� 愛しい名を呼んでも……��
その歌詞を歌う時、泣きそうになる程の、感動と苦痛で胸が震えた。
チャイコンの収録時に引き続き、練習が終わるまでのまるまる三時間、雪菜は地獄巡りを堪能した。
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このページへのコメント
「closing」の詩を書いたのが雪菜ですか……。作者様ってかずさが好きですって言ってますけど、時々本当にそうなのかなと思えるような描写や設定作りますよねｗ
私は許せませんｗ
tuneさん、何時もありがとうございます。
私は、whitealbum2を、ミュージカル、まではいかないにしても、音楽と密接に絡んでるストーリーとして楽しんでいて…。
ちょっと無理矢理だとは思うのですが、こうやって絡ましたまま、最後まで持って行きたいと思っています。
ただ、「closing」について、雪菜が詩を書いた、というのは、自分でもちょっと無理のある妄想だと思っています。やっぱり、あの曲はかずさの歌かな…。だから、ここのところは、どうか、目をつむってやって下さい。
励みになります。今後とも宜しくお願いします。
かずさと雪菜の互いの曲の応酬にニャッとしたりハラハラしたりしながら読みました。狙ってなくともこの2人が曲を書けば詩は自然と三人の事を思い出させる詩になるのはしょうがないですよね。だったら詩をかくななどと野暮な事は言う気はないです(笑)。
次回は春希とかずさが春希の母に会いに行くのでしょうか?楽しみにしています。